長浜さつき


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オタイメサのゲートで、米国入国審査を待つ車の列(以下、撮影はすべて筆者)


"はじめに"


米国の自宅からメキシコの職場への「越境」通勤も、2カ月になろうとしている。私はかつてメキシコシティやそれ以外のメキシコの都市に住んだことがあり、メキシコだからといって、特にびっくりするようなことはない。でも毎日国境を越える暮らしは初めてで、人間の都合で荒野に設定された「線」が人間の生活に大きく影響することを実感している。
メキシコへ自家用車で入国する場合、事実上審査はなく、パスポートを見せることもない。でも米国への入国は書類の審査があり、場合によっては車内やトランクの検査があり、相応の時間がかかる。タイミングが悪いと2時間近く待つことになると聞いていたが、実際その通りだった。そしてこれも予想していたけど、長い列を作って入国審査の順番を待つ車のあいだを、たくさんの物売りや物乞いが歩いていた。

2カ月のあいだ、彼らから教えてもらったこともあるように感じている。国境通過時に優先レーンを利用するパスが取れたので、彼らとももう会わなくなるけれど、忘れてしまう前に彼らのことを書いておこうと思った。

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ロングビーチのチベットセンター


前編から続く)

死について


人間が生きているあいだ、意識と身体は分かちがたく結びついている。でもそれは別々のものなので、ある時点で分離することになるが、それが死だ。ダライラマは、その関係を馬と騎手に例えて説明する。意識は騎手で、身体は馬だ。乗馬するためには騎手は馬が必要だし、馬のほうも騎手がいなければ走れない。馬を下りた騎手は、また別の馬に乗って進んでいくが、それが転生だ。違う馬でも、乗っている騎手は同じだ。


意識と身体の離別はとても辛い。生まれた時から片時も離れたことがない自分の身体と自分の名前を手放すことになる。長い間共に過ごした家族や友人、大事な思い出、大切にしていた所持品ともお別れだ。でも自分が自分でいることを完全に止めることができるのは、死ぬ時くらいかもしれない。だからこそ思惟を深める機会にもなるのだろう。

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はじめに

仏教の勉強を始めて日が浅い今の時点で、こういうものを書いて公開するのが妥当なのかどうか自信がなかった。でも、何年勉強しても完璧な自信がつくとは思えないし、それだったら今の時点で考えていることを書いておいてもいいかもしれない。また、米国に住んでいることもあり、英語で仏教の勉強をする機会に恵まれているが、(難しい漢字の言葉が出てこないのはありがたいけど、どういう意味なのか想像がつかないパーリ語やチベット語の言葉が出てくるという苦労がある)英語で勉強した仏教の話を、日本語で書いてみたいとも思った。私の心の中にある。仏教はこういうもの、という日本文化の枠内でのイメージは、今英語で学んでいる仏教のイメージと違う。そのギャップを、少しでも埋められるかもしれない。
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【ロングビーチのマリアさま --- 04】
から続く


ふたたび長堤聖寺


日曜日の朝、いつものように早起きして海岸沿いの遊歩道を走り、その帰り、マリアさまに立ち寄った。今日は長堤聖寺で一般向けの行事があるはずだけど、どんな人が来るんだろう?朝の7時半をまわったあたりで、長堤聖寺の入り口に東南アジア系の男性がふたり腰かけて、世間話をしている。英語ではない。

 

入り口のドアは開いていて、中が見えた。思ったより明るい。話している男性たちに聞いてみた。



「一般向けの行事があるんですか?」

「あるよ。今日は阿弥陀経だけど、参加していく?」

「今日でなくて、また今度このお寺は、何語で話をするんですか?」

「ここは中国のお寺なんだ。でも中国語とベトナム語と英語で話してるよ」

「あなた方が話している言葉は、何語なんですか?」

「ベトナム語」


英語が通じるなら、一度来てもいいかもしれない。そう思いながら、長堤聖寺を後にした。 » すべて読む
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ロングビーチのマリアさま --- 03】から続く


新聞記事

長堤聖寺の場所にあったカルメル会修道院については、いくら調べても、結局よくわからなかった。あきらめて、サンタバーバラに移転したあとの彼女たちに関する情報を探した。サンタバーバラにもPoor Clare Colettine Nuns of Santa Barbaraという女子修道会があり、もしかしたらロングビーチから移転した修道院ではないかと思ったが、そうではなかった(彼女たちのウェブサイトに記された沿革には、1928年にカリフォルニア州オークランドで設立とあった)。 

その新聞記事は、上から何番目だっただろう。

サーチエンジンの検索結果に表示されたサイトのうち、カルメル会と関係ありそうなものを上から順に見てみたのだった。サンタバーバラの地域紙らしい、Santa Barbara Independent という新聞社の、2014年の記事だった。
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ロングビーチのマリアさま --- 02】から続く


代理聖母

その朝は、いつもよりビーチに行ったのが遅かった。前日の夜ひどく暑くて、よく眠れなかったのだ。海岸でランニングしたあとマリア像のところへ行ったのは、9時を回ったあたりだった。週末の朝で、私のほかにも何人かお参りしている人がいた。

 

「お参りする」といっても、実のところ、私はお祈りはしていない。キリスト教徒ではないから祈りの文句を知らないし、願い事をするのも何か違うかなと感じている。

像の前で瞑目すると、朝の空気の冷たさと肌に当たる陽射しの温もりを同時に感じ取ることができる。こういう時、生活の些細なことをあれこれ考えてもしょうがない。

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ロングビーチのマリアさま --- 01】から続く


お参り

ある朝、海岸に延びる遊歩道をランニングしていると、散歩中だろうか、黄色い僧衣のお坊さんが歩いていた。目が合ってしまったので、ハロー、と話しかけた。

お坊さんは片言しか英語が話せない。
それでも、そのお坊さんが『お寺』の近くに住んでいることはわかった。
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Long Beach



ロングビーチのマリアさま

彼女をめぐる信仰の風景、あるいはささやかなスキャンダル

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仕事を終え、帰る馬たち。ジョモラリキャンプへ向かうトレイルで。

【旅の終わり】ブータンについて---38から続く
(本文、デジタル画像編集、構成/東間 嶺、以下すべて同じ)

再びの帰宅後に


バンコクに一泊して翌日は台北行きのフライトに乗り、台北で乗り換えてロサンゼルスへ向かった。フライトは長く、体力の落ちた身体にはきつかった。火曜日の深夜、予定通り帰宅した。

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出発前日に泊まったホテルから見える、首都ティンプーのメモリアルチョルテン。
(本文、デジタル画像編集、構成/東間 嶺、以下すべて同じ)

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本当は、ピックアップを運転するギレが夜のうちにここガサへ到着する予定になっていた。ところが土砂崩れで道路が不通になってしまい、かわいそうに車中泊しなければならなかったようだ。翌朝になっても道路が開通したのかどうかわからなかったが、昨夜食事をしにきていた若者が運転する大きなトラックに乗せてもらい、出発することになった。

昨晩、マイラは馬を連れてパロに戻る、と聞いていたけれど、出発するトラックにはマイラと9頭の馬たちも乗っていた。ジャムソーによると、馬と一緒にパロまでトラックで帰れるようにしたのだという。詳しくは聞かなかったけれど、ジャムソーがネテンに、パロへのトラック輸送の費用を出すように交渉したのではないかと私は思う。オペレーターが個人的な知り合いだとそういうこともできるかもしれない。ガサからパロまで車でも丸一日かかる距離だ。トレッキングルートとは違う歩きやすい道があるのだろうけど、馬を連れて歩いて帰るんじゃ大変だ。ネテンの取り分は減ってしまうのかもしれないが、良かったなと思った。

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