---『回花歌』梗概---
舞台は2000年代、とある大陸の西方にある街。"私"と家族は牛肉麺屋を営んでいる。街は、かつて核実験が行なわれていた土地のすぐ近くにあり、その影響を暗に示すような出来事が、家族の周囲ではいろいろと起きている。しかし、"私"と家族を含め、街の人々は核や原子力に対する正しい知識や情報を持たず、故に恐れを抱くこともない。彼らは宗教と自身の信仰心を大事にし、家族や親族、友達を大事にして生きている。「何かがおかしい」と感じられるような状況下でも、人々の生活は変わらずに続いてゆく。『回花歌』は、そんな物語である。
 

10---"伯父の申し出"より続く)

11--- "叔父"の家


店の前まで来ると兄と私、ライヒは店には戻らず父や母と別れ、そのまま二軒先にある叔父夫婦の店へ向かった。「今夜ハラブからインターネットで連絡が来るから、みんな来ないか」と叔父が誘ってくれたのである。ハラブは叔父夫婦の息子で兄と私の従弟にあたる。私達も久々にハラブと話したかったのでお邪魔することにした。

叔父がズボンのポケットから鍵を取りだして錠を開け店の中に入った。そのあとを叔母、兄、私、ライヒの順で一列に電気のついていない真っ暗な店内を進み、店の一番奥にある階段を上り二階の母屋へと向った。叔父が母屋に入って居間の電気をつけると、五人で上るにはあまりに細くて頼りない階段の足元まで灯りが届き、幾分ほっとした。



居間に敷かれているペルシャ絨毯は叔父の自慢で、それはベージュと藍色、二色使いの大きなものだった。私達は戸口で靴を脱ぎスリッパに履きかえた。居間には大きな黒い革張りのソファと硝子の長テーブル、ソファの正面には叔父が新しく買ったという薄型のデジタルテレビとDVDレコーダーがおかれていた。兄がテレビの大きさを聞くと、五一インチだったかなと叔父は答えた。叔母によると日本製で長持ちするらしかった。そして、ライヒの胴回りくらいはある大きなペットボトルを持ち上げ、電気ポットに飲み水を注ぎいれた。

叔父は私達をソファに通して、リモコンでテレビをつけたあと木の深皿に入った緑色の干葡萄を硝子テーブルの上に置き、これは先週隣国から来た友達が土産にくれたもので美味しいから是非食べなさいとすすめてくれた。そして、来月その友達が住む国まで商品の仕入れに行くのだと叔父はいかにもそれを楽しみにしているという感じで話した。その干葡萄はこの街で売られているものより小粒だったけれど甘味と酸味がとても強く、本物の葡萄を食べるよりもずっと美味しく感じられた。とても美味しいと叔父に告げると、冷蔵庫から牛の干肉も出して勧めてくれた。叔母の出してくれた八宝茶と一緒に食べると口の中で肉が柔らかくなった。叔父夫婦と私達は今夜ハラブが高速バスで西安に着くことや、サッカーのワールドカップのこと、先月叔父が訪れた遠い国のことなどをしばらく雑談した。

Raisins

叔父の話はいつも面白くて、私はそれを聞いているとあまりの面白さに興奮してしまう。とくに叔父が遠くの国の友人宅で見たという祈祷師の話は、私の心をわしづかみにした。叔父によると、その祈祷師は原因不明の病気になると招かれるのだという。叔父は友人の家族が酷い腰痛に悩まされていた時に祈祷師が招かれたのをその国で見たのであった。

それは老婆の祈祷師で、彼女は何かの棒で病人の腰を激しく叩いたかと思えば今度は棒を振りまわし、聴き馴染の無い歌をうたいながら踊ったあと、棒先を赤インクで濡らし不思議な印を白い紙に描いたら、その紙を病人の腰に貼ると再び棒を振りまわして踊り始めたという。そして祈祷の効果だろうか、三日後に友人の家族はすっかり良くなり、普段通り動けるようになったのだと叔父は話した。私はその奇妙な祈祷師に興味がわき、彼女の身なりや踊りについてもっと話してほしいと興奮ぎみに懇願した。どうやらライヒもその話に強い興味を持ったらしく、私達は熱心に祈祷師のことを叔父と会話し続けた。

Shaman Quechua

会話の途中で叔父の携帯電話が鳴った。それはハラブからだった。五分後にインターネットで連絡をくれるという。叔母が隣の部屋から白くて薄型のノートパソコンを小脇に抱えて持ってきて長テーブルの上に置いた。そしてネットができるよう、LANやルーターを設置した。ルーターを不思議に思ったライヒがこれは何かと尋ねると、兄は「ルーターも知らないのか」と呆れた顔で言った。叔父が指をさしながら、これはLAN、これはルーター、パソコンとインターネットをつなぐためのものだよと優しく説明してくれた。ライヒは「ふぅん」と小さく言ったきり、うつむいて干葡萄を食べはじめた。パソコンを起ちあげてインターネット接続のアプリケーションを起動すると、あっという間に接続が完了した。それを見たライヒは「へえ、不思議だな」と驚いた表情で言い、干葡萄をまたひとつ口に運んで八宝茶をすすった。

当時、私達の家にはパソコンがなくインターネットを利用することはできなかった。ネットを使いたい時は、この街にいくつかあるネットカフェに行った。しかし、叔父の家にあるような綺麗で最新のノートパソコンは当然なかった。ネットカフェには、カーテンで光を遮断した薄暗い部屋のなかに手垢や砂埃で汚くなった古いデスクトップ型のパソコンが並べられており、しかもその周りには誰かが食べた林檎の芯やスナック菓子の袋、コーラのペットボトル、タバコの灰などがいつも散乱していた。時には床の上で仰向けに寝ている者もおり、そのうちにケンカが始まることもあった。だから、ネットカフェでは落ち着いてインターネットを楽しむことなどできなかった。

pc bang kashgar

ハラブからの連絡を待つ間、叔父は先程ほどまで話していた祈祷師のことを再度思いだし、彼女はこうやって踊ったんだと言って唐突に立ちあがった。そして、聴き馴染の無い言葉を普段よりも幾分高い声で歌いながら、まるで神に礼拝するときのように両腕を前方に伸ばしたまま身体を屈めたり起こしたりして、私達の座るソファやテーブルの周りをぐるぐると踊り始めた。それを見た私は、一気に体温が上昇するのを感じて勢いよく立ちあがり、叔父のあとに続いて踊った。するとライヒもまた叔父を真似るように出鱈目な言葉で歌いながら、やはり私のあとに続いて同じように踊った。

Men dancing in the street during a Wedding In Uyghur Family, Kashgar, Xinjiang Uyghur Autonomous Region, China

ハラブとの連絡がつながった。彼がパソコンの画面に映しだされると、叔母と兄は嬉しそうな声を上げた。私達はその周りを何かにとりつかれたかのように歌いながら踊った。踊りながらパソコンの前を通過するときに画面を見ると、こちらの異様な光景にハラブが目を丸くしているのが映しだされた。私が踊りながら「ハラブ元気?私は元気!」と大きな声で言いWebカメラに向かって手をふると、ハラブは顔を真っ赤にして失笑し「本当に元気そうで何より」と答えた。

(12へ続く)


(編/構/校:東間 嶺@Hainu_Vele)