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2016年5月1日、第二十二回文学フリマにて(撮影:東間 嶺)


 これから話すことは、とてもかっこ悪いことだし、ぶざまで恥ずかしいことだ。でも、僕のなかで書かないとやっていられない状況にあったから、書く。読んでくれる人が少しでもいたなら、僕は嬉しいだろう。

 小説家という意味での作家になりたいと思ったのは1999年の1月だった。その時に何があったのかと言えば、平野啓一郎氏が当時の史上最年少で芥川賞を取ったことで、彼がテレビに映って不機嫌な表情を浮かべる様子を見て、僕は作家になろうと決心した。
 当時の僕は1年間浪人して入った大学に通うことができなくなって、実家でダラダラしていた時期で、端的に言えば、将来に絶望していた。第一希望の大学に落ちたことをずっと引きずっていて、かといって気持ちを整理することもできず悶々とするばかりで、そんな僕がテレビ画面に映った平野氏を見て「そうだ、作家なら学歴は関係ないな」と閃いたのである。

 作家になるのに学歴は関係がない、それは戦後の日本においては事実だけれども、23歳で芥川賞を取った平野氏は現役京大生なわけで、彼の芥川賞受賞のニュースでそう悟るのはおかしな話だし、けれども僕はもう学校を続ける気力はなくて、ともかく新しい道を探していたのだった。
 芥川賞の載っている『文藝春秋』を買って、平野氏の芥川賞受賞作「日蝕」を読もうとしたけれども、あまりにも難しい漢字が多くて、漢和辞典で調べながら読んでも、読書は遅遅として進まず、やがて途中で断念してしまった。それまで僕はあまり本を読んでいなくて、大学受験が終わってからはいくらか文庫で古典と呼べるような小説を読み出したけれども、まったく大した読書量ではなく、僕は何者でもなかった。
 原稿用紙を200枚くらいジャスコの文具売り場で調達して、小説を書こうと思ったけれども、1行も書くことができない。パソコンでいくらか詩のようなものを書いたけど、それきりでとても今の自分の実力では作家になることは無理だと悟った。

 もっとたくさん本を読まなければいけない。理系の大学を中退していた僕は、あらためてモラトリアムを求め私大の文学部に入り直した。2度目の学生生活で、ずっと頭にあったことは作家になることであり、とにかく有名な古典的な小説を読もうと思った。新潮文庫や岩波文庫で有名そうな奴を片っ端から読んでいって、よく筋が追えないものもあったけれど、胸を打たれるような作品も多かった。
 読書をしている僕はもう20歳を過ぎていて、それでもまだ間に合うと信じていた。文学部にいた頃、30枚くらいの小説を2篇ほど書いたものの、他には創作はしなくて未だ自分は勉強する時期なのだと考えていた。就職はせず大学院に進んだ。だが、大学院は僕にとっての地獄であり、不適応を起こしてしまった僕はあらためて小説家という職業を真剣に志すことになる。

 作家になるような人は、気がついたら作家になっていたようなもので、現実逃避的に小説を書いてプロデビューした人はどのくらいいるのだろうか?

 大学院のころから、小説家デビューは自分にとっての一発逆転で、上手く行かない毎日を覆すためのものだった。なんとか修士号を取り、持病のこともあって正社員として普通に働く自信もなかった僕は非正規雇用として社会人生活を始める。小説の新人賞に応募しはじめたのは院生時代の27歳の時からで、働き出してからは、一年間に一作まとまったものを書くのが精一杯だった。何回も文芸誌の新人賞に応募しても1次予選も通らなかった。それでも僕は作家になるという目標をあきらめなかったし、自分は作家になると信じていた。根拠のない自信があった。

 5作目で初めて予選を通り、文芸誌に名前が載った。その後も書き続けるが、結局、最終選考に残ったことは一度もない。気がつけば30代後半で、20歳の時に作家を目指してから20年が経とうとしていた。新人賞に応募するようになってから10年が過ぎた。それでも僕は相変わらず僕のままで、冴えない日常はそのままで小説での逆転を未だに夢想しつづけてきた。

 学校を卒業し社会に出て10年目の夏、もし新人賞の最終候補に残っていれば7月中に編集部からの電話があるとの噂がある夏、やっぱり僕の携帯電話はならなかった。もう根拠のない自信はどこかに消えてしまった。このまま書き続けても新人賞を取ることはないのだろう、今はそう確信している。

 昔、ネットのどこかで見かけた言葉に、「作家デビューする人は書き出してから3年目までか10作目までにデビューしている」というものがあって、印象に残っている。数十枚程度の習作を除けば、僕は約10年ちょっとで9作の小説を書いた。もちろんそれでは書いている量が少なすぎると言う人もいるだろうが、僕はその9作を書くだけで精一杯だった。そして、僕の心は折れている。10作目に書く小説でデビューできる可能性を信じることができない。2016年の夏、僕は作家になるのを「いったん」あきらめる。「いったん」という留保。新人賞を取るのはもう無理だろうと思っているが、それでも自分が書いたものに価値がないとは思わないし、小説を書くのをやめてしまうかどうか、まだ決心がつかない。
 趣味で書くことを続ければいいじゃないかと言う人もいる。だけど原稿用紙100枚以上の小説を書くには労力がかかるし、小説は趣味という気構えで作れるようなものじゃないと思う。野心というか人生を賭けている心意気があるから、小説を最後まで完成させることができる。


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 今年の春、文学フリマに出店した。新人賞の落選作を本にして売った。30部と少し刷ったが無事完売した。購入してくれた友人のなかには面白いといってくれる人もいた。今まで誰にも読まれない原稿をずっと作ってきた自分にとって、他人に読まれることのこそばゆさは変な気持ちだった。やっぱりプロになってもっと沢山の人達に読まれたいとも願ったが、それが無理なら、文学フリマでの販売が自分のなかでの達成だったのではないかと考えている。

 作家志望であることをあきらめて、これからどう生きていこうか?

 書きたいという気持ちはまだ残っている。報われない努力に気持ちが押し潰されそうになる。新人賞が取れないことの絶望。心に空いた穴。地下アイドルのライブに行ってみたけれど、握手やチェキでは僕の喪失は埋まらなかった。


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さくちんは天使!神対応に感謝感激!!


(編・構成:東間嶺@Hainu_Vele)