ART&レビュー


 
 人はなぜ歌うのか。人は歌によって、どこに赴こうとするのか。


 木村敏は有名な「あいだ」の概念を説明する際、しばしば合奏の例を用いた[註1]。木村によると、理想的な合奏が成立するためには、音が合うということより以前に、まず「間」が合わなければならない。「間が合う」とは、演奏者一人ひとりの「内部」で鳴っている音楽が、同時に他の演奏者との「あいだ」の場所=「虚の空間」でも鳴っているような事態である。では、複数の演奏者が楽器音のタイミング(間)をピタリと合わせられるのはなぜか。相手が奏でた音を聴いてから自分の音を発するのでは、わずかとはいえどうしても遅れが生じてしまう。

 木村の考えはこうだ。演奏者はこれから演奏する音や休止を予期的に先取りし、そこに演奏行為を合わせていくことで周囲と音楽を成立させているのではないか。われわれが経験するのはいつも、すでに演奏された音楽の知覚もしくは記憶であるか、これから演奏する音楽の予期のどちらかである。つまり、タイミング(間)を合わせるために演奏者が意識を集中させるのは、自分の頭の中で鳴っている仮想的な旋律なのだ。


 表出された音ではなく、いまだ実現していない音に照準を合わすという考えは面白い。「理想的な合奏」という全体像に同期するために、個々の演奏者はおのれの内部へと意識を閉ざす必要があった。これは、楽器演奏だけでなく合唱の場にも当てはまることかもしれない。調和に向けて「個」と「全体」が溶け合い、演奏者(歌い手)の意識と身体が開きつつ閉じるような状態。矛盾に思える様態も具体例に即して考えれば腑に落ちるときがある。私が木村の合奏論から思い出したのは、ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミュラーによるサウンド・インスタレーション作品40声のモテット》2001)だった。


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画像出典:Wikipedia(Dada, an iconic character from the Ultra Series. His design draws inspiration from the art movement.)

まえがき

2016年はスイス・チューリヒ市でダダ運動が始まり、100年目の年である。このことから、スイス国内外でもダダをめぐる様々な催しが開かれ、それはわが国も―とくに東京が―例外ではなかった。しかし、100周年を記念するダダについての様々な催しに浮き足立ったり、スイス大使館が主催するダダ作品のコンペティションに嬉々として参加することは、ダダについていまあらためて考えることとは関係がない。なぜならアニバーサリーやコンペなどはダダの精神からは最も遠いものだからだ。というわけで、このように感じている者がこの100年目に、ダダとは何なのか3つの視点から考えてみよう。

以下で提示される3つの視点は、3つの年(1916、17、18年)にそれぞれ結びついている。第一次大戦下の中立都市で生じたダダの本質的な部分は、この3年間にはっきりと姿を表している。 » すべて読む
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告知:PND 写真集飲み会 DAIKANYAMA参加

◆ 件名の通り、12月03~04日に代官山のヒルサイドテラス・アネックスA棟にて行われる『PND(PHOTOBOOKS AND DRINKING)写真集飲み会』という変わった名前のブックフェアに出品します。飲み会、と称しているものの、規模的にはアジア最大級のアート・ブックフェアになるとのこと。

 ※ フェアに関して、詳細は、公式ウェブサイト公式FBページを参照して下さい)

◆ 参加するグループ名は、以前に告知をしたTokyo Art Book Fair 2016(以下、TABF2016)と同じ "Photobook as object Photobook WHO CARES" で、曳舟に拠点を構えるギャラリー・スペース『RPS』が企画するブースになります。グループ全体のコンセプト等に関してはFBページか九月のエントリ(【告知】Tokyo Art Book Fair 2016に参加します)をご参照頂ければと思います。
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 先日、「あいちトリエンナーレ2016」の3会場(名古屋、岡崎、豊橋)を12日の小旅行で巡った。豊橋会場の小林耕平、岡崎会場のハッサン・ハーン、名古屋・長者町会場の今村文など、印象に残った展示はいくつかあったが、ここでは豊橋会場の水上ビルで見たラウラ・リマの《フーガ》について雑感を記しておきたい。


 水上ビルとは豊橋駅付近から約800mに渡り複数の建物が軒並み連ねる古いアーケード商店街のこと。ラウラ・リマの《フーガ》は、この商店街の中にある4階建ての狭小ビルを使ったインスタレーションで、100羽もの小鳥が建物中に放し飼いにされている。訪れた人はこの「小鳥屋敷」を探索することが出来るのだが、もちろん小鳥に触ったり無闇に近づいたりする行為は禁止だ。小鳥たちを驚かさないように、金網を張り巡らした入口から二重のドアを経て室内に入ると、さっそく桜色のくちばしを持つ愛らしいブンチョウがつがいで迎え出てくれた。

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『Tokyo Art Book Fair 2016』出品作、『Remainders of suicides』 全景(仮)

告知:『THE TOKYO ART BOOK FAIR 2016』

◆ 件名の通り、9月16~19日に港区北青山の『京都造形芸術大学・東北芸術工科大学 外苑キャンパス』で開催される国内最大のアート・ブックフェア、『THE TOKYO ART BOOK FAIR 2016』に出品します。(フェアに関しての詳細は、運営の公式ウェブサイトを参照して下さい)。

◆ 参加するグループ名は"Photobook as object Photobook WHO CARES" です。ブースタイプは A / INTERNATIONAL Tracking No:19。曳舟に拠点を構えるギャラリー・スペース『REMINDERS PHOTOGRAPHY STRONG HOLD』(以下RPS)が企画したブースになります。以下、グループ全体のコンセプトを公式FBページから引用します。
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前編)より続く


「モランディを、独裁下で生きのこるための道を見出した美術家とみなすことは容易である。しかし彼は実際にはたんに生きのこる以上の事をしていたのである」(エドワード・ルーシー=スミス『1930年代の美術―不安の時代』岩波書店、1987年、76~77頁)。 
 

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画像:amazonより


 最近、武藤洋二の『天職の運命―スターリンの夜を生きた芸術家たち』(みすず書房、2011年)を読み返している。
 昨年11月に新宿文藝シンジケートの読書会で亀山郁夫の『ロシア・アヴァンギャルド』(岩波新書、1996年)が課題図書に取り上げられたが、『天職の運命』の舞台はロシア・アヴァンギャルドの前衛的な芸術運動が終息に向かったスターリン独裁政権下のソヴィエトだ。1932年、ソ連共産党中央委員会が「社会主義リアリズム」を標榜すると、既存の芸術団体の自主的活動は政府によって禁止され、文学、音楽、美術、演劇、映画などあらゆる芸術の統制がはじまった。知識人だけでなく一般市民の生活も監視下にあった極限の時代を、文学者、詩人、画家、音楽家たちはいかに生きたのか。『天職の運命』はロシア文学・芸術を専門とする著者が、長年の資料精査を踏まえて独裁政権下の芸術家の生き様を追ったドキュメントである。註を一切省いた体裁は、研究書というよりもひとつの読み物としての質を備えており、歴史映画の大作数本分にも値するほどのボリュームがある。
 社会が危機的状況を迎えたときの芸術家の振る舞いというものを考えたくて本書を再読しているのだが、この時代の芸術家たちの選択は「抵抗/恭順」などという単純な二項対立では語ることができない。なにしろ、独裁者の気まぐれと報告書への帳尻合わせのために粛清の犠牲者の数が変動するような時代である。生きるために時局を読んで作風を変化させるにせよ、自分が信奉する芸術に殉じて餓死するにせよ、各々の芸術家が選んだ生き方はそれぞれにとって切実な選択だったのだと想像される。
 
 いくつかの例を挙げよう。本書に繰り返し登場するユダヤ系女性詩人のヴェーラ・インベルは、その都度の政治情勢に応じてカメレオンのように態度を変えた保守主義者の代表格である。

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RPS-08/12/2015
photo: 東間 嶺



“わたしは、写真集を視覚的な小説だと思っている”
“今日、写真は、(進化した、視覚的な)言語の一つである”
 


◆ Teun van der Heijden(トゥーン・ファン・デル・ハイデン)氏は、その晩、何度かそうしたニュアンスの言葉を強調した。8日の火曜日、午後19時から東向島のRPSで行われた公開講義、『本の速度とリズム』での発言だった。

◆ 《小説》、と断定したことに、わたしは少し驚いた。小説のような写真でもなく、写真のような小説でもない、視覚的な小説。それらをはっきりと同一視する人間には、会ったことが無かったからだ(アラーキーの『写真小説』とかは、あれはブンガクだから)。

◆ スクリーンに映し出された自身のテクストをゆっくりと読み上げるファン・デル・ハイデンvan der Heijden氏の確信に満ちた口調は、啓示的な響きをもって、会場の聴衆を惹きつけていた。
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横山裕一『ルーム』、ハモニカブックス、2013年 (画像:版元HPより)
 



「真の対話に言語が必要とは限らない」 

横山裕一『ルーム』より

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ミレー、《種をまく人》のヴァリアント2点。出典:National Museum Wales(左)、Wikipedia(右)


会期が終了してからだいぶ月日が経っているにも関わらず、なぜか頭の片隅に残っていて折りに触れては思い出されてくる展覧会というものがある。ひとむかし前、と言えるくらい程良く時間が経過した展覧会ならば、「1970年の『人間と物質』展は伝説的展覧会だ」「1992年の『アノーマリー』の熱気は凄かった」などともっともらしい歴史的価値を授けて語りやすいのだが、中途半端な近過去の展覧会は「歴史」として定位するには日が浅すぎるために、話題としてどうしても蒸し返しにくいところがある。機を逸したアートレビューなど誰も必要としないし、積極的な存在意義もないのかもしれない。だが私はあえてここで、通常のアートレビューに求められるようなアクチュアリティーだとか即時的な価値判断といったものから距離を置き、中途半端な近過去の展覧会や記憶の底に沈殿する美術作品をめぐる雑感の掘り起こしを試みてみたい。美術作品をめぐる思考は本来、時間をかけて熟成されていくべきものだと考えているからだ。
 
というわけで今回、私が“機を逸して”俎上に載せる展覧会は、昨年(2014年)9月に府中市美術館で開催された「ミレー展 愛しきものたちへのまなざし」と10月に三菱一号館美術館で開催された「ボストン美術館 ミレー展―傑作の数々と画家の真実」である(ミレーについての展覧会が立て続けに行われたのは昨年がミレーの生誕200周年だったからなのだが、生誕100年でも没後50年でもない「生誕200年」という数字の間延び感もなかなか絶妙だと思う)。
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