1000冊への8年
2016年5月、ぼくの読書メモはようやっと1000件を超えた。 読書メモというが、これは読書メーター上で登録している読了本の冊数と簡単な感想を合わせて、便宜的に読書メモと言っているだけで、読書メーターそのものに読書メモという呼び名の機能があるわけではない。何はともあれ、1000件である。めでたい。いや、めでたくない。いずれにせよ、この際、ぼくがこの8年ほどでいったいどんな本を読んできたかを振り返ってみるのもいい機会だと思い、筆を取った次第である。 8年間に読んだすべての書籍について考察するのはあまりにも煩瑣だし現実的ではないので、今回は、友人の石井さんが開催しているおれ的わたし的ベストに毎年寄せている今年読んだ本のベスト10から適宜引用して進めていくことにする。これらのベスト10はもちろんその年に読んで読書メーターに登録された本から選ばれている。
2008年/ワイトマン、岡田利規
というわけでまず、2008年のベスト10は以下のようになる。
- ロバート・ワイマント / ゾルゲ 引裂かれたスパイ (西木正明訳、上下巻、新潮文庫)
- 萱野稔人 / 権力の読みかた (青土社)
- 平野啓一郎 / ディアローグ(講談社)
- 松岡正剛 / 17歳のための世界と日本の見方(春秋社)
- 岡田利規 / わたしたちに許された特別な時間の終わり (新潮社)
- 岡本太郎 / 太郎に訊け!(青林工芸舎)
- 筒井康隆 / ダンシング・ヴァニティ(新潮社)
- 木原武一 / ぼくたちのマルクス (ちくまプリマーブックス)
- 吉田豪 / 男気万字固め(幻冬舎文庫)
- 片山杜秀 / 近代日本の右翼思想(講談社選書メチエ)
10冊全部に触れていってはあまりに冗長になるし、できれば一冊、多くても二、三冊に絞ってコメントしていきたい。まず2008年に読んだ本でいちばん面白かったのは、ワイマントの『ゾルゲ 引き裂かれたスパイ』だろう。中学生の頃に、手塚治虫の名作『アドルフに告ぐ』を読んで、ゾルゲの名前を知ったのだと思う。ゾルゲ関連書籍は無数に出ており、すべてを読むことは不可能だが、それなりに読み漁った。その中でも、このワイマントのゾルゲ本は一等面白かった訳で、どこがどう、と言うのは8年後の今難しいのだが、とにかくこの本が面白すぎて、当時東間くん―すでに知り合いだった―に教えてもらったモルガン・スポルテス『ゾルゲ 破滅のフーガ』(岩波書店)は未だに部屋の片隅で積読されている。小説表現における文体の新しさで目を引かれたのは、なんといってもチェルフィッチュの岡田利規『わたしたちに許された特別な時間の終わり』だが、これについても語り始めるときりがないので、また他日にしたい。
2009年/菊地+大谷、島田、佐藤、魚住
そして、2009年。この年は名作揃いだ。菊地+大谷の『アフロ・ディズニー』については翌年に友人らと出す音楽批評同人誌『TOHUBOHU』で渾身のレビューをしたし、島田裕巳の『創価学会』のまとまり具合の良さも印象的だし、佐藤優の『獄中記』は刑務所の中で熱心に読書する佐藤の異様さが忘れられないし、魚住昭の野中広務伝も、被差別部落出身の政治家・野中の半生を通して、政治家とはいったいどんなものであるべきなのかと一時考えさせられた。
- 菊地成孔+大谷能生 / アフロ・ディズニー(文藝春秋)
- 林公一 / それは、うつ病ではありません!(宝島社新書)
- 島田裕巳 / 創価学会 (新潮新書)
- 松本清張 / 新装版 昭和史発掘(1巻、文春新書)
- 橋本治 / ひらがな日本美術史(新潮社)
- 中島岳志 / インドの時代―豊かさと苦悩の幕開け(新潮文庫)
- 福井晴敏 / 亡国のイージス(上下巻、講談社文庫)
- 佐藤優 / 獄中記(岩波書店)
- 山口隆 / 叱り叱られ(幻冬舎)
- 魚住昭 / 野中広務 差別と権力 (講談社文庫)
2010年/高橋、内田、桐野
2010年。この年の秋(10月末)から東間くんと、新宿文藝シンジケート(SBS読書会)の活動を始めるので、そこで選書した本がベスト10に入ってくる。その点については、随時触れていきたい。この年も名作だらけな気がする。高橋先生の『知性の限界』には触発されて入魂のブログ記事を書いたし、内田樹のレヴィナス本もとても熱くてよかったし、桐野夏生『OUT』は死体を解体する描写に鬼気迫っていて圧倒されたし……という感じ。で、第一回読書会の課題図書であったのは中島義道『「哲学実技」のすすめ』である。この本は構成も面白かったし、東間くんの推薦で読んだのだが、いま読んでも「使える」のではないかと思う。
- 高橋昌一郎 / 知性の限界(講談社現代新書)
- 大澤信亮 / 神的批評(新潮社)
- 筒井康隆 / アホの壁(新潮新書)
- 三浦雅士 / 漱石―母に愛されなかった子 (岩波新書)
- 内田樹 / レヴィナスと愛の現象学(せりか書房)
- ハリー・G・フランクファート / ウンコな議論 (筑摩書房 )
- 中島義道 / 「哲学実技」のすすめ(角川oneテーマ21)
- 桐野夏生/ OUT(上・下 講談社文庫)
- 原武史/ 滝山コミューン一九七四(講談社)
- 保阪正康/ 真説 光クラブ事件 ―東大生はなぜヤミ金融屋になったか(角川書店)
2011年/大江、荒川、サルトル、ベッカー、松木、そして春樹
ともあれ、2011年。この年の読書会の課題図書に選んだのは大江健三郎『新しい文学のために』である。それ以外は全部、読書会とは関係のない本。現代詩作家である荒川洋治のエッセイにはまっていたのはこの年だったのか。『日記をつける』は日記をつけることについて書かれている本だが、5年経ったいまでも「あれは良い本だった」と思う。『小澤征爾さんと、音楽について話をする』は最近文藝春秋に小澤征爾についてのレポートを載せていた村上春樹が小澤とクラシック音楽をレコードなどで聴きながら話したものがまとまっているのだが、これもいま読み返してみてもとても啓発される一冊だろう。サルトルやアーネスト・ベッカー、松木邦裕を読んでいることから、この年の自分の精神状態があまり良くなかったことが推察される。己の実存的な問題について何かしら手がかりを得たいという動機でこれらの本は読まれた。
- 荒川洋治 / 日記をつける(岩波現代文庫)
- 村上春樹 / 小澤征爾さんと、音楽について話をする(新潮社)
- 大江健三郎 / 新しい文学のために (岩波新書)
- J.P.サルトル / 実存主義とは何か(人文書院)
- S.A.C.ドイル / バスカヴィル家の犬 (新潮文庫)
- アーネスト・ベッカー / 死の拒絶(平凡社)
- 松木邦裕 / 対象関係論を学ぶ―クライン派精神分析入門(岩崎学術出版社)
- 保阪正康 / 三島由紀夫と楯の会事件 (角川文庫)
- 鶴見俊輔 / 戦時期日本の精神史―1931‐1945年 (岩波現代文庫)
- 鈴木直 / 輸入学問の功罪―この翻訳わかりますか? (ちくま新書)
2012年/湯浅、島田のオウム、再びの荒川と保阪
まだまだ、2012年。読書会で取り上げた本は湯浅誠『ヒーローを待っていても世界は変わらない』だ。この本も東間くん推薦の選書だった。島田裕巳のオウム本は、オウム真理教が出していた経典を文献として深く読み込んで書かれた大著で、オウムがなぜテロに走ったかということについてきちんと宗教学の立場から考えられた回答の一つ、という印象を得た。前年に引き続き、荒川洋治と保阪正康がランクインしている。
- 湯浅誠/ヒーローを待っていても世界は変わらない(朝日新聞出版)
- 筒井康隆/壊れかた指南(文藝春秋)
- 松本清張/紅い白描 (角川文庫)
- 細野晴臣/地平線の階段 (八曜社)
- 木田元/ハイデガーの思想(岩波新書)
- 河合隼雄/ユングの生涯 (レグルス文庫)
- 島田裕己/オウム-なぜ宗教はテロリズムを生んだのか-(トランスビュー)
- 保阪正康/農村青年社事件: 昭和アナキストの見た幻 (筑摩選書)
- 井上靖/忘れ得ぬ芸術家たち (新潮文庫)
- 荒川洋治/忘れられる過去 (朝日文庫)
2013年/木田とニーチェ
やれやれ、2013年。ニーチェの入門書ばかり読んでいたのが分かる。ハイデガーについての関心があり、ハイデガーをめぐる書籍をいろいろ読み漁りつつ、そのハイデガーとの影響関係もあってニーチェについて関心が高まっていたのだろう。木田元の著書が2冊ランクイン。『私の読書遍歴』は木田先生の読書履歴をつらつら読める楽しい本だが、後者の『ハイデガー「存在と時間」の構築』は、ハイデガーが構想していた『存在と時間』の書かれず、世に出なかった部分についてどんなものであったのかと述べていく、とても冒険的な一冊だった。読書会の課題図書は『エリック・ホッファー自伝』である。これは文学研究者であり、読書会の枢要なプレゼンターでもある荒木優太さんの選書である。
- 永井均/これがニーチェだ(講談社現代新書)
- 中島義道/ニーチェ―ニヒリズムを生きる(河出ブックス)
- 竹田青嗣/ニーチェ入門(ちくま新書)
- 大谷能生/ジャズと自由は手をとって(地獄に)行く(本の雑誌社)
- 廣野由美子/批評理論入門―『フランケンシュタイン』解剖講義 (中公新書)
- 吾妻ひでお/失踪日記2 アル中病棟(イースト・プレス)
- 木田元/私の読書遍歴―猿飛佐助からハイデガーへ (岩波現代文庫)
- 加藤周一/現代ヨーロッパの精神 (岩波現代文庫)
- 木田元/ハイデガー『存在と時間』の構築 (岩波現代文庫)
- エリック・ホッファー自伝―構想された真実(作品社)
2014年/『ドストエフスキー』、『14歳』、『線』、『絵』
そしてなんと、2014年。中村健之助はもちろん大人向けのドストエフスキー本を書いているが、この『ドストエフスキーのおもしろさ』は平易かつ簡潔に彼の魅力を述べてゆく本で印象深い。岩波ジュニア新書には時折本当に質の高い作品があるので、驚かされる。宮台真司は彼の藝風もあって毛嫌いしていたのだが、『14歳からの社会学』はとても質が高く分かりやすく、読みやすい社会学入門であり特筆して構わない良書だ。この年から目黒・学芸大学のBuncademyで近藤先生の原書講読会に出席するようになったので、『線の音楽』が入っているのは納得。この年の読書会の課題図書は荒井裕樹『生きていく絵』である。これも前述した荒木さんの選書。
- 佐藤優 / 甦るロシア帝国 (文春文庫)
- 原武史 / レッドアローとスターハウス―もうひとつの戦後思想史(新潮社)
- 村上靖彦 / レヴィナス —壊れものとしての人間 (河出ブックス)
- 中村健之助 / ドストエフスキーのおもしろさ―ことば・作品・生涯 (岩波ジュニア新書)
- 荒井裕樹 / 生きていく絵――アートが人を〈癒す〉とき(亜紀書房)
- 斉藤環 / 承認をめぐる病(日本評論社)
- 中島岳志 / 血盟団事件(文藝春秋)
- 筒井康隆 / 創作の極意と掟(講談社)
- 宮台真司 / 14歳からの社会学 ―これからの社会を生きる君に(世界文化社)
- 近藤譲 / 線の音楽 (アルテスパブリッシング)
2015年/『ロシア・アヴァンギャルド』
泣いても笑っても2015年。鈴木惣一朗『細野晴臣 録音術』は、細野さんの一番弟子として30年以上細野晴臣を見つめてきた惣一朗さんが書いた傑作音楽書。細野晴臣の音楽をエンジニアの視点から切り取っていくという本は、今まで無かった(雑誌の特集などではあったかもしれないが、未確認)。この年は読書会の課題図書が3冊もランクインしている。亀山郁夫、多木浩二、大澤聡の著書のうち、亀山の『ロシア・アヴァンギャルド』のみぼくの選書で、他2冊(『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』、『批評メディア論』)は荒木さんによる選書である。
- 大澤武男 / ユダヤ人とドイツ(講談社現代新書)
- 鈴木惣一朗 / 細野晴臣 録音術(DU BOOKS)
- 河合隼雄 / こころの最終講義(新潮文庫)
- 斎藤環 / ひきこもりはなぜ「治る」のか?(ちくま文庫)
- 亀山郁夫 / ロシア・アヴァンギャルド(岩波新書)
- 村上春樹 / 職業としての小説家(スイッチ・パブリッシング)
- 多木浩二 / ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読(岩波現代文庫)
- 大澤聡 / 批評メディア論(岩波書店)
- 加藤周一 / 日本文学史序説 補講(ちくま学芸文庫)
- 高田珠樹 / ハイデガー 存在の歴史(講談社学術文庫)
そして1000冊の向こうへ
こんな感じで8年間、雑多な本を読んできた。どう見ても人文学書が多い感じであり、偏りがあるのは恥ずかしいが、もう押しも押されもしない文系中年男性だから仕方ない。これからも読み続けるのは変わらないが、年甲斐もなく系統だった読書がしたいと感じる日々であり、それが実現できるか、できないかは今後の精進如何に関わってくるであろう。というわけでこの辺りで筆を置き、読者の皆様には次回8年後の更新をぜひお待ち頂きたく思う。
(編集・構成:東間 嶺)