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2016年の8月にこのエントリで、作家志望卒業宣言をした。今回はその後について書いてみたい。

 小説家になることをあきらめる少し前まで、小説を書いていた。2016年9月になって新人賞の予選落ちが判明すると、その9月月末にある別の賞の締め切りに向けて、途中まで書いていた小説を急いで完成させて応募した。
 結果は思うようにはならなかった。その小説とは、自分の体験・境遇をベースに、あり得たかも知れないもうひとつの自分を想定して、虚実ない交ぜに書いた、未来についての私小説、「未来型私小説」とでも名づけたいものであり、読んでもらった友人の中には絶賛してくれた人もいたが、まあともかく新人賞では評価されなかったものだ。
2017年11月23日の文学フリマ東京で、その短編小説を文庫本に製本したので、そこで売ることにした。



"アイドル×作家志望×ガチ恋×メンタルヘルス×青春の終わり×障害者雇用×未来型私小説。ありえなかった過去と未来、あり得たかもしれないもうひとつの自分。作家になることをあきらめ、自らの青春にピリオドを打つ。もう一度、生まれ変わるために、夢を終わらせる「最後の小説」が書かれました。"

2017年11月23日 文学フリマ東京(東京流通センター第二展示場)
B-44:「働くメンヘラ」 https://c.bunfree.net/c/tokyo25/1F/B/44



 嘘まじりの私小説ではあるが、書いてある「気持ち」はほぼ100%本当のものだ。内容はアイドル好きな中年の作家志望が、小説家になることを諦めるまでのストーリーであり、またなぜ小説家を目指すことを諦められないかを述べたものでもある。作中で主人公は、夢をあきらめ、何者でもない自分を受け入れるのであるが、この小説を完成させてから約一年間、小説活動を何もしてこなかった自分が、最近、またそれでも小説を書きたいと思うようになってきて、現実の自分は何者でもない己をやっぱり受け入れられなかったわけで、作中の自分と実際の自分には大きな齟齬もある。

 作家志望をあきらめたなら、楽になれるかもしれない。去年の夏はそう思っていたところがあった。けれど、小説を書くのを止めたからといって、毎日の生活のQOLが上がるわけでもなく、それでも書店に行って色々な本をぱらぱらと眺めては、どういう物を書けば、面白い作品が作れるのだろうと、作家志望卒業宣言のあとの一年間もずっとそんなことを考えていた。もう自分は40歳も近く、良い齢である。しかし、何か一作、たった一作でいいから、傑作と呼ばれるような物を作りたい。書きたいのだ。小説を書き上げたなら、また新人賞に応募すると思うが、作家に何としてもなりたいという気持ちも強いが、それ以上に面白い物を作ってみたいという思いのほうが自分にとっては大きい。全部得たいと思う。しかしひとつだけしか選べないのであれば、ただ一作の傑作を書く才能とチャンスを得たい。

 そういう思いの丈をぶつけたのが、今回文学フリマで売る小説である。作家志望をあきらめることの逡巡と、それからの希望について。新人小説家発掘のイベントである文芸新人賞で、作家志望をあきらめるまでの道程を書いて応募しても、上手くいかないのは当然なのかもしれない。でも、面白く書けた面もあるのではないかと思っているところもある。個人で出店するのは二回目の文学フリマではあるが、暫定的にしろ今の自分の精一杯を込めた作品であるので、ぜひ読んでもらいたいです(※あと、文学フリマ当日、角川短歌賞に応募した短歌の連作(50首)も、プリントして配布いたします。小説本をご購入の方にセットで差し上げます)

以下、ちょっとした宣伝動画と小説の立ち読みを貼っておきます。



画質は1080pを推奨


立ち読み---西山保長『世界線』

 鈴代華子は十七歳である。
 十七歳の女は結婚可能である。
 すなわち俺は鈴代華子と結婚する。
   
 安永透は三段論法を信じていた。この三段論法における前提二条件に間違いはない。ならば結論は真である。もし論理に飛躍があるのだとしたら、それは愛だ。論理的に間違っていなければ、俺は鈴代華子と結婚するし、飛躍があるのだとしても、愛の力で結婚する。どのみち、三段論法に従って、俺は鈴代華子と結婚するのである。この絶対的真実に俺は気付いてしまったのだ。哀れだと思う。同じCDを何十枚と買って、鈴代華子と二十秒間の会話をし、個別チェキにサインを入れてもらっている、アイドルとの結婚を夢みている俺以外の彼女のファンがとても哀れで可哀想だ。端的に俺はお前らとは違うんだ。確かにちょっと太っているし、服には金を掛けていないし、アクセサリーも身につけてない、つまり、見た目はいまいちで、非正規雇用の俺にはお金がないから、あまりぶっ込めていないのは事実だけど、俺は論理的にいって鈴代華子と結婚するのである。論理の力は誰も否定できない。透は財布の中身を確認した。集合チェキを二回撮るため、CDを十四枚も買ったから、もうすっからかんだ。給料日まで昼飯を抜くかなあ。でも、論理は俺に愛を導くんだ。透の青春は三十八歳になっても、いまだ続いている。

 透は鈴代華子と出会った時のことを思い浮かべた。俺と鈴代華子との出逢い。都内で開催されたビール祭りのステージに彼女はいたのだ。待ち合わせ時刻になっても、友人は来ず、携帯端末からメッセージを送っても反応がないので、仕方なく俺はひとりでビール祭りの会場へ向かった。イベントホールの一番奥にはステージが設けられていて、テレビにはほとんど出てこないアイドル・グループらがなぜかそのステージ上で歌い踊っていた。所在なしに俺はステージに近づき、アイドルにかぶりつく人混みのいちばん端から、彼女たちを観賞した。最初に歌っていたのは八人組で、その時はファンたちの奇怪な応援の仕方を面白がって観察していたが、彼女らがはけて、ステージの裏手から別の女の子たちの掛け声があがると、たちまち五人のアイドルたちがステージに展開し、歌は始まったのだ。青空リスペリドン。その存在を今まで知らなかった俺はすぐに手許の携帯端末で検索した。二年前に結成されたアイドル・グループ。……(続く)




(動画作成、編集、校正/東間 嶺@Hainu_Vele)