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岩佐なを『パンと、』(思潮社、2015年) 画像:amazonより


 2016年に入ってはやくも1ヶ月が経とうとしているのに、思い出されるのは何故か去年のことばかり。年明け最初のエントリにふさわしくない内容であるのは承知の上で、昨年読んで印象に残った本について書きたい。2015年は、川田絢音の『雁の世』と岩佐なをの『パンと、』に感銘を受けた。奇しくも2冊ともベテラン詩人による思潮社刊行の詩集である(川田は1940年生まれ、岩佐は1954年生まれ)。

 川田についてはまた別の機会に譲るとして、今回は岩佐なをの『パンと、』についての所感を記しておこうと思う。
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ビルとビルとの間で切り取られたような 
一瞬を切り取った写真のような 

人間が識別できる範囲において青の入り混じった黒い空が告げるのは、
ほら、方々に散り始め各々の偽りの姿へと帰っていく街娼たちの 
あの夜の中においてのみ輝くことのできる不思議な秘密の蜜のような、
快楽と幻想と苦痛の交差した時間の終わりを示す 

帰宅の途につく彼女らの足は重く冷たく、
霧雨を頬に真に受けて、
まるで涙のような粒が黒い夜に碇を下ろす

人間の真の動機を知っている彼女らは、
この世界と人とに己を求めない 

原始から彼女らはそれを知っていた すべてを知っていた 

天上の女神とは悪魔であった 
地上の楽園とは地獄であった 

しかし、もしもおまえが太陽と海の重なりあった黄金色を、
あるいは、太陽と海との境界が鋭い刃のように青く煌めくのを、
その束の間の凪の瞬間を偶然に発見したならば、

おまえの想念が真っ逆さまにたちまち巨大な渦巻きとなり 
そのとき人間たちの真の動機が、世界の真の成り立ちが 
大風によってなぎ倒される大樹のように、
長い長い時間をかけて崩壊していくのを目撃するだろう 

おまえは街娼らの周知だった事実を、
その光景を、そのときこそ知るだろう 

それが陽光を自ら遮った、
己を闇夜へと解き放った 
あの隠された人間たちの生きている世界であることを 
それこそがこの世界の唯一の真実であったことを
 


転載元:亜猟社
2013-12-18【詩】カタストロフ
http://hsmt1975.hatenablog.com/entry/2013/12/18/215053
 
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