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改良型牛肉麺(調理、撮影、東間嶺。以下キャプチャ以外すべて同じ)

小説と牛肉麺


■ 一ヶ月ほど前から、ここエン-ソフ上にて《回花歌》という小説の連載がはじまっている。上原周子さんという、北海道で文化人類学の研究をやっている人が書いていて、二十回ほど続く予定の作品は、いまのところ二回目までが掲載されている。

■ 【とある大陸の西方に位置する街】を舞台にするその物語は、《牛肉麺屋》を営む人々を中心に展開する。《牛肉麺》とは何か?牛と、肉と、麺。漢字が読める人間なら、伝聞でもそれがどういうものであるかは想像できるだろうし、実際、想像(するだろう)通りのものだ。Googleで画像検索すると、下のような図が出て来る。


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■ みて分かる通り、《牛肉麺》は中国や台湾で広く食べられている麺料理…要するに〔ラーメン〕である。甘粛省の省都を名に冠した蘭州拉麺(兰州拉面)という通称が一般には知られているが、そもそもは隣省の青海省に居住する回族の料理だという。

■ 回族は中国政府が認める国内少数民族の一つであり、Wikipediaを使うと、その特徴をとりあえず以下のようにまとめることができる。


中国最大のムスリム(イスラム教徒)民族集団である/言語・形質等は漢民族(漢族)と同じ/中国全土に広く散らばって住んでおり、人口は2000年の時点で約980万人/中国に住むムスリム人口のおよそ半数を占める 。
 

■ 中国国内のムスリムと聞けば、大方の日本人はウイグル自治区でのテロ報道ばかり思い浮かべるだろうが、ストックフォトサービス大手のGetty Imagesなどで検索可能なモスクや都市の姿からは、漢民族とは異なる生活様式が確立された中で、平穏なムスリムの日常が維持されていることを確認できる。



■ 《牛肉麺》は文化の混交する場所で生まれたファストフード/日常食であり、《回花歌》の物語に生きる人々も、神への感謝を捧げながら日夜麺を打ち、茹で、それを食べ続けている。


実際に作って、食べてみること


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シチュー用のモモ肉(USA産)を使ったバーション。青菜は小松菜。塊の場合は肉も多めに。


およそ1㎝角のサイコロ状に切った牛肉を茹でたもの、細かく刻んだ葱、牛尾のスープ、麺の生地。牛肉麺屋を営む私達家族が開店前に用意するのは、その4つである。(…)麺ができると、兄は、大きな鍋に沸かした湯の中にそれを放り入れ、菜箸で軽くかきまわしながら、ゆであがりを見はからってお碗に上げ、熱々の牛尾のスープを注ぐ。そして母が、その上に刻み葱とサイコロ状の牛肉をのせ、さらにその上からたっぷりのラー油をふりかければ出来上がりである。回花歌---1 より
 


■ 《回花歌》では、《牛肉麺》の作り方について、上のように記されている。簡潔だけれど映像的で、完成したものの味も容易に想像できる。上原さんから最初に原稿のテキストを送ってもらってすぐ、わたしはそれを作ろうと思って、翌日以降、何度か実際に作ってみた。エントリ冒頭の写真などが、実作した《牛肉麺》だ。

■ 作った、とは書いたが、実作の段階では家庭用にいろいろと調整(手抜き)をほどこした。「明日、食べたい」となったら【牛尾のスープ】を一から仕込む手間なんてものはかけられないし、塊の牛肉を買うのも、質を求めればコストが気になってくる。どこまで簡素に、けれども、あくまで美味しくあることを損なわないこと。ウェブを検索すれば、日中の有志による、そうした点も考慮されたレシピを色々と見つけることはできるだろうが、今回は自分だけでアレンジの方法を考えてみた(分量や具体的な手順は末尾に)。

■ 【牛尾のスープ】のベースとなるダシは、牛なら良いだろうということでインスタントの韓国製ダシダを使い、そこに塩、酒、みりん、おろしニンニク、白だしなどを、塩系のスープとしてちょうどよい塩梅になるまで調整しながら加えてゆく。

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■ 【およそ1㎝角のサイコロ状に切った牛肉を茹でたもの】は、ひき肉、切り落とし、あるいはカレー用の安い角切りモモ肉を使う。塩、コショウ、醤油、日本酒(or紹興酒)で下味をし、ネギ、生姜と強火で炒めた上から酒とダシの一部を注ぎ、十分ほど煮込むことでスープを完成させる。

■ 店での場合、注文を受けてから仕上げられる手打ち麺の代用には、中華麺の生、乾、あとはうどん類として素麺をそれぞれ試してみた。台湾では中華麺ではなく、うどんに分類される麺が主流のようだが、彼の地で好まれるスープは紅焼風といって、醤油や豆板醤ベースの辛く濃いものであることに理由があるのだろう。塩系の場合はかん水が入ったものの方が麺との馴染みも、喉のすべりもよいと思う。特に、素麺は予想以上にあう。

※ 同じ牛肉麺でも、台湾は殆どが紅焼牛肉(=醤油や豆板醤ベースのスープで、肉はスジを大きめに切り分けて煮込む)が殆どのようなのだけれど、青海省周辺ではスープも違えば、肉もチャーシュー状だったり薄切りにしたものが目立つ。このあたりは気候も含めて、文化的な違いなのだろうか。

■ トッピングの具は、ジャージャー麺や担々麺などでよく使われる青梗菜や小松菜をゆで、刻むか白髪にした白ネギ、白ごまをふる。そして仕上げとして、忘れずに【たっぷりのラー油】と酢(なるべくケチらない)を用意する。かた焼きそばに酢をぶっかけるのと同じで、この段取りを疎かにしては画竜点睛を欠くのである。

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素麺とひき肉で作った《牛肉麺》。トッピングは白髪ネギと青梗菜。

■ 出来上がった簡略型牛肉麺は、インスタントのダシを使ったわりには予想以上に〔ちゃんと〕していて、まさに化学調味料の勝利、シミュレーショニズムのアウラといった趣で、要するに、とてもおいしい。ネギ塩だれやクッパ・スープを自家製で作るときなどに用いられる、白だしとおろしニンニクを加える手法はここでも有効に使えた。

■ 韓国製のダシダは、鶏ガラ顆粒に慣れている人にはものすごく濃いコンソメといった感じで、単体で使うには少しくせのある味だけれど、牛肉を炒め煮したものとの相性はとてもよいと思う。肉は、より短時間で濃厚な味に仕上がるのはひき肉か切り落としで、後者は、牛丼用として大容量のものがスーパーに並んでいるバラ肉を使うのがもっとも効率的だ。塊肉は煮込み時間がもう少しかかるし値段も上がってしまうから、ふだんの《家めし》(佐々木俊尚)なら、前者を使うのがよりふさわしいと言えるかもしれない。


ともあれ腹は減るのだということ---色々おかしくても


■ このエントリと、《回花歌》の次回をチェックしながら、わたしはまた《牛肉麺》を食べている。神への感謝は捧げていないが、「おいしいな、おいしいな、ありがたや、ありがたや」みたいな感覚くらいはもっている。

■ ところで、《回花歌》の舞台である、とある大陸の西方にある街は、核実験が行われてきた土地の近くなのだという。知識から隔離された人々はそれを意識することなく、したがって不安や怯えを抱くこともなく生活するが、起きた出来事は起きなかったわけではなく、事実は消えない。梗概は、下のように書く。


【「何かがおかしい」と感じられるような状況下でも、人々の生活は変わらずに続いてゆく。『回花歌』は、そんな物語である。】
 

■ わたし/たちが生きている2017年現在の日本でも、何か、どころではなく「色々おかしい」と多くの人が不満を口にしても、日々の生活は続いているし、腹は減る。

■ 但し、それが「変わらず」というのではなくて、意識できずとも物事は常に移り変わっているから、変わりながらも続く、というのが正しい。たとえば、東北の震災から後の福島はそれ以前の福島ではあり得ず、けれどもなお福島であることには変わりがないし、福島として福島は続く。そういうことだ。

■ みなさんも是非、《回花歌》人々の生活が変わらないのかどうか、注目して欲しい(残り二十回を)。

牛肉麺/兰州拉面/Beef noodle soup-04


おまけ:細かいレシピ



改良型牛肉麺(※ 分量は一人前)
 
A(具材と麺、下味)   
  • 牛肉(切り落としのバラ肉、ひき肉、カレー用モモ肉など):150~250g程度。形状によって調整。
  • 青梗菜か小松菜:1/2把
  • 中華麺か素麺:1束
  • しょうが:薄切り二枚(皮はむかない)
  • 白ネギ:1/3本をみじん切りか白髪にする
  • 白煎りゴマ:適宜
  • 黒酢、ラー油(黒酢が無ければ米酢、穀物酢でも):大さじ1~好みの量
  • ごま油、醤油:小さじ1(下味用)
  • 塩、胡椒:全体にまぶす程度(下味用)
  • 酒:大さじ1(下味用、あれば紹興酒)
  • 酒:炒め用
B(牛スープのダシ)
  • 水:1000ml=5カップ
  • ダシダ:大さじ2弱
  • 白だし:大さじ1~2(商品によって濃度が違うので、味をみながら)
  • にんにく:すりおろし一片
  • 酒、みりん:大さじ4ずつ
  • 塩:小さじ1
  • 胡椒:適宜

『作り方』

  1. 牛肉には下味用調味料を揉み込み、10分ほど置く。
  2. 1を待つあいだにダシ(5カップぶん)と別鍋(麺を茹でられる程度)にそれぞれ湯を沸かす。にんにくをすりおろし、生姜を薄切りにする。白ネギをみじんか白髪にする。
  3. 沸いた湯で小松菜か青梗菜を茹でてザルにあげ、冷水にとる(湯は捨てない)。
  4. 鍋に5カップぶんの水を入れて沸かし、ダシダを溶かす。2でおろしておいたにんにく、酒、みりんを加え、濃さを確認しながら白だし、塩、胡椒で味を整える。
  5. 分量外のサラダ油大さじ1を熱し、中華鍋で薄切りにした生姜を中火で炒める。香りがたってきたら火を強めて牛肉を加え、酒をふり、焼き付けるように炒める。美味しそうな焼肉になってきたらダシを2~3カップほど注ぎ、煮る。※ あくは適宜とる。
  6. 青菜を取り出した湯を再度沸騰させ、麺を茹でる。
  7. 麺がゆであがる直前にダシの残り、中華鍋の肉とスープをどんぶりにあけ、湯切りした麺をいれる。
  8. 青菜とネギをそえ、白ごまをふり、好みの量だけ胡椒、ラー油、酢を加える。
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