生まれながら、人は苦痛を被った。次は欲求だった。泣き叫び、助けをもとめた。それは助けられる権利があることや、人助けの好きな他の存在が実在していることを知る少し前のことで、そう泣き叫ぶのは、種の進化が母を呼ぶための声を私達に与えたからだ。苦痛で泣き叫び、そして助けられる。そしてその助けをふたたび欲するようになる。助けられることをまるで借金を取り立てるみたいに要求し、母親が待たせる時、我慢できないでimpatiemment泣き叫ぶ。

 そうして、助けが来なかった時の自分に向き合い、また瞬間瞬間にある死活のいらだちimpatienceに向き合うとき、人は我慢することpatienceを学んだ。時間を学んだのだ。言い換えれば、遅れretardを、欲求と充足の間にある距離を学んだのだ。

 (私は二つともよく知っている、我慢といらだちについてことあるごとに書いてきた。教育において、それぞれが《内的生命》の発展していくことを教え込むのだ。こうして、興奮や外部の助けから独立していくようになる。しかし、今回私は別の我慢について考察せねばならなかった。その我慢は、救いや頼りが不在であることに耐えることで構成される。無情にも時間が広がり引き伸ばされるにも関わらず、未来に期待することが皆無な生の一定の期間や状況である)。

 健康に恵まれ、何かなすべきこともある人間の幸運は誕生のときから信じられない性能の高さと必要以上の大きさを併せ持つ頭脳を、天賦のものとしてen partage授かったということだ(困難さや苦しささえもたらしてくる)。種の進化や、先行する無数の死者からの贈り物だ。私達はなんでもないことを反芻する以上になにもなすべきことがないとき、超高速で超有能なこの頭脳を、超高齢のなかに保存する。心配することも、待ち受けることも、待ちわびることも全くなく、自発性なく、生き生きもしておらず、思いがけないこともないとき(動物、特に子供にも認められる老人たちの喜びがないとき)、つまり私達の頭脳に糧や興奮としてもたらされるものが全くないとき、依然活発過ぎでがつがつしてさえいる頭脳の力は減少していくだろう。頭脳に設けられた乏しい対象を使い果たしてしまえば、もう直感的に彼は朦朧のなかに、まどろみや眠りのなかに避難しようと試み続ける。しかしそこに甘えることはできない。眠りすぎは、不眠に注意せねばならないのである!


【著者紹介】ピエール•パシェ(Pierre Pachet)。1937年生まれの、フランスの作家・エッセイスト。代表作に、『誰でもよい者――ボードレール的政治についての試論』(Le premier venu. Essai sur la politique baudelairienne, 1976)、『魂のバロメーター――日記の誕生』(Les Barometres de l`ame. Naissance du journal intime, 1990)、『時の中の愛――自伝的考察』(L'amour dans le temps, essai autobiographique, 2005)等多数。

【作品紹介】『我が母の前で』(Devant ma mère, 2007)はパシェ自身の、老人性痴呆となった101歳になる母を描いた自伝的エッセー。上記翻訳は5758頁(小題は訳者がつけた)。物を忘れ、文法を忘れ、人を忘れ、当の息子すら忘れてしまった母親。しかし、パシェはその老いた彼女こそが、生きた私達の下に遣わされた使者なのだという。老いが導く人間的なものの最果て。個体の限界。老いた母を見守りながら考えられた、死について、言葉について、個体についての考察がここにある。


↓原書はこちらから。
http://www.amazon.fr/Devant-ma-m%C3%A8re-Pierre-Pachet/dp/2070783235