En-Sophという文化一般に一家言ある人々が集まる場を利用して、新譜のクロスレビューというものを行ってみました。題材は、ミュージックマガジン撤退も話題になった菊地成孔氏率いるDCPRG「Second report from Iron mountain USA」
藤沢某所にある細谷邸にて、家主が振る舞う料理に舌鼓を打ちつつ、さまざまな音楽的バックグラウンドを持つ5人が集まり、忌憚のない意見を交わし合いました。これはその第1回です。このある意味「問題作」と言える音楽を5人がどのように聴いたのか、その視点の違いをお楽しみ下さい。
(企画・編集:細谷滝音)

<レビュー者紹介>
  • 秋葉萌実: 現役女子大学院生。DCPRGを初め、菊地成孔関連音源のファン。
  • さえきかずひこ:スイングジャズや細野晴臣などを中心に「彼岸の音楽」をこよなく愛する。「頭が悪そう」との理由でロックは苦手と公言。
  • 東間嶺:底の浅いキューバ音楽マニア。派生してリンガラ、ピアソラ、さらにミニマル、ノイズ・エレクトロニカ、ドローン等を薄く聴く。菊地成孔音源への興味は一般人レベル。
  • yuichi NAGAO:エレクトロニカを中心に楽曲制作を行っている。今回の参加者の中でもっともクラブミュージックに造詣が深い。菊地成孔からはリズムアプローチ面で多大な影響を受けている。
  • 細谷滝音:クラシックからピアノを始め、20代の半ばに菊地成孔氏にジャズ理論を学ぶ。現在、ジャズピアニスト修業中。フランスのクラシック音楽を偏愛する。

<再生環境>
  • プリメインアンプ:Kryna Levy9(真空管インテグレーテッドアンプ)
  • CDプレーヤー:Pioneer DV-578A(ユニバーサルプレーヤー)
  • スピーカー:KEF iQ9(2ウェイ同軸ツイーター+2ウーファー、フロントバスレフ)
  • スピーカーケーブル:Kryna spca5(バイワイヤで使用)

観客が棒立ちになった新Catch 22

■Track1:Catch 22


(聴きながら)
東間:なんかノリがSIMっぽいですね。大谷さんがやってるユニットの……。
yuichi:サウンドのテクスチャーは似て聴こえるかもしれませんね。ラップに関しては賛否分かれそう。
さえき:(大谷さんの)声がね……あんまり良くない。
yuichi:ボーカロイドもちょっと微妙なんですよね。菊地さんもこれは飛び道具だってはっきり言ってるんで。対米仕様のブラックユーモアでボーカロイドを入れたと。
さえき:いや~この曲は失敗でしょう。失敗。ダメです、ダメ。0点。もったいないなぁ。
東間リスナーとして想定してないでしょうけど、このユニットを聴き慣れない、免疫ない人は、アヴァンギャルド過ぎて思考停止になるでしょうね。
yuichi:この訳のわからなさが魅力だったわけで、元のトラック(Catch 22原曲)は好きなんだけれど。
さえき:ラップがダメ。
東間菊地さんとしては飛び道具だということですが、ラップと比較するならボーカロイド部分が良かったです。ぼくが日本語のラップをメチャクチャ苦手にしている、偏った人間だということもありますが……。あと思ったのが、ここまできちんとした再生環境で聴く人ってあまりいないだろうし、これ、iPhoneとかの音質で聴くとつらいんじゃないでしょうか?
yuichi:僕は、家だと制作用のモニタースピーカーで聴いているので、もっと音が生っぽく、ライブっぽく聴こえちゃってますね。だから、ここの再生環境だとリスニングに特化してるんで自宅より良い感じに聴けてます。
東間完成してるトラックに、上からラップだけ入れたみたいな感じにも聴こえます。
yuichiそうですね。トラックだけ聴くと楽曲の魅力は健在なのですが……。多層的なグルーヴに対し、どのようにラップのビートが絡んでいくか?という所に注目していたのですが、どうにも座りが悪い感じはします。あと、ボーカロイドも調教不足で、ある意味、これが一番中途半端な感じかな、と。
細谷:調教(笑)
yuichiボーカロイドの場合、調教って言うんですよ。他の曲ではSIMI LABというラッパーグループが参加していて、そっちはやっぱりかっこいいんですね。
さえき:菊地さんと大谷さんのラップが余り成功しているような感じがしないし、ボーカロイドもイマイチ。
東間やっぱりラップがダメですか(笑)
yuichiSIMI LABにやってもらったらまた違ったと思うんですよね。
秋葉:(割って入る)このバージョンだともの凄く踊りにくいんですよ!
yuichiあれ、ライブ行ったんですか?
東間アキバさんはわりとガチな追っかけなんですよ。
秋葉:追っかけじゃないです!
東間尺が長い気もします。というより、長さが問題じゃなくて、飽きちゃうのかな。体が疲れる…。これでみんな痙攣(編註:ダンス)してるの?
秋葉:え、うーん……棒立ちの人が多かったです……。
yuichi昔のDCPRGのラインナップで、この曲が一番好きだったんですね。この曲で痙攣的に踊るのが良くて。いろいろ打点があるので、それぞれ好きなところを取って踊ることができたんですけれど。
東間リズムへのアプローチがオタクっぽい感じ。yuichiさんグルーヴオタクだからちょうどいいのかも!
yuichiいやー、やっぱり東間さんには、原曲を聴いてもらいたいですね。
東間いや、聴いたことはあるんですが……うーん……。

大谷能生の声でラップしたら超格好いいと思っていた

(1曲目終了後)
細谷:流している間に思わず盛り上がってしまいましたが、感想はどうですか?
東間なんかゲップしたくなると言うか。お腹いっぱい。
さえき言っちゃあなんですけれど、キャッチ22という曲は何拍子でしたっけ?
yuichiこれはマルチグルーヴ。みんなバラバラのBPMをキープしてる。
さえきなんかね、元の曲のマルチグルーヴというコンセプトがね、台無しにされているという感じが有りますね。非常に。
東間台無しって表現は好きだなー。台無しがキーワード(適当)。
さえきやっぱり、ラップにどうしても耳が引きつけられてしまうので、そうすると(ラップ自体が)それほどフェイクしていないので、意味のほうに注意が行ってしまう。大谷さんがDCPRGをイントロデュースするようなことを言って、そのあと菊地さんが歌舞伎町がどうのこうのとか言ってて、そっちのほうに耳が引っ張られていって。そうすると、ラップのレイヤーがあって、リズムのレイヤーがあって、その両方に注目することは不可能なんですよね。だから「どうすればいいのよ?」という風にリスナーはなってしまう。
東間じゃあ、どうすれば成功だったんですか? もっと寒くないラップをすればいいんですか? シャープならいいんですか?
さえきラップがなかった方が……。
東間原曲で良いってことですか(笑)
さえきうん、原曲で良いですね。
秋葉:それか、本業の人に入れてもらうか。
yuichi菊地さんも大谷さんも、リズム感はそこら辺のラッパーより全然いいし、言葉割とかも明らかにリズムに対して問題意識が高いって分かるんですけど、『ラッパーの声』として熟れていないというか、声が……坊ちゃん臭い。
さえきそう、坊ちゃんぽい。
yuichi大谷さん、あれだけ渋い声してるのに、なんか坊ちゃんぽく聞こえる
東間なんで坊ちゃんぽいと失敗なんですか?
さえきだってこれ、サウンド自体は退廃的なコンセプトじゃないですか、都会的な。
東間ギャップを狙ったとかでは?
さえき狙ったのかなぁ。うーん……。
yuichi坊ちゃんとかインテリとかのバックグラウンドがあるラッパーは、アイデンティティを獲得するために、すごくいろいろやってる訳なんですよね。そういうラッパーで面白い人って、やっぱりいるんですよ。そういう人は、自分のインテリな部分を、ヒップホップの現場とどう折り合いを付けるかということに、相当苦労していると思う。
東間ちゃんと頑張った村上龍みたいな(笑)
yuichiちょっとフォークっぽい方向に行ってみたり、内省的な語り口調にしてみたり、或いはフリーキーで変則的な方向で行くのもあるし……。そういうラッパーとしてのアイデンティティの模索を経ていないけど『実力あるミュージシャン』だからラップしてみたらできちゃった、という感じはしますね。
さえき消化できていない、と。
yuichi日本語ラップが血肉化してない部分が露呈してるというか。
東間:魂がないと言うことですかね。それか、スタイル的な部分で「なってない」と言うこと?
さえきうーん、むずかしい。なんと表現すればいいんだろう?
yuichi理屈の上では良いものになると思ったんですよね。これ聴く前に大谷さんからラップやるんだよと聞いてたんですけれど、大谷能生の声でラップしたら、超格好いいんじゃないかと思ってたんですよ。
さえきそう思いますよ。
yuichiところが実際聴くと、ちょっとアレだという。
東間というか、そもそもラップなんですか、あれは?
yuichi大谷さんはあんまり韻を踏まないスタイルですね。
さえき菊地さんは韻を踏んでますよね。曲の聞き込み方というか、理解が、菊地さんの方が上だったという感じがしますね。
yuichi菊地さんの方が今の日本語ラップの王道的なフローのスタイルを踏襲しているという所ですかね。
東間そもそも、さえきさん日本語ラップは全否定派だった気が……。 
さえきいや、全否定じゃないよ(苦笑)。
東間家族に感謝しているラップは認めないとか、そういう事じゃないんですか? 詞の内容が無理とか、そういうことでしたっけ?
さえき:なんだろうな。日本語ラップ全否定ではないです。好きなものもあるし。
秋葉:あるんですか? なんですか?
さえき:スチャダラパーとか好きですよ。
東間ロックも好きじゃないんですよね?
さえき:うん、好きじゃない。
yuichi今は結構いろんなラッパーが出てきているから、もしかしたら、これはこれでアリとか。
さえき:SHINGO☆西成は好きですよ。
yuichiあー!あれはアリなんだ。極端だなぁ(笑)。
さえき:本当にリリックが素晴らしいか、あるいはパフォーマンスが素晴らしいか、どっちかであればいいんです。

MCバトルをしたら菊地さんは優勝できると思う

秋葉:
細谷さんはどうですか?
細谷:僕は実はこの曲、1番目ぐらいにいいかなと思ったんだけど。
一同:ほー。
さえき:意見が割れた方が面白いですね。
細谷:というのはなんというか、ラップを乗っけたら全然違う曲になっちゃったというのが逆に良いというか。自分がラップをあんまり聴かないというのもあるけれど。
さえき:評価が甘くなると言うことですね。
細谷:評価が甘くなると言うか、日本語の歌詞が凄く良く聞こえますよね。
秋葉・さえき:うんうん。
細谷:他の日本語ラッパーの人たちって、何言ってるか聞こえない人が多い。
東間聞こえないんですか?
yuichiそこは日本語のリリックと音楽は分けた方がいいですね。
東間日本語ラップって、偏向した印象だと、歌詞が国粋的だと思うんですが。
さえき:ああ、郷土を大事にしよう的な。
yuichiそういうのもあるでしょうね。
東間日本語ラップのイメージってそんな感じなんですよ。ぼくにとって。
yuichiいやいや、いろんな日本語ラップがあって、多様化してますよ。
東間「韻を踏まないと殺す」とか、そういう事はないんですか?
yuichi韻をあまり踏まないスタイルのラップもありますよ。ただこの2人、録音物には賛否あるけど、MCバトルとかすると、たぶん菊地さんも大谷さんも強いと思う。言ってることがちゃんと聞こえて、的確に相手のことをDISれるから、(MCバトル)出たら優勝しちゃいそう(笑)。やっぱり日本語ラップの即興バトルの場で、言葉が聴き取れないようなMCだと、オーディエンスを移入させられないんですよね。で、しかも、仕込みネタを言ってるんだろうなというのがばれたら超サムいというか、即ダメですよ。その点では、菊地さんは即興でいくらでも言葉が出てくると思うし、言葉も聴き取り易いから、的確に相手を責められると思いますよ。
東間性格悪いし、って?(笑)。
yuichi:バトルしたらめっちゃ強いと思うんですよ。ただこの曲に関しては、言葉が聴き取れ過ぎるのがむしろマイナスになっているように思えますが…
さえき:僕が日本語ラップをあまり認めないのは、ビートとかファッションとか、全部向こうから輸入してきているわけでしょ、カルチャーそのものをね。
yuichiまぁそうですよ。それはどこも一緒ですよ。そうすると、日本のポピュラーミュージックは全滅みたいなことになっちゃう。
さえき:でも、だいぶ土着化しましたよね。
yuichi細かく言い出すと、ジーパン履くのも輸入じゃないかと言うことになる訳じゃないですか。
東間ジーパン履くとかそういうレベルじゃなくて、コンテクストを無視した様式のコピーだから変、みたいなことでは。ギャングスタラップの人とか、例えば着ているもの自体が黒人のプロテストとして意味があったはずで、なんだっけ、アディダスだけしか履かない、ナイキはダメみたいな(うろ覚え)。そうしたカルチャー自体を日本人がまるっとコピーするのはどうなの?みたいな。
yuichiでも、完コピの時代はもう過ぎていると思いますよ。偏見!
東間過ぎてはいるんだけれど、世間的なイメージはそのままだから…
yuichiまぁ日本語ラップもいろいろとおもしろいものがあるので、ちゃんと聴いてみて下さい。
さえき:日本語ラップの問題は話題としてはちょっと大きすぎるな。脱線しちゃってる。

ボーカロイドの無駄遣い?

細谷:
しかし、なんでボーカロイド使わなければいけなかったのかな?
東間流行モノだからじゃないですか?
細谷:インタビューで言ってましたけれど、本人はボーカロイドのことをよく分かってないみたい(笑)。
東間なんかアルバムのウリになるかも、みたいな?
秋葉:ボーカロイド好きの友達に聴かせたら、「無駄遣い」と言われました。
一同:
細谷:そういうのを入れてしまうのが菊地さんらしいなぁと言うか。
さえきまぁそうですね。
細谷:なにかしら顰蹙を買うようなものを一個入れてしまうのが、菊地さんらしい習性というか、なんだろう。自分でそういうのを入れて、わざと顰蹙を買いたがっているというか。
yuichi今日来る前に、CINRAのインタビューを読み返したんですけど、そこでこのことのエクスキューズを言ってましたね。これまでアメリカに進出した日本人がいろいろいて、自然体で行けばいいのに、ちょっと背伸びしてやらかしてしまうみたいな、その系譜に乗ったと言うこともありますね、と。
一同:
yuichiボーカロイドを入れたのは、対米仕様のブラックユーモア。で、そのブラックユーモアが成功している、これは良いだろう、とはたぶん本人も余り思って無くて、「海外に出たとき、ちょっと気負っちゃって失敗するというその文脈を俺も踏まえてみましたよ、てへぺろ」みたいな。
さえきそういうことをね、ミュージシャンが言っちゃダメですよ。
yuichiそこまでは言ってなかったけれど、やらかした風には自分で言ってましたね。
東間意図的にやらかした?
yuichi…と言うようなことを含ませつつ言ってた。菊地さん得意の煙に巻く感じですね。
細谷:結構、菊地さん、逃げ道を作っておきますからね。対ネットのウザイ批判という意味もあるとは思うんですけどね。
yuichiそうかもしれませんね(笑)。

ジャズ喫茶でかけないというテロリズム
 
東間アメリカで発売するんですよね?
さえき:アメリカでも売りますよ。
東間どのぐらい売れてるんだろ?
細谷:前のアルバムも含めてアメリカのアマゾンで確認してみると、出てこなくって。まだマーケットプレイスでしか売られていない。
東間アメリカで売りましたと、空売りで逆輸入みたいな(笑)
さえき若干発売がずれるのかもね。
細谷:リリースするかどうかの決定権は、向こうのユニバーサルにあるから。原盤所有権はユニバーサルとイーストワークスが持っているから法務的な問題はクリアになっているんだろうけれど、リリースするかどうかというのは、たぶん向こうの権限だと思う。
さえきまずは日本での売れ方を見てから、アメリカでのリリースを考えるとか、いろいろあるんでしょうね、段階が。
東間そもそも、デートコース自体、国内でどのぐらい売れるんでしたっけ?
細谷:これは結構売れたんじゃないかな。発売したとき、初回枚数をあまり作らなかったらしくて、地元の藤沢のタワレコでは全く置いてなかった。タワレコのポスターをやってるのにもかかわらず。
秋葉:横浜だと、ジャズチャートで1位ですよ。
東間何枚売れるとジャズチャートの1位になるんですか?
さえき1万ぐらいじゃないですか?
東間なるほどー。やっぱり厳しい世界ですね。
さえき万売れたら御の字ですね。
細谷:万売れるジャズってなかなかない。だって、クラシックよりもジャズは売れてないからね。
東間あー、クラシックはお稽古事の世界で生徒が買うってのもあるし……。
さえき:教材としてね。
東間ジャズって元はポピュラーミュージックなのに、今は半端な教養音楽というか何というか、意識高めの人が聴くスノビッシュな文化アイテムみたいになっちゃってるのが非常にまずいという気がします。あと、菊地さんのブログで知ったことで、ちょっとこれ凄いなと思ったのが、ジャズ喫茶で音源かけないというテロリズムがあるんだとかって……。
一同:
東間なんとかっていうジャズ喫茶のオーナーが、菊地のアルバムは俺の系列のジャズ喫茶じゃかけないとお達ししてるとか、そんな意味不明な政治闘争があるって。
yuichi:いーぐるのサイトのBBSとか見ると、結構香ばしい議論をやってましたよ。
東間わーって大爆笑したんだけど、そういうなんというか……。
さえきムラ社会。
東間そう、非常に特殊なムラ社会があるんだな、と。売らないじゃなくて、かけないという圧力のかけ方があるんだという。かけさせない、出入り禁止みたいな。そういうのが門外漢からはすごく面白い。ラジオでかけないみたいな締め出しの変奏。でも、よく考えたらこれテロじゃなく、迫害とか、弾圧ですね(笑)。
さえきじゃ、そろそろ2曲目行きますか。

(続く) 

SECOND REPORT FROM IRON MOUNTAIN USA
SECOND REPORT FROM IRON MOUNTAIN USA