---『回花歌』梗概---
舞台は2000年代、とある大陸の西方にある街。"私"と家族は牛肉麺屋を営んでいる。街は、かつて核実験が行なわれていた土地のすぐ近くにあり、その影響を暗に示すような出来事が、家族の周囲ではいろいろと起きている。しかし、"私"と家族を含め、街の人々は核や原子力に対する正しい知識や情報を持たず、故に恐れを抱くこともない。彼らは宗教と自身の信仰心を大事にし、家族や親族、友達を大事にして生きている。「何かがおかしい」と感じられるような状況下でも、人々の生活は変わらずに続いてゆく。『回花歌』は、そんな物語である。
 

2---噂より続く)

3--- "薬草"


 午前11時ころから再び客が増え、午後1時半ころまで客足が途絶えることはなかった。昼はバスターミナルの利用客にくわえ、店の裏手にある中学校の生徒や県政府の役人が大勢来店する。4人がけのテーブルは朝と同じように満席の状態となり、壁に背をもたれながら立ち食いをする客の姿が目立ちはじめる。私達家族は、普段よりも幾分早口で客に注文を尋ね、全力で牛肉麺を作り、客が食べ終わると同時にお碗を下げ、テーブルの上を片づけ、少しでも店の回転を速くすることに力を尽くした。

 毎日午後2時少し前になると、2軒先で食品雑貨店を営む叔父夫婦が来ることになっていた。父と兄、ライヒは、叔父が運転する農業用トラクターの荷台に乗りこみ、午後2時に始まる礼拝のため街の中心部にあるモスクへ向かう。残された母と叔母、私の3人は、牛肉麺を食べに来る客のために店を切り盛りしながら、午後2時になると厨房の隅でモスクの方角に向かってひざまずき、礼拝を行うのであった。



 父たちが店に戻ると、昼食はどうするかと母が尋ねた。朝のメニューは牛肉麺と決まっているが、昼はその日によって異なる。母が尋ねたときに返される父の答えが昼のメニューとなることが多かった。父は「炒麺」と答えた。

 兄はこしのある、やや太い麺を7人分こしらえ、湯のはられた大きな鍋にそれらを放り入れた。厨房の奥にある大きなまな板の上では、ライヒが大蒜と生姜それぞれ一片をみじん切りにしたあと、大蒜の芽と玉ネギ、白瓜を、適当な大きさにすばやく切り、ガスコンロの上に中華鍋を用意した。そうして、冷蔵庫から細切りの冷凍羊肉を取りだし、熱した中華鍋で大蒜と生姜のみじん切りを炒めたあと、凍ったまま羊肉も一緒に入れて炒めた。羊肉の色が変わったら、切った野菜もそこに入れ、一緒に炒めはじめた。すると、厨房の外にいた父や叔父、叔母、私のところにまで良い香りがとどいた。そのとき話していたのは、新種の薬草についてであったが、みんなの意識は完全に漂ってきた香りに持っていかれた。そして、なんとなく話の輪は解散となり、お茶と箸を用意し、炒麺が出来上がったら、すぐにそれを口に運べるよう、めいめいが昼食の準備をはじめた。

 ゆであがった麺を母は一度お碗に上げ、その半分をライヒが炒めている中華鍋の中に入れた。ライヒの隣では、もう1つのガスコンロを使って同じように兄が羊肉と野菜を炒めており、母は残り半分の麺をそちらに入れた。ジャジャジャジャジャという音と羊肉、野菜の焼ける良い香りが店内に充満し、豆板醤と胡麻油が入ることによって、その音と香りはより激しさを増しながら店中に拡がった。
 


 カウンター上に用意した7枚の皿に、出来上がった炒麺が盛りつけられた。私と叔母はそれらをかわるがわるテーブルまで運んだ。父は出入口の戸を閉めると、そこから最も遠い、テーブルの上座に座り、叔父と叔母は隣同士、兄と母はそれぞれ叔父と叔母の向かいに座った。私とライヒは父の向かい、つまり下座だが、そこは本来ならば1人が座る分のスペースしかなかった。しかし、簡易椅子をふたつ置いて、窮屈ながら2人並んで座った。朝と同じように父は神への感謝を述べ、それを聞きながら私達は今日の無事を祈った。そして、めいめいが箸を持ち、熱々の炒麺を口に運んだ。一口食べるたびに胡麻油や大蒜、生姜の良い香りが鼻腔を抜けていった。

 今日はトマトを入れなかったのかと叔母が聞くと、最近トマトが値上がりしたと兄が答えた。フミラフさんのところはまだ安いでしょうと母が言うと、先週に比べて随分値上がりしたことを今度はライヒが答えた。白菜が安く出まわる季節になれば、早々にたくさん買い付けて、漬けておくのが良いだろうと父は言った。兄が炒麺を口に入れたまま、ハフハフと熱そうに、国の経済は良くなっているようだが僕たちの生活は本当に良くなっているのかなとぼやくと、うちの牛肉麺もそろそろ値上げしたほうが良いのかねと母が言った。うーんと言いながら、父は考えこむそぶりを見せた。ライヒはすでに食べ終えて空になった皿をぼんやりと見つめながら、食後のお茶をすすっていた。



 食後はすぐに解散とはならず、新種の薬草の話でもちきりとなった。叔父が上着のポケットから見たことのない薬草を取りだし、全員によく見えるようテーブルの真ん中に置いた。それは土中に埋まっていたせいか黒く、繊維がくっきりと見えるほど乾燥していた。通常の薬草の3倍ほどの大きさがあり、茎のところどころに、ぼこぼこと芽のようなものができていた。モスクに礼拝に来ていた肉屋の店主が、侵入禁止地帯で摘んだものを譲ってくれたのだと言う。聞けば、侵入禁止地帯には最近、新種の薬草がたくさん芽を出しているそうだ。最初、白い花が一面に咲き、その後、馬鈴薯ができるように茎にぼこぼこと芽吹くとのことだった。しかし、摘む者がいないため生え放題になっているらしかった。

 侵入禁止地帯は、奥に進めばむほど、ゆるやかな上り坂が続き、全体として小高い草原の丘をなしているのだが、とりわけ丘をのぼったずっと向こうに続く草原の一帯に、新種の薬草は生えているのだという。それにしても、通常の薬草とは形も大きさも異なる薬草が、どうして生えてきたのかと不思議に思った。そんなこと考えもしないのだろう、叔父は、今週末、肉屋の店主と薬草を摘みに行くつもりだと言った。

Some Chinese herbs

 すると叔母が、「あそこに入って何人が警察に捕まったか知らないわけじゃないでしょ」と猛烈な勢いで咎め、父もまた、行くことには賛成しないと叔父に向かって静かに言った。さらに叔母は、叔父に対して様々な文句を言い放った。しかし、新種の薬草は通常の2倍の値がつくと聞いた途端、叔母はコロリと態度を変え、警察などはきっと来ないから摘みに行くべきよと言いはじめた。兄もまた不安げな表情を一変させて、自分も一緒に行きたいと叔父に進言し、一緒に行こうとライヒにも声をかけた。父は、何も言わず茎茶をすすり、何か考えているようではあったが、もしかすると何も考えてはいないのかもしれなかった。

 叔父と叔母が帰ったあと、私達は食器を洗い、厨房や店のテーブルを綺麗に片づけた。それが終わると、夕方まで休憩だった。午後3時から午後5時頃までは、1日のうちで一番客が少ない時間帯で、出入口を閉めておけば来客はほとんどなかった。なにせ街の牛肉麺屋は私達家族の店のほか10軒は下らないのだから、閉めておいても客が困るということはなかった。父はいつのまにかどこかに出かけ、母も買い物に出たきりしばらく戻っては来なかった。私は厨房に最も近いテーブルに突っ伏し、うとうとしていた。厨房からは、兄がライヒに麺打ちを教える声や、タァンタァンと生地が板に打ちつけられる音がしたが、いつの間にかすべての音が遠くなり、やがて聞こえなくなった。

(4へ続く)


(編/構/校:東間 嶺@Hainu_Vele)