ART&レビュー

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田代一倫『ウルルンド』(発行:KULA、2017年)


あわいに漂う写真

 9月に刊行された田代一倫の写真集『ウルルンド』(KULA、2017年)を折に触れては眺めている。「ウルルンド」とは竹島/独島の近くに浮かぶ韓国の離島。ハングルで「울릉도」、漢字名で「鬱陵島」と書く。
 田代は今年の2月と5月にこの小さな島を訪れ、数日間の滞在中に出会った現地の人々を撮影した。前作の写真集『はまゆりの頃に 三陸、福島 2011~2013年』(里山社、2013年)が2年間に撮影期間が及ぶ長期のシリーズで、453点もの肖像写真を収録した大作だったことを思えば、「ウルルンド」をめぐる2つの取材旅行はごくささやかな規模である。B5変形72頁の小冊子という体裁をとった本書は、旅のささやかさを仕様においても体現していると言えよう。
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吉川陽一郎《行為が態度になる時間》/撮影:東間嶺


引込線2017:吉川陽一郎《行為が態度になる時間》

■ 8月26日から9月24日にかけて、所沢市の廃止された学校給食センターを利用した、《引込線2017》という比較的大きな規模の美術展が開かれている。屋内外に広がる会場の入口付近では、参加作家の一人である吉川陽一郎氏が《行為が態度になる時間》と称されたパフォーマンスを途切れなく行っていて、そばに置かれた大きなジェラルミン・ケースには、かれが自身の、いままさに行っているパフォーマンスを木版画として刷ったものが四種並べられ、一枚200円で販売されている。

■ そして会期途中の9月3日日曜日から、そのジェラルミン・ケース上には、わたしの作った箱入りの写真/オブジェクト《行為のような演技が撮られたことは間違いないだろう》も並べられている。二年前、同じ場所で開かれた《引込線2015》で吉川氏が行った一連のパフォーマンス、《行為のような演技をすることに間違いないだろう》を撮影したもので、のべ210枚ほどの写真を蛇腹のような形態につなげたものだ。公式の出品作というわけではなく、パフォーマンスに付随した展示物、ぐらいの位置づけだろうか。
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(fig.1)秋本将人《ツヤと軽やかさが共存した揺れ感ストレートに視線が集中》(左上から右下: ホワイト, ブロンド, グレー, レッド, ブラウン, ブラック)(2013、鉛筆、ニュースプリント紙、29.7×21.0センチ)。*ヘアスタイル、タイトルに使用したフレーズは『大人のための美人ヘアカタログ〈2013年春夏号〉』(宝島社)を参考、引用


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連載【芸術とスタンダール症候群】とは?

筆者が【幸福否定の研究】を続ける上で問題意識として浮上してきた、「芸術の本質とは何か?」という問いを探る試み。『スタンダール症候群』を芸術鑑賞時の幸福否定の反応として扱い、龍安寺の石庭をサンプルとして扱う。

連載の流れは以下のようになる。

  1. 現状の成果…龍安寺の石庭の配置を解く
  2. スタンダール症候群の説明
  3. スタンダール症候群が出る作品
  4. スタンダール症候群が出やすい条件
  5. 芸術の本質とは何か?



『龍安寺の石庭を解明する-2』から続く)

黄金比と美意識---〈数の機能〉


※ 黄金比の現れとして有名なオウムガイ

龍安寺石庭について、前回は実際に石庭の図を見ながら配石比率を検討し、おおよそどのような規則性が考えられるかを書きました。今回は、そこに現れていた数字の意味についてさらに考えてみたいと思います。

まず、私が出した暫定的な結論をもう一度見て下さい。
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連載【芸術とスタンダール症候群】とは?

筆者が【幸福否定の研究】を続ける上で問題意識として浮上してきた、「芸術の本質とは何か?」という問いを探る試み。『スタンダール症候群』を芸術鑑賞時の幸福否定の反応として扱い、龍安寺の石庭をサンプルとして扱う。

連載の流れは以下のようになる。

  1. 現状の成果…龍安寺の石庭の配置を解く
  2. スタンダール症候群の説明
  3. スタンダール症候群が出る作品
  4. スタンダール症候群が出やすい条件
  5. 芸術の本質とは何か?


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『幸福否定』と『芸術』と『スタンダール症候群』


久しぶりの投稿になります。
2012年から2014年まで【幸福否定の研究】を連載していた渡辺です。

あれから数年が経過し、自身の認識に様々な更新があったため、また新しく連載をはじめようと思いたちました。『スタンダール症候群』という奇妙な現象の研究を踏まえながら、「芸術の本質とは何か?」を探る試みです。
 
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 人はなぜ歌うのか。人は歌によって、どこに赴こうとするのか。


 木村敏は有名な「あいだ」の概念を説明する際、しばしば合奏の例を用いた[註1]。木村によると、理想的な合奏が成立するためには、音が合うということより以前に、まず「間」が合わなければならない。「間が合う」とは、演奏者一人ひとりの「内部」で鳴っている音楽が、同時に他の演奏者との「あいだ」の場所=「虚の空間」でも鳴っているような事態である。では、複数の演奏者が楽器音のタイミング(間)をピタリと合わせられるのはなぜか。相手が奏でた音を聴いてから自分の音を発するのでは、わずかとはいえどうしても遅れが生じてしまう。

 木村の考えはこうだ。演奏者はこれから演奏する音や休止を予期的に先取りし、そこに演奏行為を合わせていくことで周囲と音楽を成立させているのではないか。われわれが経験するのはいつも、すでに演奏された音楽の知覚もしくは記憶であるか、これから演奏する音楽の予期のどちらかである。つまり、タイミング(間)を合わせるために演奏者が意識を集中させるのは、自分の頭の中で鳴っている仮想的な旋律なのだ。


 表出された音ではなく、いまだ実現していない音に照準を合わすという考えは面白い。「理想的な合奏」という全体像に同期するために、個々の演奏者はおのれの内部へと意識を閉ざす必要があった。これは、楽器演奏だけでなく合唱の場にも当てはまることかもしれない。調和に向けて「個」と「全体」が溶け合い、演奏者(歌い手)の意識と身体が開きつつ閉じるような状態。矛盾に思える様態も具体例に即して考えれば腑に落ちるときがある。私が木村の合奏論から思い出したのは、ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミュラーによるサウンド・インスタレーション作品40声のモテット》2001)だった。


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画像出典:Wikipedia(Dada, an iconic character from the Ultra Series. His design draws inspiration from the art movement.)

まえがき

2016年はスイス・チューリヒ市でダダ運動が始まり、100年目の年である。このことから、スイス国内外でもダダをめぐる様々な催しが開かれ、それはわが国も―とくに東京が―例外ではなかった。しかし、100周年を記念するダダについての様々な催しに浮き足立ったり、スイス大使館が主催するダダ作品のコンペティションに嬉々として参加することは、ダダについていまあらためて考えることとは関係がない。なぜならアニバーサリーやコンペなどはダダの精神からは最も遠いものだからだ。というわけで、このように感じている者がこの100年目に、ダダとは何なのか3つの視点から考えてみよう。

以下で提示される3つの視点は、3つの年(1916、17、18年)にそれぞれ結びついている。第一次大戦下の中立都市で生じたダダの本質的な部分は、この3年間にはっきりと姿を表している。 » すべて読む
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告知:PND 写真集飲み会 DAIKANYAMA参加

◆ 件名の通り、12月03~04日に代官山のヒルサイドテラス・アネックスA棟にて行われる『PND(PHOTOBOOKS AND DRINKING)写真集飲み会』という変わった名前のブックフェアに出品します。飲み会、と称しているものの、規模的にはアジア最大級のアート・ブックフェアになるとのこと。

 ※ フェアに関して、詳細は、公式ウェブサイト公式FBページを参照して下さい)

◆ 参加するグループ名は、以前に告知をしたTokyo Art Book Fair 2016(以下、TABF2016)と同じ "Photobook as object Photobook WHO CARES" で、曳舟に拠点を構えるギャラリー・スペース『RPS』が企画するブースになります。グループ全体のコンセプト等に関してはFBページか九月のエントリ(【告知】Tokyo Art Book Fair 2016に参加します)をご参照頂ければと思います。
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 先日、「あいちトリエンナーレ2016」の3会場(名古屋、岡崎、豊橋)を12日の小旅行で巡った。豊橋会場の小林耕平、岡崎会場のハッサン・ハーン、名古屋・長者町会場の今村文など、印象に残った展示はいくつかあったが、ここでは豊橋会場の水上ビルで見たラウラ・リマの《フーガ》について雑感を記しておきたい。


 水上ビルとは豊橋駅付近から約800mに渡り複数の建物が軒並み連ねる古いアーケード商店街のこと。ラウラ・リマの《フーガ》は、この商店街の中にある4階建ての狭小ビルを使ったインスタレーションで、100羽もの小鳥が建物中に放し飼いにされている。訪れた人はこの「小鳥屋敷」を探索することが出来るのだが、もちろん小鳥に触ったり無闇に近づいたりする行為は禁止だ。小鳥たちを驚かさないように、金網を張り巡らした入口から二重のドアを経て室内に入ると、さっそく桜色のくちばしを持つ愛らしいブンチョウがつがいで迎え出てくれた。

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