おこ少女
画像出典:Flickr/撮影:しゃれこーべ

「援助交際」と前インターネットの世界

 1996年の新語・流行語大賞。「援助交際」という言葉がトップテンに入賞した。その時、僕は田んぼに囲まれた学校に通う高校3年生だった。
 テレビや雑誌は女子高生ブームの真っただ中で、ルーズソックスを履いた女子高校生がメディアに登場し、身の回りについて語っていた。一方、僕の高校ではルーズソックスを履いた女子は一人もおらず、援助交際の噂も流れず、女子高生ブームはまるで外国の流行のようだった。
 
 僕がインターネットに書き込みを始めたのは1998年からで、だから女子高生ブームはインターネットが普及する直前のムーブメントだったと思う。すべての情報はテレビ局と出版社から伝えられ、当事者の「生の声」に直接触れることは困難だった。たとえば2000年代半ばの「アキバブーム」の場合、当事者の言葉はインターネットに溢れており、メディアで流れる言説についての当事者からの「ツッコミ」も簡単に得ることができたのだった。
 
 つまり、女子高生ブームは当事者性のない、完全にメディアによる自作自演の空虚なムーブメントだったのではなかろうか。そんなことを思ったは、村上龍の『ラブ&ポップ―トパーズⅡ―』を今さらながら読んだことであり、かねてからの違和感を感じたからだった。


「普通の高校生」ーー"買う"側の欲望を反映する虚像

 「援助交際」はこの小説で描かれるように、本当に「ポップ」なものだったのだろうか?
 
 昔からのことだと思うが、若い女性の売春というのは、それが生活のためではなく、遊興費のための稼ぎであったとしても、いわゆる下層の社会階層に属する人が行うものとされている。今でも、貧困層にある女性たちが売春行為を行うことについてのルポルタージュは書店にならんでいるし、風俗店に勤める、あるいはネットを通じて相手を探す、その手段は時代とともに変化してきたのであるが、ともかく女性の売春と社会階層には深い関係がある。

 しかし、女子高生ブームにおける援助交際にまつわる言説においては、そういう社会階層の話がごっそり抜け落ちていた。「普通の高校生」が普通に売春している、というのが当時の社会学者の見立てであり、マスメディアの論調だった。経済的に困窮していないはずの「あなた」のところのお嬢さんも援交しているかもしれませんよ?とメディアは煽った。

 『ラブ&ポップ』で描かれる女子高生らの親も、出版社勤務であったり、官庁に務めていたりして、階層としてはむしろ上のほうの人たちだ。しかも、当事者である主人公らも、学校などから排斥されているわけではない(メンヘラではない)。普通の女子高生が普通に売春している、という当時の援助交際における前提は、実は、女を買う側の願望だったのではないか。あるいは煽りたいメディアによって作られた虚像だったのではないか。


ストリートのマイノリティとメディアの自作自演

 別の視点からも援助交際ブームの虚構性を考えてみたい。まず、ストリートのムーブメントは数百人いれば作れるということがある。

 女子高生ブームはストリートのムーブメントだったはずだ。援助交際するにしても、買う男も売る女子高生も街に出なければいけなかった。街そのものよりも、インターネット空間での情報のほうがメインだったアキバブームとは違い、1996年の祭りは街の土着性が本質だったと思う。だから、同世代のうちでは少数者である人たちでも、街に出て集まれば、まるで同世代のマジョリティーであるかのような錯覚を表現することができるのだ。

 僕が21世紀になってから東京の大学に入り直した時、同世代の出会った女の子たちに話を聞くと、「援助交際」は決してマジョリティーの文化ではなかったとの証言が相次いだのだ。学年で数人、あるいはクラスで一人、そんなレベルの話であり、それくらいの量なら、今の時代でも出会い系サイトを使っている少女たちはいるだろう。やはり女子高生ブームは、当事者からのツッコミが入らないことによって、メディアによって何重にも循環的に拡張されていったマッチポンプの自作自演だったのだろう。

 
 そんなことをもうずっと10年くらい考えてきたのだが、ある本を友人に紹介された。『ラブ&ポップ』を書き終えた村上龍が女子高生51人と対談したトーク集、『夢見るころを過ぎれば―村上龍vs女子高生51人』という1998年に出版された「奇書」である。

 本書は表紙をめくると、なんの注釈もなくいきなり女子高生2人と村上龍とのトークが始まる。えんえんと続く文字起こしされたトークは、彼女たちの日常が語られるだけであり、正直、読むのが辛い。普通、この手の対談や鼎談は「持っている者」が出てくるからだ。何かしらのクリエイターであったり、芸能人やアイドルであったり、語るべき何かを持っているか、人々からの関心を集める立場にある人たちのトークを読むのは、知らない世界を見るようで楽しい。ところがこの「奇書」は、ただの何者でもないそこらにいる高校生に小説家がインタビューしているだけなわけで、よほど90年代末の彼女たちに興味がなければ読むのは苦行であろう。

 民俗学では山奥の老人にインタビューをして民話などを聞くことがあるが、まあそれと同じようなもので、現在からみると、確かに民俗学的な価値、風俗研究についての価値はあるかもしれないが、つまりは資料に過ぎず、読書するような対象ではない。
 そのような本書が一般書として書店に並んだということ自体が、女子高生ブームの空虚さを示しているのではなかろうか。もう女子高生であるならば何でもいい、彼女たちそのものがコンテンツなんだと。


「女子高生ブーム」ーー不安の裏返しとしての神格化、そして僕は

 ではなぜ、かくのように、「女子高生」は90年半ば、神格化されたのか。メディアは新しい世代の登場を女子高生に見出していた。それは「一億総中流」を前提とした最後のムーブメントであり、誰もが売春を行うというフラットさが女子高生ブームの本質だった。その幻のフラットさを新しい世代の象徴としての女子高校生に仮託していたのだ。無格差社会、その登場をみんな感じようとしていた。もちろんそれは虚構であり、就職氷河期はすでに深刻化していて、日本社会は一層の格差社会へと進んでいた。そんな現実の不安を打ち消していたのが「女子高生ブーム」のフラットさだったのだ。女子高生ブームはメディアによって展開されたバブル崩壊後の不景気日本に対する処方箋、不安の中和剤であったのだろう。

 90年代末のストリートに関する記録。僕はやっぱり直視できない。自分が女子高生ブームに未だにこだわっているのも、当事者性からで、僕は男子高校生だったのだ。同じクラスの女子たちと、テレビのなかの女子高生たちはまるで別の生き物だった。そのギャップは、東京と地方とのギャップであったし、お祭りは東京でしか行われていないことを実感させられたのだ。世界の中心は自分のいるところではない。そしてその数年後、上京したけれど、もうお祭りはどこにもなかった。
 
 お祭りは自分の住んでいる土地からはるか離れた場所で起きていて、噂を聞いてその土地を訪れたなら、もうお祭りは終わっていた。そんなことばかりの人生だった。多くの人たちは、どのようなムーブメントが起きようとも、日常に縛られていて、日常のなかに押し込められている。当事者にはなれないままに。

(了)
 
(編/構成:東間嶺@Hainu_Vele)