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---『回花歌』梗概---
舞台は2000年代、とある大陸の西方にある街。"私"と家族は牛肉麺屋を営んでいる。街は、かつて核実験が行なわれていた土地のすぐ近くにあり、その影響を暗に示すような出来事が、家族の周囲ではいろいろと起きている。しかし、"私"と家族を含め、街の人々は核や原子力に対する正しい知識や情報を持たず、故に恐れを抱くこともない。彼らは宗教と自身の信仰心を大事にし、家族や親族、友達を大事にして生きている。「何かがおかしい」と感じられるような状況下でも、人々の生活は変わらずに続いてゆく。『回花歌』は、そんな物語である。
 

7---"女性の生き方"より続く)

8--- "きのこ雲"


店に戻ると家族や叔父夫婦のほかに客人もいて、新種の薬草の話で盛り上がっていた。彼らは、今回協力して薬草を摘みに行く牛肉麺屋や肉屋の人たちらしかった。テーブルの上や周りには、食べた後に残された、西瓜や向日葵の種殻が散乱していた。私は翌朝、それらを綺麗に掃除しなければならないことを、ひどく面倒に思った。

なんとなく喉が渇き、私はヤカンから茎茶を湯のみに注いで、一気に飲み干した。店を見渡すと、みんなが座っているテーブルから少し離れたところに、ライヒが小さく座っていた。話の輪に加わるわけでもなく、みんなの話も聞いているのかいないのか、とにかくぼんやりとしていた。私は彼の隣に座り、小さなため息をついた。

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ライヒが、今日のモスクでの授業について尋ねてきたので、うしろポケットに押し込んだ小説のコピーを開いて見せた。けれども彼は、自分から尋ねてきたわりには、その小説には興味を示さなかった。それどころか、侵入禁止地帯の丘の向こうで昨夜上がったらしい、きのこ雲の話をはじめた。

「きのこ雲、見たことある?」と聞いてきたので、「とても遠くからだけど、一度だけ見たことがある」と答えると、ライヒは「僕はまだ無いけれど、きのこのようなおかしな雲の形をしているんだろう。それにしても、どうしてそんな形の雲ができるんだろうね。それに、雲というものはもともと空に浮いているんじゃないの?」とやや興奮ぎみに早口で語った。

ライヒの疑問はもっともだったけれど、その雲については私もよく知らなかったので何も答えることはできず、ただ黙っていた。困った私の様子にかまうこともなく、ライヒは「丘の向こうには新種の薬草だけじゃなく、新種のきのこも生えているんじゃないかと思うんだ。つまり、そのきのこが生えてくるときに雲が出来るんじゃないだろうか。それについてはどう思う?」と続けて尋ねてきた。

それを聞いた私は、突然目が覚めたように驚いた。そして、「ライヒもやっぱりそう思うの?」と聞き返した。というのは、私も常々、あのきのこ雲は形からして、多分きのこに関係があるのではないかと考えていたのである。

Mushrooms!

中学生のころ、きのこ雲が現れた翌日は、それが必ずクラスの話題の中心となり、あの雲は一体なぜ、どこからどのように現れるのかという議論が巻き起こった。それぞれに意見は食い違い、或る者は地下に生息する巨大生物が吐く息だろうと言い、或る者は土地が砂漠化する過程で出る粉塵のようなものだとうと言い、また、或る者はきのこの形のように見えて実は何かの神様なのだろうと言った。きのこ雲を実際に見たことは、私の自慢でもあった。しかし、「あの雲は、きのこから出てくる雲なのではないか」という私の意見を、同級生たちは「単純すぎる」として、誰も取り合わなかった。とはいえ、どの意見が真実であるかは誰にもわからず、いつも議論は議論のままに終わった。

「きっとそうだよ、新しいきのこがたくさん生えて、雲はそこから出てくるに違いない」

私はライヒに力強く言い、ふと思い出した2年前の出来事を、私はライヒに話してあげた。


前に新聞記者と名乗る人が、侵入禁止地帯のことを、うちの父さんにいろいろ質問しに来たことがあったの。私も知らなかったんだけど、あの地帯では昔、他の民族が遊牧をしながら生活していたんだって。でも、きのこ雲が現れるようになった20年ほど前から、丘のずっと向こうに砂漠が広がり、どういうわけか羊やヤクもたくさん死んで、遊牧ができなくなったらしいの。だから、その民族もどこか他の土地に移動してしまったそうよ。それでね、ここからがよく聞いてほしいんだけど、新聞記者が父さんに、きのこ雲について尋ねたの。その雲は一体なんなんだって。そうしたら、父さんは、「よくわからないけれど、とにかくきのこのような形をした黒い雲なんだ。もしかしたら、侵入禁止地帯には雲を生み出すきのこが、たくさん生えているんじゃないか」って、そう話していたの。


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ライヒは私の目をまっすぐに見て、「それは間違いない。あの地帯にはきのこが生えているよ。土曜日に行ったら確かめてくる」と言いながら力強くうなずいた。そして、ラマダン明けに駱駝の肉を食べる話で盛り上がっている話が耳に入ったせいか、「僕は駱駝を食べたことがないから、とても楽しみだ」とも言って笑った。私も食べたことがなかったので、「そうだね」と一緒にうなずいた。

そのあと私は、新種のきのこの味についてや、それを駱駝の肉と炒めたら美味しいのではないかということを、ライヒと話していたはずなのだが、どこからか記憶は途切れ、いつのまにか眠ってしまった。

母が私を起こしたときには、もう店内には誰もおらず、にぎやかな声はシンとした静けさに変わっていた。テーブルを見ると、周りに散乱していたはずの西瓜や向日葵の種殻はすっかり綺麗にされていて、私は母屋に戻り、安心して布団のなかで眠りについた。


(9へ続く)

(編/構/校:東間 嶺@Hainu_Vele)