卒業を終えた初夏の昼下がり、アトリエのみんなは外に出払っていて、部屋は薄暗くシーンと静まり返っていました。窓からは柔らかい風が吹いています。

「今日はやるべきことがなにも無い」ひとり、きしわぎは呟いてみました。
 
きしわぎの今日の予定は何もありませんでした。明日の予定も、それ以後の予定も。
予定は何もありませんでした。
きしわぎの目の前には、ただ、ただ、時間がありました。きしわぎは、自分がこの世の中に取り残されてしまったのではないか、と感じました。

きしわぎは大学在学中、作品を作ることに情熱を燃やしていました。
美術作品の美しさや奥深さにすっかり魅了されていて、出来れば美術で食べていけたらいいなー!と思っていました。だから、美術で食べていける可能性はどのくらいあるのだろう?と、疑問に思い、どうやったら美術で生活費を稼ぐことができるか、なんとなく考えてはいるのでした。


きしわぎの頭には次の二つの考えが、かげろうのようにぼんやりと浮かんでいました。

・自分の作品を売って、生計を立てる方法
・教育機関や美術団体のピラミッドを利用して生計を立てる方法

きしわぎは、まず初めに
・自分の作品を売って、生計を立てる方法
について、思いをめぐらせてみました。

絵を描く人なら誰しも、自分の作品を売って生活できるような売れっ子作家になれたら!と思うことでしょう。自分の描く絵をファンが大喜びで買ってくれて、それで生活が成り立つなんて、どう考えたって最高でしょ!
でも、それは何をどうすれば達成できるのか、きしわぎにはわかりませんでした。

歴史上に散見する胸躍るような素晴らしいアーティスト達も、周りを見渡せば、きしわぎの周りには、そんな人は一人も居ません。運が必要なのかもしれないし、才能が必要なのかもしれない。とにかく、霞を掴むような話です。
それに、美術史に残るような伝説上のアーティストでさえ、生前には誰にも認められずに、死んでから評価される場合も多いのです。一個人の努力でどうこうできる問題には思えませんでした。

また、これは創作を生業とするプロフェッショナル全般に言えるのですが、世の多くの”アーティスト”と呼ばれる職業の場合、統計的に”収入の分布がべき乗則”となっており、収入所得の分布は公務員のように均等に割り振られてはいません。

アートの世界は、全てをトップが掻っ攫う。そんな超過酷な市場主義世界なのです。
 
(収入の分布がべき乗則というのは、ようするに作家全体の中から年収百億円のスターが一人いて、年収三億が十人、千万が五十人、百万が五千人、五十万円以下が五万人いるようなイメージです。※数値は超適当)
頂点は果てしなく儲かるけど、裾野がとてつもなく広くって、大半の人は生活費すら稼げないという恐るべき世界なのです!!

「作品を売って生活するのは、なかなかキビしい!」と、きしわぎは思いました。

当時、ニーティストとなったきしわぎを、けなす人も応援してくれる人もいました。
二十代の若者が、昼間からひとりブラブラとしていれば、みんなから心配されるというものです。しかしながら、きしわぎは、自分はなるべくしてニーティストになったのだと、心の底では考えていました。なにしろ、それまで”仕事”について何も考えたことがなかったのです。
なにを仕事にするかは人生を左右するとてもとても大きな問題だ!という思いはますます強くなっていきました。この問題を先延ばしにしたら、またいつか自分は、今よりも大きく躓くに違いない、そう確信していたのです。そしてこの問題に、がっぷり四つで組み合うことこそが、自分のニーティストとしての初仕事だと、きしわぎは考えたのでした。

次回は、
・教育機関や美術団体のピラミッドを利用して生計を立てる方法
について。


そんじゃーね!