『SARAJEVO NOW/さらえぼNOW』より続く
ローカルの「麺」が無い?
■ ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボに滞在して2日目、「おかしいな」と思い始めた。そういえば、レストランや食堂で『麺』を使った地元の料理を全く見ない。パスタの店はある。試しにアラビアータを注文して食べた。しかし、日本のそれと変わったところのないアラビアータだった。イタリア料理の域を出たものではなかった。
■ 私が「ボスニアにも当然『麺』料理はあるだろう」と考えたのには、次の理由がある。
- 「麺」はシルクロードを伝って普及したはずだ。
- シルクロードは中国の西安とローマを結ぶ貿易路。バルカン半島もシルクロードと無関係ではないだろう。
- ボスニアはオスマントルコに支配されていた歴史がある(15C後半-19C後半)。その時代に東方の「麺」文化が流入した可能性があるのではないか。
■ ということから、中国の牛肉麺や中央アジアのラグマンのような料理が、当然ボスニアにあるだろうと考えた。また、ボスニアにはイスラム教徒が多い。そのため、『麺』を使ったハラ-ル料理が食べられるのではないかとワクワクしていた。しかし、実際に私が行った食堂では見なかったし、いくつか路上に置かれていた食堂のメニュー表の中にも、ローカルの『麺』料理を見つけることはできなかった。
■ 一方、パンやケバブ、『Burek(地元のミートパイ)』などの小麦粉食品を扱う店や食堂は、たくさんあった。メニューには、スープ、煮込み料理、サラダもあった。なのに『麺』はない。強いていえば、メトロポリスというカフェのメニューにパッタイや牛肉のローメンを見つけたくらいだ。しかし、私はそれらを食べなかった。やはり、ローカルの『麺』料理を食べることにこだわりたかったのである。
■ もしかすると、それは家庭でのみ食べられているのかもしれない。また、現在は廃れてしまったが、過去には食べられていたのかもしれない。いずれにせよ、今回のボスニア旅行中、結局私はローカルの『麺』料理を見つけることができなかった。
本文中で言う「麺」とは?
■ お気づきかと思うが、本文中で私は、麺ではなくカッコ付きの『麺』と表記している。その理由について説明しよう。
■ 日本の麺は、基本的に小麦粉や蕎麦粉を水や灌水でこね、紐状に細長く成形し、ゆでた食品を指す。例えば、蕎麦やラーメン、うどん、冷麦などがそれに当たる。しかし、例えば中国の麺---中国での表記は『面(mian)』は、それ自体で小麦粉を含めた穀物粉全般を指し、日本の麺にあたるものは『面条(miantiao)』という。時に、麦粉を『面粉(mianfen)』ということもあるが、中国人が『面』といえば『小麦粉』、『面条』といえば『麺』を意味するのが普通である。韓国でも朝鮮王朝時代は、小麦粉のほか穀物や豆など植物を原料とする粉を麺と呼び、また、粉をこねてゆでた食品も麺と呼んだという(注1)
■ 日本の麺は、基本的に小麦粉や蕎麦粉を水や灌水でこね、紐状に細長く成形し、ゆでた食品を指す。例えば、蕎麦やラーメン、うどん、冷麦などがそれに当たる。しかし、例えば中国の麺---中国での表記は『面(mian)』は、それ自体で小麦粉を含めた穀物粉全般を指し、日本の麺にあたるものは『面条(miantiao)』という。時に、麦粉を『面粉(mianfen)』ということもあるが、中国人が『面』といえば『小麦粉』、『面条』といえば『麺』を意味するのが普通である。韓国でも朝鮮王朝時代は、小麦粉のほか穀物や豆など植物を原料とする粉を麺と呼び、また、粉をこねてゆでた食品も麺と呼んだという(注1)
■ このように、麺の意味にはそれぞれ地域性がある。また、アジアやユーラシア各国に広く浸透している食品である。もし、ここで私が詳しい説明抜きに麺とだけ記述したら、それは一体どこの麺かわからない。中国の麺か?タイの麺か?マレーシアの麺か?そして、その麺は粉を指すのか、製品を指すのか?頭が混乱してしまう。そうした混乱を避けるため、本文中における麺の意味範囲を定めようと考えた。すなわち、『麺』という表記を使用し、意味は日本語として用いられる麺と同義とする。
シルクロード≠「麺」ロード?
■ 小難しい話は終わらせて、本題へ戻ろう。ボスニアと『麺』料理の話であった。私は、「『麺』はシルクロードを伝って普及したはずだ」と前述した。しかし、その説は本当か?私の勝手な思い込みではないのか?そして、「シルクロード≠『麺』ロードなのではないか?」と考え始めた。そのきっかけは、次の2つの文献を読んだことによる。ここで、それらの文献を紹介しよう。
■ まず、【麺の文化史】(注2)をとりあげたい。本書で石毛は『ミッシングリンク』(注3)の存在を指摘する。『ミッシングリンク』とは、西アジアからイタリアまでの「いわば麺の研究の空白地帯」(注4)のことである。また、この地域の麺文化を明らかにすることにより「東西の麺文化のチェーンが一本のものとしてつながるかもしれない」(注5)と推測する。ここには、麺文化のチェーンが、東西を結ぶシルクロードのように存在するだろうという石毛の期待が伺える。しかし、実際は『ミッシングリンク』が存在し、シルクロードのようにはつながっているかは不明である。ちなみに本書では、小麦粉食品のなかでも「線状の食品、すなわち麺に話題を集中するつもりである」(注6)と述べられている。
■ 次に、【ヌードルの文化史】(注7)をとりあげよう。ナイハードは「メソポタミアの小麦は、中央アジアを通って中国や韓国、日本など東方に伝わるとともに、西方のヨーロッパへも同じころに伝播した、というのが現在の定説だ」(注8)と述べる一方、麺については「小麦の後を追って世界に広まっていったという説には異論がある」(注9)としている。また、「ヌードル製法が小麦の後を追ってメソポタミアから東西に伝わったという証拠はない」(注10)と述べる。つまり、小麦と麺の普及した過程は必ずしも一致しないし、その証拠もないということである。ただ、小麦粉生地で具を包んだ料理については、ペルシャ語に語源学的なヒントを得て「八世紀以前にペルシャ語圏から東方に伝わったと推定できそうだ」(注11)としている。
■ これらを読むと、「シルクロードを伝って『麺』が普及した」という説が、一気に疑わしくなる。この説には確証がない。しかし、『麺』という狭い枠組みをはずし、小麦粉や小麦粉食品という大きな枠組みで考えると、「シルクロード=小麦粉および小麦粉食品が普及するのに貢献した道」ということは、確かに言えそうである。
Embed from Getty Images
■ とくに、ナイハードの考察にもあった、小麦粉生地で具を包んだ料理はユーラシア大陸に広く分布する。中国の餃子、韓国のマンドゥ、モンゴルの包子、チベットのモモ、中央アジアから中東にかけて存在するマンティ、ロシアのペリメニ、イタリアのラビオリ、ドイツのマウルタッシュなどなど。
■ もしかすると、サラエボの『Burek』もそれらに含まれるだろう。『Burek』はパイ生地で挽肉や玉ねぎを包み、細長くしたものを輪のようにグルグル巻きにして鉄板で焼いたものである(細長いままを鉄板で焼いたものもある)。やはり、これも小麦粉生地で具を包んだ料理の1つである。(下掲写真参照)
■ 以上、サラエボにおけるローカル『麺』料理の問題を契機として、わずかな文献をもとに、シルクロードと『麺』料理普及の関係を考えてみた。そして、本レポートでは、小麦とともにシルクロードを伝って普及した小麦粉食品は『麺』料理ではなく、小麦粉生地で具を包んだ料理ではなかったかと推測した。
■ 考えてみれば、『麺』は作るのに手間がかかるし面倒な形状をしている。餃子やモモの方が作り方はずっと簡単だ。しかし現に、ある国や地域に『麺』料理は浸透し発展している。どうやら、シルクロードとは異なる『麺』ロードが、そこにはありそうである。ならば、その『麺』ロードとは何を背景に広がっていったものなのだろうか。最後に、その問題について少し推測してみたい。
「麺」ロードとは?
■ 石毛の指摘によると、『麺』料理は「中国に起源し西方はカスピ海」(注12)に及ぶ国や地域に浸透している。また、日本や韓国など、中国の影響を強く受けている国、さらに華僑が多く居住している東南アジア各国にも浸透している。それらの特徴を大きくまとめると、次のようになる。
- 中国からカザフスタン、トルクメニスタンまでの国・地域
- 中国の影響を強く受けた国・地域
- 華僑が多くいる国・地域
■ つまりは、中国や中国人と関わりが強い国・地域ということになる。また、非常に興味深いのは、『麺』料理が浸透している国・地域には『麺』に関する俗信(迷信)のようなものが存在するということだ。それは、『麺』が細長い食品であることから、長生き(長寿)を連想するものである。ここで、各国の俗信を紹介しよう。インターネット上でも、多く散見される。
■ 例えば、中国では、誕生日に麺を食べる習慣があるが、この麺を『長寿麺』というそうである(13)。また、客家系チャイニーズマレーシアンは、誕生日に『チャンソォーミー』呼ばれる長寿麺を食べる(14)。ウイグル人の居住地域には、「あなたが長生きしますように!」という意味で誕生日にラグマンをふるまう習慣がある(15)。さらに、韓国では、満1歳のお祝いに、テーブルに並べたものから子供が何を選ぶかで将来を占う『トルチャビ』を行なうが、そこで『麺』を選べば長生きすると言われている(16)。日本でも、年越し蕎麦を食べる意味のなかには「健康長寿の願い」が含まれている(17)。
■ これはあくまでも推測なのだが、もしかしたら、中国起源の『麺』料理が伝来した国や地域は、もともと「長寿文化圏=長生きを特別重視する文化圏」だったのではないか。つまり、もともとその国や地域にあった長寿をとくに重んじる文化を下地として、『麺』と長寿を関係させた俗信、および『麺』料理が生活の中に浸透していったのではないだろうか
■ ちなみに、パスタ発祥の地とされるイタリアに、こうした長寿を重んじる習慣があるか探してみたが、文献やインターネット上で見つけることはできなかった。また、還暦や古希、傘寿、米寿など、節目ごとに長寿を祝う習慣もないようである。ということは、イタリアは『長寿文化圏』ではないし、中国を起源とする『麺』ロードには含まれないと考えられる。つまり、イタリアのパスタと中国に起源する麺とのあいだには、関連性がないのではないかという仮説が生まれる。
■ サラエボでローカルの『麺』料理を見なかったことから、このような推測にまで考えが広がってしまった。そして、いろいろと「麺」について考えることにより、私自身、一体何をしにボスニアに行ったのか、ますますよくわからなくなるのである。
(了)
註釈一覧
- 石毛直道『麺の文化史』講談社、2006年、161-162頁
- 同書
- 同書、353頁
- 同書、353頁
- 同書、353頁
- 同書、16頁
- ナイハード『ヌードルの文化史』柏書房、2011年
- 同書、276頁
- 同書、276頁
- 同書、277頁
- 同書、278頁
- 石毛直道、前掲書、353頁
- https://kanrekiiwai.biz/blog/2329
- http://tonyjsp.com/food/yatai/menu-20.html
- http://home.m01.itscom.net/shimizu/yultuz/uighur/culture/food/lengmen.htm
- http://blog.goo.ne.jp/dalpaengi/e/df46b9d932dd37610cb413e1242cbced
- http://shittoku.xyz/archives/8433.html
(編/構/校:東間嶺@Hainu_Vele)