目黒のBuncademyで開かれている近藤譲先生による原書講読講座が、去る5/1(日)に無事終了した。終了といっても、これは第3期の講座が終わったのであり、近いうちに第4期が開かれる予定となっている。ちなみにいま、近藤先生指導のもと、講座のみんなで読んでいる本は Mark Evan Bonds(ノースカロライナ大学チャペルヒル校音楽学部特別教授)の『Absolute Music』(2014年、Oxford University Press)である。決して易しくはないが、ワグナーが1846年以降世に広めた、"絶対音楽"(Absolute Musik)の起源を古代ギリシアから中世ヨーロッパ、そして20世紀に至る音楽史の中に辿っていくという、壮大な規模と深度を持ったストーリーを追っていける、実に読み応えのある一冊。
それはさておき、この原書講読講座でご一緒しているピアニストの瀬川裕美子さんから、6/11(土)に文京区のトッパンホールで開かれる彼女のリサイタルのフライヤーを頂いた。それに目を通していたら、パウル・クレーの引用があって、とても懐かしい気持ちになった―しかも1914年の日記からの引用である!! ぼくは学生時代、第一次大戦下の中立国スイスはチューリヒで始まったダダ運動について、ささやかな研究をし、卒業論文にした。その時のことを思い出したのである(で、いまだに一次大戦については関心があって論文集を斜め読みしたりしている)。
1916年に開始されたチューリヒでのダダ運動の中心的人物には、フーゴ・バルというドイツ人―カバレー・ヴォルテールの発起・運営と音響詩KARAWANEで知られる―と、トリスタン・ツァラというルーマニア人―わが国では早大の塚原史先生の著作でバルに比べると圧倒的に知名度あり。『ダダ宣言』の起草者。―がいる。論文を書く準備の段階で、この前者のフーゴ・バルについて調べていたのだが、彼はダダを始める2年ほど前、1914年にミュンヘンで青騎士(Blaue Reiter)のメンバーと交流していることが分かった。いま手元に無いのだが、バルの日記である『時代からの逃走』(1975年、みすず書房)にたしかそう書いてあった。(もし違ったらごめんなさい!)そう、パウル・クレーは、この青騎士に近い画家として、ぼくの脳の片隅にひそかに居残っていたのである。
すこしばかり脱線をお許し願いたい。論文を提出した数年後だが、ひとりでニューオータニ美術館に『青騎士の画家たち』という展覧会を観に行ったのも懐かしく思い出される(記録を調べてみると、2006年5月2日に訪ねている)。論文執筆中に画集でよく見ていたカンディンスキーを目当てに行ったのだが、どうもフランツ・マルクの『馬の誕生』という力強い作品に目を奪われていたらしい。その後も青騎士の中心的人物であったカンディンスキーの作品にはどうも心惹かれたようで、いくつか美術館を訪ねた。なんでも記録しておくものですね。ちなみに、去年宇都宮と兵庫を回ったパウル・クレーの展覧会には諸事情あって行けなかった。
で、何を言いたいかというと、あの1914年にもしかしたらクレーとバルは言葉を交わしたのかもしれないということである!これはもちろんぼくの妄想に過ぎないのだが、もしふたりが出会っていたとしたら一体どんな話になったのだろうか。関心は尽きない。このあたりで、すこし話は戻るのだが、クレーの方法論にピエール・ブーレーズが影響を受けていたと、瀬川さんはリサイタルのフライヤーにお書きになっている。ご承知のようにブーレーズはことしの1月に亡くなり、その時は自分のFacebookのタイムラインがブーレーズ追悼のメッセージで溢れ、現代音楽にはすこぶる疎いぼくとしては大変驚いたのだが―恥ずかしながら、ブーレーズが亡くなってからようやく彼の音楽を聴き始めたような次第―、ああ、こうやって自分がなんとなく関心を持っているものがつながる偶然というのはとても良いものだとフライヤーを拝読しながら思ったのだった。前述のように学問の世界から離れて、十数年が経つ。このような偶然をもたらしてくださったBuncademyという場、それに近藤先生の深い学恩に心から敬意と感謝を表したい。瀬川さんに頂いたフライヤーにはこう引用されている。
―アングルは静止を秩序づけたといわれる。私は、パトスを越えて、運動を秩序付けたいと思う。(1914年9月 パウル・クレー日記より―)
これがパウル・クレーの言葉である。それに刺激されたブーレーズの音楽はいったいどんなものなのか。その端緒を探るためにも、瀬川さんのリサイタルにはぜひ足を運びたいと思う。
以下のURLはご参考まで。
*Mark Evan Bondsのプロファイル
http://music.unc.edu/people/musicfaculty/mark-evan-bonds/
*瀬川裕美子ピアノリサイタルvol.5〈肥沃の国の境界にて~線・ポリフォニー⇒・・・!?~〉https://www.facebook.com/events/1718391378416065/
*Buncademyのウェブサイト
http://buncademy.co.jp/