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さえき近影(2017.10.28)/撮影:東間 嶺

みなさん、こんにちは。新宿文藝シンジケート(SBS)という読書会をやっております、さえきかずひこです。2017年もあっという間でしたね。SBS読書会では11冊の本を取り上げましたが、これは例年同様のことです。ことしはここエン-ソフであまり記事を書きませんでした。その罪滅ぼしではありませんが、1年間自分がどんな本を読んできたのかを軽く振り返って、年末のご挨拶としたく思います。それでは最後までお付き合いのほど、よろしくお願いします!



『ハイデガー』(法政大学出版局)/リュディガー・ザフランスキー

ハイデガー―ドイツの生んだ巨匠とその時代 (叢書・ウニベルシタス)

2017年が始まり早々に読み終えたのが、ドイツの哲学史家リュディガー・ザフランスキーによる『ハイデガー』(法政大学出版局)です。この本はザフランスキーによるマルティン・ハイデガーの伝記です。全篇にわたってハイデガーへの著者の深い敬愛が伝わってくると同時に、その敬愛があるからこそ、ハイデガーのナチス党関与が厳しく追求されているのも読ませます。この本を読むと、ハンナ・アーレントとハイデガーが出会ってわずか2週間で肉体関係を結んだことが分かります。それはどうでもいいのですが。


『精神現象学』(作品社)/G.W.F.ヘーゲル

精神現象学

次にご紹介したいのは、在野の哲学者長谷川宏さんの訳による、G.W.H.ヘーゲル『精神現象学』(作品社)です。サラリーマン時代に買ったまま積ん読していたのですが、2016年に音楽批評家の近藤譲先生とこの本についてお話をする機会があって「実は50ページくらいしか読んでいません」と告白したことが思い返されます。というわけで、怠惰な自分へのリベンジというわけでもありませんが、読み通しました。ヘーゲルはプロテスタントです。最後の方までキリスト教を褒めているのですが、最後の最後で「やはり学問(哲学のこと)しかない!学問が最も偉大なのだ!!!」と叫び始めるところが楽しい一冊です。サブテキストとしては加藤尚武篇『ヘーゲル「精神現象学」入門』(講談社学術文庫)を用いました。


『終末と救済の幻想』(岩波書店)/ロバート・J・リフトン

終末と救済の幻想―オウム真理教とは何か

3冊目は、アメリカの心理学者、ロバート・J・リフトンによる『終末と救済の幻想』(岩波書店)です。オウム真理教を教祖・信者・組織などを対象として、精神医学や宗教学など該博な知見を総動員して分析しています。オウム研究書としては白眉の作と思われますが、翻訳は必ずしも良くなく後半にしたがって意味不明な文章が増え、不満が残ります。翻訳作業に様々な制約があったことは想像に難くなく、その点は残念としか言いようがないですが、オウムに関心があれば読んで損はないでしょう。


『ポル・ポト』(白水社)/フィリップ・ショート

ポル・ポト―ある悪夢の歴史

4冊目は、フィリップ・ショート『ポル・ポト』(白水社)。カンボジアの20世紀史(1930年代から1999年までが取り扱われている)を知りたい人は必読です。本文が700ページ近くの大部のため、誤脱字が散見されますが読むには支障無いかと。訳者あとがきが、原著に批判的で読ませます。クメール・ルージュの蛮行をジェノサイドと見なすかどうか問題、そしてその原因をカンボジアの国民性に求めているがそんな単純な話ではないだろうという批判、共に重要です。また、ポル・ポトが圧倒的なカリスマであったことは分かりますが、いったいどういう人物だったのか謎が深まる読後感も特筆に値します。


『破断の時代』(慶應義塾大学出版会)/エリック・ボブズボーム

破断の時代 ― 20世紀の文化と社会


5冊目は、イギリスの歴史学者・ボブズボームの遺作です。講演原稿をもとに編まれていますが、文化、藝術、政治、科学、宗教、神話に至るまでその論じる守備範囲の広さと詰め込まれた知識の密度に卒倒しそうになります。読むのは大変だけれど、すこぶる面白い本。アヴァンギャルドの話やアメリカン・カウボーイ論などページをめくる手を止まらなくさせる魅力があります。ぜひ読んでみてください!


『時間と自己』(中公新書)/木村敏

時間と自己 (中公新書 (674))

6冊目は、精神科医による著作です。読者を鮮やかに刺激する新書の理想形。統合失調、うつ、てんかんといった病理現象に見られる時間感覚の変容を通して、自己と時間という問題について考察を試みる一冊。存在論、時間論、自我論に関心がある方には面白くてたまらないでしょう。うつを患った者としては当然時間感覚の変容はあったのですが、本書で述べられている”とりかえしのつかない過去的な未来”とは違う感じがして、さらに類書―あるのかな?―を読み漁りたくなりました。


20世紀ロシア思想史――宗教・革命・言語(岩波現代全書)/桑野隆

20世紀ロシア思想史――宗教・革命・言語 (岩波現代全書)

7冊目。めちゃくちゃ面白いです。20世紀のロシア思想についての入門書。バフチン、実証主義批判、宗教哲学、フォルマリズム、アバンギャルド、構造主義、革命思想、ソビエト哲学、タルトゥ学派、精神分析などについて広く触れています。知らない思想家の名前がバンバン出てくる本にウキウキするような方にオススメします。ぼくはこの本の中で知った、シニャフスキーの『ソヴィエト文明の基礎』(みすず書房)を読んでみました。


『ブラックアース上・下』(慶應義塾大学出版会)/ティモシー・スナイダー

ブラックアース(上) ―― ホロコーストの歴史と警告

8冊目。読後感は空前絶後の重さ。ドイツによるホロコーストはリトアニアから始まったのですが、本書で示されるのはドイツとソ連に挟撃され消滅したポーランドとそこで行われるユダヤ人殺戮の模様です。ソ連占領地域がドイツに再占領されると、生き延びるためにソ連に協力していた地元の者はドイツに寝返って、ユダヤ人を殺しました。 ヨーロッパに広く浸透する反ユダヤ主義の思想を背景に、それを陰謀論的国家政策に用いたドイツとソ連という帝国が象徴する、人類の永遠に赦されない罪深さが描かれています。著者はイェール大学教授で中東欧史とホロコーストの専門家です。


『ソヴィエト文明の基礎』(みすず書房)/アンドレイ・シニャフスキー

ソヴィエト文明の基礎

桑野隆『20世紀ロシア思想史』で紹介されていた一冊。「ロシアって何なの?っていうかソヴィエトってどんな国だったの?そして、いまのロシア連邦は?」そんな疑問を抱いて過ごしている方には本文が400ページありますが、ぜひ読んでもらいたいです。文学批評家である著者は"ソヴィエトは宗教国家である"という視座から、ロシアの歴史と文化の特性に文学作品の読み解きを通して、深く鋭く迫ります。めっぽう興味深い一冊です。


『ベンヤミン』(清水書院)/村上隆夫



素晴らしいベンヤミンの入門書。その生涯を通してメランコリーに浸されたまま、ヨーロッパ・ブルジョアの滅亡を象徴し、若くしてスペインで死んだベンヤミンの、救済と陶酔への憧憬が十二分に詰まっている。彼の人生と批評について、的確かつ簡潔な素描が行われている一冊です。この本を今年の最後に読んでとても感銘を受けたので、2018年はベンヤミンの著書などを通して、ドイツ・ロマン主義の思想について、また批評そのものへの知恵を深めていきたいと思います。

ここまで長々とお付き合い頂きありがとうございました!来る新年も、より良い読書ライフを送ってまいりましょう!!それでは、良いお年を。



(編/構/校:東間 嶺@Hainu_Vele)