---『回花歌』梗概---舞台は2000年代、とある大陸の西方にある街。"私"と家族は牛肉麺屋を営んでいる。街は、かつて核実験が行なわれていた土地のすぐ近くにあり、その影響を暗に示すような出来事が、家族の周囲ではいろいろと起きている。しかし、"私"と家族を含め、街の人々は核や原子力に対する正しい知識や情報を持たず、故に恐れを抱くこともない。彼らは宗教と自身の信仰心を大事にし、家族や親族、友達を大事にして生きている。「何かがおかしい」と感じられるような状況下でも、人々の生活は変わらずに続いてゆく。『回花歌』は、そんな物語である。
(『11---"叔父の家"』より続く)
12--- "開けゴマ!"
昨夜は午前2時過ぎに叔父の家から帰ってきたせいで、朝から私は頭がぼんやりして身体もまったくシャキっとせず、お茶をこぼしてしまったり、お碗を落として割ってしまったりしたけれど、兄やライヒはいつもと変わらず注文を受けては、せっせとリズム良く牛肉麺を作り続けていた。
昼の混雑を過ぎ、みんなで昼食を済ませた後、母と叔母、私は明日の夜、店で行う食事会の買い出しに出た。明日はハラブが戻ってくるし、明後日は薬草を摘みに行くからということで、関係者を招いて食事会を催すことになったのである。結果、総勢20名ほどが食事会に参加することになった。イマームも食事会に来てくれることになり、これは名誉なことだと父や叔父は俄然やる気を出し、食べきれないほどの料理をふるまうよう母や叔母に言いつけた。
八百屋の店先に陳列された赤子の頭ほどもある大きな馬鈴薯を手にとり、叔母は憮然とした表情で「食事会なんてまったく面倒くさいよ」とぶつぶつ言った。その横で母が「ハラブが帰ってくるお祝いでもあるんだし」と叔母をなだめながらトマトを手に取っていた。

私が叔母に「ラマダンが明けたらハラブはまた上海に戻るの?」と聞くと、「あの子も今年で20歳だから、そろそろこっちで結婚した方がいいんだろうねえ」と叔母は言い、「まだ結婚していない友達はいるか」と私に尋ねてきた。頭にはズラフのことが浮かんだが進学を希望する彼女を紹介するわけにもいかず、もう結婚している人が多いことを伝えた。叔母はうなずきながら「そうよね、15歳ともなればもう結婚しているのが普通よね。私が結婚したのなんて14の時だったから」と言って、青椒を手にとった。そして青椒を30個ほど入れたビニール袋を店員に渡して計ってもらい、その代金を聞くと猛烈な勢いで値切りはじめた。どうやら叔母にはその値段が不服だったようだ。
店に戻ると午後3時半を過ぎていた。夕方の営業まではまだ時間がある。父や叔父、兄の姿は無く、タァンタァンと厨房で麺を打つ音が店の奥から聞こえてきた。厨房を覗くとライヒが1人で麺打ちの練習をしながら「みんなモスクに出かけたよ」と言った。叔母は荷物を置くと商店に戻り、母は少し昼寝をすると言って母屋に入って行った。私は買ってきたばかりの食材を冷蔵庫の空いたところに入れようとしたが、入りきらないので白瓜や青椒など傷みにくいものは馬鈴薯と一緒にダンボール箱に入れておくことにした。
その後、厨房に最も近いテーブルに座り、数日前にモスクでイマームがくれた小説のコピーをジーンズのポケットから取りだした。実はポケットに入れたままにしてあったのをすっかり忘れていて、さきほど八百屋に行くときに偶然見つけたのである。
4つ折になったコピーを開き、小説の続きを読みはじめた。アラビア語の辞書もイマームの解説も無いため語彙の意味や文法の解釈に困ってしまう箇所もあったが、内容はだいたい理解することができた。神への信仰心と男性への恋心の狭間で女性は揺れていたが結局は男性への想いを諦めるという内容で、小説の展開が自分の予想に反していたことに少なからず落胆を覚えた。
というのは私はその小説にラブロマンスを期待していたし、それに神への信仰心と現実の男性との恋愛は別なのではないかと考えたからである。けれど信仰心の強い人の思想とはこういうものなのかもしれないと思い直したりもした。
その後、厨房に最も近いテーブルに座り、数日前にモスクでイマームがくれた小説のコピーをジーンズのポケットから取りだした。実はポケットに入れたままにしてあったのをすっかり忘れていて、さきほど八百屋に行くときに偶然見つけたのである。
4つ折になったコピーを開き、小説の続きを読みはじめた。アラビア語の辞書もイマームの解説も無いため語彙の意味や文法の解釈に困ってしまう箇所もあったが、内容はだいたい理解することができた。神への信仰心と男性への恋心の狭間で女性は揺れていたが結局は男性への想いを諦めるという内容で、小説の展開が自分の予想に反していたことに少なからず落胆を覚えた。
というのは私はその小説にラブロマンスを期待していたし、それに神への信仰心と現実の男性との恋愛は別なのではないかと考えたからである。けれど信仰心の強い人の思想とはこういうものなのかもしれないと思い直したりもした。
その小説を読み終わると続いて別の物語がコピーされており、読んでみるとそちらの方がずっと面白かった。読み終わるとすぐに私は、唸り声をあげながら麺打ちの練習をしているライヒにむかって、とても面白い話があると言い、なかば強引にその内容を語りはじめた。
「むかしペルシアにカシムとアリババという兄弟がいて、兄のカシムはすごくお金持ちだったんだけど、弟のアリババはすごく貧乏だったんだって。あるときアリババがロバと一緒に森へ行ったら、男たちを乗せたたくさんの馬が来たので怖くなって、アリババは身を隠したんだって。でね、アリババがその男たちを数えると40人もいて、そのなかの1番偉い人が大きな岩の前に立って…」
するとライヒが突然こちらを向き、「開けゴマ!」と大きな声で言った。私は驚いて「なぜ知っているの?」と聞くと、「それアリババと40人の盗賊だろ?」とライヒは笑って答えた。イマームがくれたコピーには物語のタイトルは書かれておらず、私はそこではじめてその物語のタイトルを知った。さらにライヒは「アリババと40人の盗賊は千一夜物語の1つで、他にも面白い話がたくさんあるんだ。例えばアラジンと魔法のランプとか、シンドバットの冒険とか、空飛ぶ絨毯とか、僕は中学2年生のときに兄が西方へ旅行した際に買って来てくれた本でそれらの物語を読んだんだ」と話した。
自分が教えてあげようとした物語をライヒが知っていたのがちょっと面白くなくて、私は少しふてくされていたのだが、ライヒの話を聞いているうちに興味がわいてきて、それらの物語をもっと知りたいという想いで胸がいっぱいになった。
私が「千一夜物語はどうして千一夜物語と言うの?」とライヒに聞くと、彼は少し考えて「さあ、どうしてだったかな」と首をかしげ、もう一度「どうしてだったのかな」とつぶやき、「その理由を僕は確かに読んだはずだけど、今はもう思い出せない」と落胆したように言った。「じゃあ千一夜だから千日に一日だけ夜が来るという意味なのかな?」と続けて私が聞くと、ライヒは少し考えた後「そうではなくて千日の夜のように感じられる一日の夜という意味かもしれない」と答え、すると突然「ああ僕は本当にポンコツだ、麺打ちだって伸ばした麺が必ず途中で切れてしまう」と言い、ところどころが切れている細麺をぐるぐると両手で丸め、板の上に手の平でギュウッと押し付けた。
私が「千一夜物語はどうして千一夜物語と言うの?」とライヒに聞くと、彼は少し考えて「さあ、どうしてだったかな」と首をかしげ、もう一度「どうしてだったのかな」とつぶやき、「その理由を僕は確かに読んだはずだけど、今はもう思い出せない」と落胆したように言った。「じゃあ千一夜だから千日に一日だけ夜が来るという意味なのかな?」と続けて私が聞くと、ライヒは少し考えた後「そうではなくて千日の夜のように感じられる一日の夜という意味かもしれない」と答え、すると突然「ああ僕は本当にポンコツだ、麺打ちだって伸ばした麺が必ず途中で切れてしまう」と言い、ところどころが切れている細麺をぐるぐると両手で丸め、板の上に手の平でギュウッと押し付けた。
ひどく悔しそうなライヒにかまうことなく私は千一夜という名前の由来を考え続け、逆に一日の夜のように感じられる千日の夜ということかとも考えてみたけれど、それも何か違うような気がして、さらに考えているうちに頭の中がこんがらがってきたので、来週ズラフに会ったら彼女に聞いてみよう、物知りの彼女ならきっと知っているはずだと思い、そのうち眠たくなってきたのでテーブルに突っ伏し腕を枕にして目を閉じた。厨房からは再び麺を打つ音がして、その音と音の間に「王様とお姫様が出てくるんだったかな」とブツブツつぶやくライヒの声がしたけれど、よほど寝不足だったのか、少しもまどろむことなく私は眠りに落ちた。
(13へ続く)
(編/構/校:東間 嶺@Hainu_Vele)