Food


---『回花歌』梗概---
舞台は2000年代、とある大陸の西方にある街。"私"と家族は牛肉麺屋を営んでいる。街は、かつて核実験が行なわれていた土地のすぐ近くにあり、その影響を暗に示すような出来事が、家族の周囲ではいろいろと起きている。しかし、"私"と家族を含め、街の人々は核や原子力に対する正しい知識や情報を持たず、故に恐れを抱くこともない。彼らは宗教と自身の信仰心を大事にし、家族や親族、友達を大事にして生きている。「何かがおかしい」と感じられるような状況下でも、人々の生活は変わらずに続いてゆく。『回花歌』は、そんな物語である。
 

12---"開けゴマ!"より続く)


13--- "食事会前夜"


閉店後の後片づけも終わり、夜七時半を過ぎた。けれど、いつもの食器洗浄店の店員はやって来なかった。私はそれを気にかけながら、なんとなくうわの空で、ほとんど具の入っていない素麺片を盛りつけた皿を叔母と一緒に行ったり来たりしながらテーブルに運んだ。そのうち父や叔父、兄、ライヒがモスクから戻ってきて、一緒に食事の用意を手伝ってくれた。

Embed from Getty Images

みんなが着席して食前のお祈りを終え、素麺片を食べはじめようとしたとき、勝手口の方から「毎度」という威勢の良い声がした。私が立ち上がるよりも速く、ライヒが立ち上がったので、先ほど母から受けとったお金を彼に渡した。ライヒが厨房に向かい、灯りをつけて勝手口のドアを開ける音が聞こえた。

私は素麺片を食べながら裏口の方に聞き耳を立てていたが、台車を引く音やケースのぶつかる音は聞こえても、店員とライヒの会話までは聞こえなかった。テーブルは明日の夜に行なわれる食事会の話や、大きなきのこ雲がまた最近見えた話で盛り上がり、裏口の会話よりも近くで交わされる会話が我先にと私の耳に入ってきた。

全員が食事を終えたので厨房に皿を下げながら、私はさきほど店員と何を話していたのかをライヒに尋ねた。彼は何故そんなことを聞くのかと言うようにキョトンとして「何って、特に何か話したかなあ」と言いながら斜め上に視線をやり、おもむろに「ラマダン中は洗浄店も収入が落ちるから、ひとまず実家に戻るってあの店員さんが話していたかな」と言った。それを聞いて、私は口から心臓が飛びでるほど驚いて思わず手がすべり、持っていた皿を落としてしまった。

ライヒは他に、かなり大きなきのこ雲が1週間ほど前、空にあがっているのが見えたこと、店員の実家のある街からもきのこ雲が見えること、そして彼も薬草を売って美味い羊肉を買いたいと話していたことを教えてくれた。私はライヒの話を聞きながら、皿を洗う自分の手元をじっと見つめていた。

a3eab870a30e61ba472bdc7b929cb72a

食後の後片づけが終わり、厨房からみんなの座るテーブルに私とライヒが戻ると、ちょうど食事会でふるまう料理について議論の最中だった。「白瓜とセロリの和え物、青椒と羊肉の炒め物、卵とトマトの炒め物、地三鮮、青梗菜の炒め物、馬鈴薯片の揚げ物、牛肉と馬鈴薯のトマト炒め煮、羊の内臓スープ、春雨とひき肉の炒め物、骨付き羊肉の茹でたもの、牛肉と人参の饅頭・・・」と食事会のメニューとして決まったものを、、兄はメモを見ながら読み上げた。

Embed from Getty Images

メニューを聴き終えると叔母は、「そんなに用意できるか不安」と言いだし、メニューの数を少なくしようと提案した。それについて叔父は、「20人も来るのだから、料理はあればあるだけ良いに決まっている」と反論したが、「誰が料理を作るのか考えてみろ」と叔母に一喝され、バツの悪そうな顔で舌打ちすると黙りこんでしまった。そこで母が、「メニューの数を少し減らすことにして、一品一品の量を多めに作れば良いのではないか」と提案した。

叔母はそれみたことかという表情で大きくうなずき、「その通り!」と勢い良く言うと、メニューを減らすべきだと再び強く主張した。兄もまた「このほかに牛肉麺も出す予定だから、たしかにメニューの数は多いかもしれない」と言い、続けて「メニューを減らして母の言うようにそれぞれを多めに作るのが良いかもしれないね。じゃあ減らすとしたらどれを減らそう?」と話を進めた。

mutton momo's (Tibetan dumplings)

すると父が「羊の内臓スープと骨付き羊肉の茹でたもの、それと牛肉と人参の饅頭は必ず出さねばならないから、炒め物から減らしたらどうか」と提案した。叔母はすかさず春雨を水で戻すことの面倒について語り、「まず春雨とひき肉の炒め物をメニューから外そう」と言った。しかし叔父が、「野菜と肉の料理ばかりでは面白くない」と叔母に反論し、馬鈴薯のメニューが3つもあるから、そのうちどれかを外したら良いと提案すると、「それがいいかもしれない」と母も賛成を表した。

叔母はふてくされたような顔で、「それならそうすれば」と言い放ち、叔父を見て小さく舌打ちをすると、テーブルにドンという音をたてながら両手で頬杖をつき、いかにも面白くなさそうなそぶりを見せた。私は、そんな叔母の様子に思わず吹きだしてしまった。私の横ではライヒが叔母と叔父のやり取りをぼんやり見ていたが、ぼんやりとは表面だけで、彼なりに内面では何かを深く考えているのかもしれなかった。

話し合いが終わり、叔父夫婦は元気に言い争いながら、そして何度も互いに舌打ちをしながら自宅へ帰って行った。私はテーブルから湯のみを下げ、「今、明日の準備しようか?」と母に聞いた。しかし母は頭を横に振り「とりあえず今日は寝て、明日のことは明日やりましょう」と言ったので、私は店の電気を消し、母屋に戻るとすぐ布団の中に入って寝た。

1/0257

(13へ続く)


(編/構/校:東間 嶺@Hainu_Vele)