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---『回花歌』梗概---
舞台は2000年代、とある大陸の西方にある街。"私"と家族は牛肉麺屋を営んでいる。街は、かつて核実験が行なわれていた土地のすぐ近くにあり、その影響を暗に示すような出来事が、家族の周囲ではいろいろと起きている。しかし、"私"と家族を含め、街の人々は核や原子力に対する正しい知識や情報を持たず、故に恐れを抱くこともない。彼らは宗教と自身の信仰心を大事にし、家族や親族、友達を大事にして生きている。「何かがおかしい」と感じられるような状況下でも、人々の生活は変わらずに続いてゆく。『回花歌』は、そんな物語である。
 

9---"来客"より続く)

10--- "伯父の申し出"


話し終えると、伯父は父を見た。父は、殻が堅くてなかなか割れない南瓜の種をこじあけようと格闘していたせいで、伯父の視線が自身に向けられたことに、はじめは気づかなかった。しかし、テーブルに座っている人全員の視線が自身に向けられていることにそのうち気づき、格闘するのを止めて口の奥から種を取り出すと、茶碗の横にそっと置いた。

ライヒが大きなくしゃみを連発したあと、不快な音をたてながら鼻をすすったので、私は席を立ち、レジスターの脇にある売り物のポケットティッシュをライヒに差しだした。彼はそれを受け取ると、また不快な音をたてて思いきり鼻をかんだ。母はそれを来客に申し訳ないと思ったのか、ライヒのことを「この子、風邪でねえ」と伯母に言うと、伯母は愛想笑いを浮かべて何度かうなずいたが何も言いはしなかった。伯父と同様、おそらく伯母も父が何か言うのを待っていたのだろう。けれど、父は黙ったまま茎茶を一口飲んだあと下を向き、前方を見たかと思えば顔を上にあげ、右手で顎をさすった。そして、やはり黙ったままだった。

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そんな父の態度に伯父は内心困ってか、「どうですか、推薦してはくれないですかね」と再び申し入れたが、父はやはり何も答えなかった。伯父は、今度は叔父を見て「どうですか」と言ったが、叔父もまたあわてて茶を一口すすったあと「そうですね、この南瓜の種、美味しいですから、どうぞ」と言って話をそらした。伯父は、とりあえず勧められるまま南瓜の種を手にとると、今度は兄を見て「イブライヒくんも知っていると思うけれど、うちはA市にも店舗があって繁盛しているんだ。だから、思った以上に薬草もたくさん売れると思うよ」と言い、種を口に入れてもごもごさせた。それに対して兄は、「たくさん売れるのは有り難いことですけど」とそっけなく答えると、隣のテーブルに座っていた私に向かって「おい、茶がないぞ、みんなに茶を注いでくれ」と唐突に言い、やはり伯父の申し出を正面から取りあおうとはしなかった。

兄の命令をやや面倒に思いながら、私はヤカンを持ち、はじめに伯父、次に伯母とそれぞれの湯のみに茎茶を注いで回った。顎をさすっていた父は、新しく注がれた茶をまた一口すすり、ふぅぅんと鼻からやや長めにゆっくり息を吐くと、きょろきょろしている伯父に向かって「申し訳ないのだけれど、それはみんなで決めることだから」と、ゆっくりと済まなそうに言った。けれど伯父は、はりついた笑顔をぴくりとも動かさず、そんなのは想定内の返事とでもいうように、「もちろん決めるのは指導者やあなた方だが、推薦してもらうだけでいいからお願いできないだろうか、うちは繁盛しているから薬草もきっと沢山売れるはずだ」と食いさがった。すると父は、今度は間をおかずに即答した。


「あなたは妻の姉の夫で親戚だし、協力したいのは山々だが、あなたも私達と同じ宗教を信仰する者なら神の教えをよく知っているでしょう。富む者が貧しき者に与えるというのは神の教えの1つです。もし、あなたの商売がうまくいっておらず、経営に困っているというのなら、私は喜んであなたの店を推薦するかもしれない。けれど、あなたはご自身の商売が成功していることを、さきほどから何度も申している。ならば私は、あなたの店は推薦せず、商売に困っている店から、まず推薦します。薬草を売って得たお金をみんなでどのように分配するかについては、これから話し合う予定ですが、私達が商売を通して得たものは基本的には神のものですから、やはり神の教えにしたがって分配を行なうつもりです。モスクの指導者も私の友人たちもおそらく、いま私が言ったことと同じことを考えるだろうと思います。あなたはどうですか、あなたも信者ならば、そうお考えにはなりませんか」


父の言葉を聞きながら、さきほどまでぴくりともしなかった伯父の笑顔は、次第に凍りついていった。きっと母は、伯母に済まない気持ちでいっぱいだっただろうけど、父が言ったことに間違いはないと、母を含めて私達家族全員が心の内で思ったに違いなかった。

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伯父はうつむいて、「ええ、まあ」と小声で返した。凍りついた笑顔は怒っているようにも、あるいは落ちこんでいるようにも見えたが、すぐに伯父の顔はいつものはりついた笑顔を取りもどした。そして、それまで薬草の話などしていなかったかのように、最近都市で問題になっている環境汚染について話しだした。すると、おしゃべり好きの叔父夫婦がまずはその話題に身を乗りだし、兄や母、父もそのうち話の輪に加わると、それまでピンとはりつめていた店の雰囲気は、いつものゆるやかな感じを取り戻していった。

夕方の5時を過ぎても、私達家族と伯父夫婦の雑談は尽きなかった。夕方7時近くになり、叔父の運転する農業用トラクターで父や兄、ライヒ、伯父はモスクに向かい、礼拝を終えて店に戻ってきた。すると、「せっかく久しぶりに集まったのだから羊の喉肉をごちそうしたい」と伯父が言いだした。私達は急いで閉店作業を終え、それを食べにでかけた。その夜、ライヒは数え切れないほどの羊の喉肉を食べ、伯父夫婦の度肝を抜いた。しかし、喉肉を食べるライヒはとても幸せそうだったし、私達家族にそれをとがめる者は1人もいなかった。たしかに、その喉肉は最高に美味しかった。

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食事の精算はすべて伯父がもってくれた。だから、伯父はきっと父の言葉を聞いて考えを改めたのだろうと私は思ったのだが、伯父夫婦と別れ、店までの路を歩いているとき、「伯父がおごったのは推薦してもらうための作戦だろう」という叔父と兄がひそひそ話す声が聞こえてきた。父と母は並んで前方を歩いていて、父は空を見上げたり、欠伸をしたり、羊の喉肉の美味しさについて母と話したりしていた。朝の小雨は昼にはすっかり止み、まったく雲のないスッキリとした夜空が私達の頭上に広がっていた。

(11へ続く)


(編/構/校:東間 嶺@Hainu_Vele)