ボクシングジムについて②
前回ジム制度について説明した内容には、必ずしも正しいとは言えない記述がある。それは、ジム制度を「プロモーターやマネージャーなどを丸抱えし、プロボクサーの全権を握るジム経営のシステムの事である」と説明した箇所になるが、実はボクシングジムはその全てがプロモーターを抱えているわけではない。この事はJBC(日本ボクシングコミッション)のHPにある事業報告書を確認すれば一目瞭然である。この報告によると、2011年度に発給されたライセンスの数量はクラブオーナー276に対し、プロモーターは93しかない(マネージャーは384)。つまり、ボクシングジムの約三分の二にはお抱えのプロモーターがいない状態という事になり、ジム制度の説明として「丸抱え」という表現は必ずしも正しいとは言えないだろう。それにも関わらず訂正しなかった理由は、ジム制度をボクサーの視点から見るならば、「プロボクサーの全権を握るジム経営のシステム」という記述は間違いだとは思わないし、それには試合に出場する権利も含まれるからだ(つまり、興業のプロモートをしないジムも、選手のプロモート権限は持つわけだ)。
前回、「次回はボクシングジムへの同情的な視点を以て制度を見たい」と述べた。前回はボクサーからの搾取など不遇の例を紹介したが、ボクシングジムだって殆どが儲からない。
今回の議論の出発点は、「ジム制度の現状は、多くのボクシングジムにとっても負担の大きなものなのではないか?」という疑問である。
JBCルールでは同一人物が二種類のライセンスを持つ事は禁止されているが、例外的にクラブオーナーがプロモーターやマネージャーを兼任する事は認められている。プロモーターにはジム所属のプロモーターと独立系のプロモーターとが居るが、独立系のプロモーターは少数であり、殆どがジム会長職との兼任である(JBCの報告書にはライセンスの発給数だけが示されており、ジム会長との兼任の例などを示す数字は報告されていない)。
ジムにプロモーターが居て独自に興業を打てるジムとそうでないジムの違いは、自分のジムの選手を自主興業に起用出来るか出来ないかの違いとなる。通常、自主興業の打てるジムの選手は、試合地、試合の日時、技量、体重、ファイトマネーその他で比較的有利な条件で試合に臨む事が出来、逆に自主興業の打てないジムは比較的不利な条件で試合に臨む事が多くなる。「一部の例外」と書いたが、各ジムの興業力格差是正の機能を担うものとして全日本新人王トーナメントがある。ここで躓くと興業力の弱いジムの選手の上昇は中々難しくなる。このような機会の不公平が存在する事は、チャンピオンを量産する名門ジムの全てが一年に何度も興業を打てる体力のあるジムである事を述べるだけで十分ではないだろうか。
このような現実は、各ジム側にのみに課されて良い問題だろうか?つまり、興業の打てないジムは「企業努力が足りないからだ」と簡単に片付けられて良いものだろうか?
なぜ自分のジムの選手に有利な条件で試合に臨む事が出来るにも関わらず、自主興業をしようとしないジムが多数あるのか。プロモーターのライセンスを取得するには(原則的に)オーナー、プロモーター、マネージャーのライセンスを持つ者の中から二名以上の保証人が必要なようだが、これは恐らくそれ程難しい問題ではない。重要なのは、興業が儲からない事だろう。その現状については、2008年1月26日号の『週刊東洋経済―スポーツビジネス徹底解明』で紹介されている。記事の内容から重要と思われる点を要約して箇条書きする。
1,ボクシングジムの収入源としては二つの柱がある。一つは試合を主催する事で得られる興行収入、もう一つが練習生達から集める会費(入会費用と月謝)収入である。
2,日本、東洋太平洋のタイトルホルダーを複数抱える“ある大手ジム”でさえ、興業は選手を育てる為のものであり、そのほぼ全てが赤字の状態だという。そしてその赤字を補填するのが500人を超える練習生からの会費収入である。
3,また、別のジム会長によると、「選手に友達が何人いるのか」が興業を大きく左右し、家賃などの諸経費を払うと、トレーナーの給料は払えないという。
練習生500人のジムと言うと、業界最多クラスだろう。それでも儲からない。儲からないにも関わらず、ファイトマネーやトレーナーへの給料をまともに払えるだろうか。記事の中で、ボクシング界は「厳冬期」であると述べられている。それは恐らく、近年では辰吉や鬼塚、畑山、或いは亀田といったキャラクター頼みで、業界が競技人気の底上げを怠った付けを支払っているのだろう。本来ならば、制度改革をして人気の底上げをするべきだった。その為に、まずボクサーやトレーナーといった人材が生活環境を整えられるような制度設計をするべきだったのではないだろうか。勿論、現状で「全てのボクサーやトレーナーがボクシングだけで生活出来るように」という意見は暴論だろう。質の面からも量の面からも無理があり過ぎる。しかし、かといって、主役であるべきボクサーや、それを最も身近で支えるトレーナーが逃げ出すようなボクシング界が発展するとは思えない。彼等も職業選択の自由を持つ自由人である。「夢」の為に活動し続けて気付いたらお先真っ暗、というような業界では人材の確保もままならないだろう。
今回はまず、ジム間の興業格差によって生まれるマッチメーク格差(それによって才能のある選手が育たないという現実がある)について論じ、そしてボクシングジムの経営自体が儲からないという現実について『週刊東洋経済』の中から紹介した。
実は、今回のアップの為に書き上げた内容は4500字超の長文だった。それがブログ記事の長さとして適当とは思えず、一度途中で区切る事にした。本来なら一連の議論を片付けてから次回に移りたかったが、そういう訳なので、続いて「業界全体が競技人気の底上げを怠った」という批判をし、更に「ボクサーやトレーナーといった人材が生活環境を整えられるような制度設計をするべき」という提案をしながら、それについての議論が一切深められていない。次回はその制度設計の問題について考察を進めたい(制度設計の改善が競技人気の底上げに繋がるものと信じている)。
以上、宜敷お願いします。