終わりの後に
  
 二〇一四年二月、長らく書店に並ぶことのなかった小林美代子の本がとある出版社から出版された。かつての小説集『髪の花』に掲載された小説と、『文芸首都』に載ったエッセイ、さらに表題作として遺稿となった「蝕まれた虹」を収録した単行本『蝕まれた虹』の巻末には「小林美代子様の作品の著作権者・著作権継承者を探しています」と記載され、著作権法の規定に従い、「著作権者不明等の場合の裁定制度」を用い、文化庁長官による裁定によって著作権者不明のまま再び世に出ることになった。
 遺作「蝕まれた虹」は静かに困難を受忍する小説だ。「髪の花」において主人公ふさ子は抗っていた。ふさ子にとっての社会である病院に対して楯突き、自らの運命に対しても脱出の手段を求めてもがいていた。奇蹟が起きて今までの不幸すべてが救われる時を待ちのぞんで、病院の外に宛てて手紙を書いた。しかし「蝕まれた虹」において、主人公の「私」はただ現実に従うのみである。
 「蝕まれた虹」は四十ページほどの短編小説で、精神を病んだ者の家族やその当事者が、文学賞を取りやはり精神病者である主人公「私」のところに次々と相談にやってくる。誰が来ても「私」は追い返すことをせず、誠意を持って対応する。相談者の苦悩がまるで自分のことのように感じられ、「私」は体調を崩していて下痢続きだ。しかし、「私は小説が本になったことで、社会に生きる場を与えられている。幸せと言うべきだろう」と自分の役割を自覚するかのように、病者やその家族に向き合い、時に自分を責める。相手の様子次第で深刻になったり突き放して考えてしまったりする自分について、「ずるい」と感じる。患者の苦しみを救うための行動から逃げていると思っているからだ。病気の症状に悩む者には、医者の指示どおりに薬を飲んで、時に入院することを勧める。やがて「私」自身にも異変が起こってきて、訪問先の建物や銭湯で変な行動をとってしまったり、幻聴が聞こえ出したりして、「私を正気と狂気が奪い合いしている」のを実感した「私」はスーツケースに日用品を詰め、自ら病院へと向かう。医師に入院を願い出て、五年ぶりに入院した。病棟にはかつての病友たちがそのままいて小説の最後で「私」は祈る。「私の家に相談にきた人々の為に、この病棟の人たちの為に、自分の為に、何ものかに向って祈りつづけ、許しを乞うた」。果たして、祈りは通じたのであろうか。
 死の間際、精神病院をあれほど恐れ憎んでいた美代子であったが、遺作ではあたかも救済の場所であるかのように病院が描かれている。作中の主人公は、病院仲間に文学賞のことを尋ねられ、「間違えて貰っちゃったらしいわ、当選役は勿論、人間役がこなせなかった。私はもともとここの住人なのよ」と答える。「私」にとって、病院こそが自らの本来なのであり、その外での生活は日常ではなかった。美代子は結局、小説家として世に出たが、病気の外側に自己を規定することができなかった。病気は根を張り、アイデンティティそのものとなっていた。小説を書いて新人賞を取り、さらに自伝を世に問うた。困難を受け入れる作業は一通り終え、美代子はその困難と共に歩むことを選んだ。自伝小説『繭となった女』は決して高く評価されたものではなかったが、美代子自身が自分を再構築するには必要な小説だったのだろう。抗うことはもうない。諦念とともに現実を静かに潜行していく。「蝕まれた虹」における祈りは、「髪の花」のそれとは性質が異なってくる。待つべき奇蹟はもうどこにもないのだ。奇蹟による救済を祈るのではなく、心の穏やかさを確かめるように祈る。静かな祈りはすべてを受け入れる。
 実際の小林美代子は遺稿「蝕まれた虹」の主人公とは違い、なお現実と格闘し、死を選んだ。その自殺について考える時、宮澤賢治の「よだかの星」に何かしらの手がかりがあるように思う。醜く鳥たちに嫌われていたよだかはある時、鷹に名前を変えるよう脅される。それを拒否すると鷹に殺すと言われ、兄弟である川せみに別れを告げた後、空に向かって飛び続け、最後は星となるのであった。これをよだかにとっての救済の物語を捉えることは容易だが、よだかは結局、鳥の世界での名誉回復を得ることはできなかったのだ。救済は、星として生まれ変わった死後に訪れたのである。よだかは現実に立ち向かうことを諦め、死の可能性に賭けた。よだかにとって死は敗北ではなかったのである。星という永遠に自分を顕示する手段が手に入ったからだ。詩人にとって、星としての救済を望むのであれば、それは死後も自分の残した作品が読まれることだろう。詩人であろうとも、その自殺が衝動的なものであれ、計画的であれ、最後の選択は悩み苦しんだ果てのものだ。けれどもし、彼が詩人でなかったらば、それでも死を選んだのだろうか。詩人であることの自覚が、ある種のうぬぼれとともに、自死に導いたのではないか。苦しみは作品の力を信じさせたのである。よだかは星になろうと徘徊した末、自らの意志で空高く昇っていき、命と引き換えに星となり栄誉を得た。詩人であるからこそ、詩のために試行錯誤し、最後、死に委ねようとするのではないか。小林美代子は小説家であったからこそ、死が近づいたのか。プラトンをひもとこう、詩と死について考えるために。

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 紀元前三九九年春、ソクラテスは「国家公認の神々を拝まず、青年を腐敗させる」という罪状で死刑判決を受ける。裁判のちょうど前日、デロス島へ送る船の船尾に花飾りがつけられた。テセウスがクノッソスの迷宮でミノタウロスを倒したことをアポロンに感謝するため、毎年アテナイ人はデロス島の祭に使節を派遣していた。船に花飾りをつけてから、再び船がアテナイに戻ってくるまで、その期間中は、国を清浄に保ち、何人たりとも国法の名のもとに処刑してはいけない。ソクラテスは判決の後、長い時間を牢獄で過ごした。
 監獄にいるソクラテスのもとには、彼を慕う若者や友人が毎日訪れていた。デロス島からの船が帰ってきたとの知らせがアテナイに届いた日、彼らは連絡を取り合い、翌日、朝早くにソクラテスのところに集うことにする。ソクラテス人生最後の日、夕刻に毒をあおるまでの一日のあいだ、ソクラテスたちは魂の問題について討議する。
 プラトンが書いた『パイドン』によると、テーバイ生まれでピタゴラス派の哲学者ピロラオスに学んだケベスは、死を魂の肉体からの解放であると説くソクラテスに、疑問を投げかける。
 


魂は肉体から分離されると、もはやどこにも存在しないのではないか。それは、人が死んだその日に、肉体から離されるとすぐに、滅びてなくなってしまうのではないか。そして、息か煙のように外に出て行き、散り散りになって飛び去ってゆき、もはやどこにも存在しないのではないか。
 
                          プラトン『パイドン』(岩田靖夫訳)
 


 ソクラテスはこれに答えるかたちで、イデア論を展開しながら、魂の不滅と輪廻転生を語る。けれども、もしケベスの言うように、死によって肉体だけでなく、その魂も亡び、死とは無に帰ることだとしたら、死は詩人に何をもたらすか。
 魂は肉体という牢獄に縛られている。魂自身が自らのみを拠り所にしてものを考えることはできず、常に肉体が受ける刺激に影響されている。精神は、純粋に精神だけで存在することはできない。肉体と不可分にあるのだ。詩は確かに魂の活動だろう。しかしその精神活動の記述も詩人の肉体を通して、外の世界に刻まれたものなのであり、肉体から解放された詩も同様に存在しない。魂が肉体に拘束されているのと同じように、詩もまた詩人の肉体に結びつけられ、つまり詩は常に詩人という拘束具を身にまとっている。詩のみが世界に屹立することはない。そこには詩人が立っているのだ。たとえ詩人の名が忘れさられ、詩のみが残ろうとも、あるいは匿名の者たちによって集合的に作られた詩であれ、詩は詩人という肉体とともにある。詩とは詩人の魂の問題に還元される。詩を読むこと、それは詩人について知ることでもあり、詩人の魂を探る行為なのだ。詩は魂に囚われている。
 死は魂を物質的な肉体から解放する。ソクラテスは魂の不死を信じ、死を恐れなかったが、魂が死と一緒に消滅するのだとしても、魂が解放されることには変わりない。肉体が滅び、残されるのは魂の活動記録である。生前、いろいろなところに刻みつけられた痕跡を通じて、魂がいかにあったか知ることができる。詩もまた詩人の魂の記録として世に残る。詩は確かに魂がなした刻印ではあるのだが、詩人の死はその肉体を観念上の存在へと押し上げる。詩人が生きているあいだ、詩は詩人の立ち振る舞いに惑わされつづける。詩人の言動が詩を汚染していくのだ。詩人の死によって、詩は形而下の災いからは切り離されて、魂のより露わな姿を見せることができるようになる。詩人が死んではじめて、詩を通じて、詩人の魂の本当のあり様が見えてくるのだ。魂とは形而上のものであり、詩人の死の後、詩人の肉体と、その詩もまた形而上に所在するものとなる。かくして詩は浄化されるのだ。
 詩人の肉体を形而上へと昇華すること。詩人が死ぬことは、詩にとって意味を持つ。死そのものは人間を無に帰す。死んだらお終いだと言う人もいる。しかし死者が詩を残していれば、死は詩を自由にし、その詩によって死にも意味がもたらされる。死の恐怖、すべてがなくなり無意味になってしまうことへの恐れが、人を詩作に向かわせる。詩を詠むことは、死への準備なのだ。詩人は命と引き換えに、詩を解放しその肉体を観念の世界に生きながらえさせる。詩の作者は、詩人が死んではじめて概念的に成立しうるのだ。
 困難にある者が詩を作ること。その場合、詩作とは世界を変えられない者が世界にむけて記述する行為である。虐げられどこまでも無力な自分が詩を作る。その無力さこそが、祈りを強くし、詩をより尊い地位まで引き上げようとする。肉体としてある自分に絶望していようとも、詩は世界に届くのではなかろうか。形而下にある肉体と、自らの魂の地位との落差が詩作について切実さを増す。死を前にしたソクラテスと同じように、詩の可能性を信じることの特権を得た困難者は、死を怖がらない。肉体の汚辱から詩は解放され、詩が詩人の魂と直結する時、詩の力によって自らの肉体は形而上の存在へと生まれ変わる。詩作した困難者だけが、他の苦難の者たちとは差別され、尊ばれるだろう。死を選ぶことは、仲間への裏切りでもある。自分だけが助かろうとする卑怯。詩人となること。救われること。救済は自分だけを特別な存在へと仕立てるのだ。
 詩人になろうとすることが、自らだけへの救済を願うことが、後ろ冷たいものであるほど、魂は傷つき、詩もまたその傷跡を背負う。傷と祈りから作られた詩が、超越していくことがある。詩人だけを救済するにとどまらず、その傷が形而上のものへと昇りつめていくなかで、世界にたいしても刻印を刻む。世界を記述する文法が変化し、かつて同様の苦難を味わった者たちに祝福がもたらされるとしたら。物質的な肉体としての詩人が例え敗北者であったとしても、詩が勝利する時、詩人は困難にあるすべての不幸を背負い、苦しんでいる皆に救済が訪れよう。
 ソクラテスが死後も魂が存在することを説き伏せた後、それでもケベスは反論する。たしかに死んだ後も魂は消えずに残るのだろう。他の生命へと転生するのも理解できる。ただ何度も輪廻転生を繰り返した後、肉体を着潰すうちに疲労し、ついには衰弱の果て、魂は消滅してしまうのではないか。ケベスの疑義は、詩と詩人についても当てはまる。詩人の死によって、詩人の肉体は観念上のものとなり、詩の永遠が約束されたように思えるだろう。詩と詩人の魂は、芸術として誰にも穢されず輝きつづけるだろうと。たとえばギリシャ悲劇について思い出すなら、アイスキュロス、ソポクレス、エウリピデス、この三者が書き残した三十三作品のみが今、古典としての栄誉の地位を約束されている。果たして、生き残ったソポクレスらの永遠を信じるのは可能だろうか。この先、人類が滅びない限り、消えていった幾百幾千の悲劇とは違って、これらの詩は、勝利を永久に掲げ続けるようにも錯覚する。けれどきっといつか、栄光をまとった詩も読まれなくなるだろう。ただの記録としてのみ残り、切実な読書の対象からは忘れ去られる時代は来るはずだ。すべての詩にも死の時はある。死が本質的に持っている無意味さからどう逃れるか。享楽と虚飾がそれを感じにくくさせる。いや、詩に価値があるのは、無意味さに向き合っているからだ。その結論が死に向かおうと、生きることの糧になろうと、文学は霧散してしまいそうな意味の無さを取り扱い、渇望する魂をなだめようとする。もういちど、文学の価値を信じること。ソクラテスが魂の永遠を信じたように、あり得ない永遠をあると信じること。詩人は、奇蹟を待つように、文学による復活を願い、詩を綴る。

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 小林美代子は、自伝を書いた困難者のその後の人生について、二通りの生き方を示したと思う。自伝を世に出しても困難が解決するわけでもないのは当然で、困難にある人は不幸の原因と付き合っていく必要がある。「蝕まれた虹」のように格闘することをやめ現実に沿い受け入れて静かに祈る、あたかも余生のような人生。もうひとつは、実際の美代子のように最後まで現実と闘いつづける人生である。ただ美代子は闘いをつづける粘りを持っていなかった。また社会も彼女の闘いには向き合おうとしていなかった。
 美代子の死は、いくつかの週刊誌で記事となった。一九七三年九月二十四日号の『週刊文春』では、近所の主婦の声として「あたくしたちも、顔をあわせたときは、笑ってごあいさつしたり、世間話はしてました。でも親しいおつきあいなんてとても……だって恐いですものねえ」と紹介している。受賞後、美代子は近隣の人たちからも注目される存在となり、「作品の内容をじっくり読んで知ってみたいというような人はなく、ほとんどの人が、恐いもの見たさの好奇心だけから、半分逃げ腰になりながら、小林さんの日常をのぞき見することになった」と近所の人の態度が記事には書かれていて、「受賞したときから、世間は小林さんの傷に深い興味をよせたのだ。心を病んだ人という抜きさしならぬ痛手、これゆえ社会は彼女に関心を払ったのだ」と、美代子の小説が当時どう社会に受容されたのかの評がある。記事によると受賞後いろいろな雑誌が小林に「精神病院モノ」を発注したそうで、小林美代子という小説家に何が求められていたのか垣間見ることができる。彼女には、狂気を描くこと、狂気の人間が収容された異界の場所について報告することが期待されており、また精神の病に苦しむ者たちからの救いを願う相談も、美代子に小説家であることよりも、精神病者としての自覚と活躍を要求していた。
 小林美代子の受賞と単行本が長期にわたって版を重ねたのも、このような社会状況があったからこそで、いちど絶版となった彼女の小説がふたたび書店に並んでいる偶然について考えたい。今、あらためて彼女の小説を読む意義をひとつあげるならば、困難にあった者が何を書くのか、なぜ書くのか、それを知ることができるからだと思う。文学賞を取らなくても、インターネットを使い世に向けて文章を公表することが可能である時代になったし、そこでは困難者による切実な文章が溢れている。だが、彼らのほとんどはその書いた文章で賞賛を得られることはないのだ。賞を取らなかった「小林美代子」について考えてみよう。困難を受け入れながら自分を再構築する作業は、完遂されることなく、困難にそれでも抗い、忸怩たる思いとともに生活を送っているのだろう。満たされるところはどこにもないのだ。けれど、その満たされなさは未来への希望に繋がる。今、得られないものがあるからこそ、将来、獲得できる果実があるかもしれない、そんな奇蹟を祈り待つのだ。死の直前の小林美代子も確かに足搔いていた。同時に賞の栄誉と自伝を出版した過程が彼女を何かしら満たすところがあったのも事実だろう。友人に手紙を書いたおとといまでは現実と闘う気持ちを持っていたが、その日は違った。「蝕まれた虹」における、諦念を伴った「私」の心境と同様のものを持ってしまった。そして死んだ。困難にありながらも生きていく動機とは、現実を認めないことなのだと思う。小林美代子にはなれない、物書く困難者は、現実から認められないから、現実を否認し、困難と闘うことができる。それは生への原動力となる。文章を書くことの当たり籤は、困難にある者にとっての、新しい不幸となるだろう。
 「蝕まれた虹」の「私」は病院に入院する準備を終えた後、部屋を見回す。



    五年間の正気の生活の跡を見回した。
    毎日、いんげん、トマトなどを盛りつけ、洗った皿小鉢、魚一切を煮た小鍋、私は、もうお前さんたちを使いこなせなくなった。肉屋の腐った肉より劣る狂人になった。まだ挨拶だけはできるのよ、永久にさようなら……。と少し笑う。
    文学賞の受賞を伝えてきた電話、原稿の書直しを命ぜられた電話、三畳からあふれ出た沢山のお祝いの言葉。お祝いのおくるみ人形。イヨネスコ全集。
    昼間から電灯をつけて毎日向かった机。沢山の言葉が浮び、消され、書かれていった。時に絶望し、焦慮し、虚脱感に襲われた。メニエール氏病の目まい止めの薬と水の入ったコップを机に置いて、発作に備えたりした。
    その絶望もここでは王冠のように輝いていた。

小林美代子「蝕まれた虹」
 
                                    

 輝いていた王冠は、文学賞によって得た名誉ではない。あがくように文章を書き、生活してきたこれまでの毎日だ。小林美代子が残した詩がはたして詩人の死後の勝利を獲得したのか、断言する自信はない。詩人としても敗北だったかもしれない。しかし、彼女は絶望にそそのかされるように書くことで、王冠を得ることができたのだ。ここにある満たされた思いは困難を受け入れたからこそ得られたものだ。けれど、この場面の美しさの裏側には死があることを忘れてはいけない。生を終える直前の老人が持つ美しさ、そのかけがえなさは死に担保されている。この小説は終焉への準備が描かれている。
 困難にある者が、死の充足を選ぶか、現実との対峙を続けるか、それは彼しだいだ。彼は自らの困難について、人生を振り返り、書く。人々に読まれることとその名誉を得たいとは思っているものの、結果として得られなかったとしても、書いた後の人生で祈り続ける。辛く厳しい闘いはいつまでも終わらない。その現実に抗っていくための祈り。



つらく苦しいことを受け入れること。受け入れたことがつらさにはね返って、つらさを減らすというのではいけない。そうでないと、受け入れるということの力と純粋さが、それに応じて減ってしまう。というのも、受け入れの目的は、つらく苦しいことをつらく苦しいこととして受け取るのであって、それ以外のことでない。――イワン・カラマーゾフにならって、言うこと。ただひとりの子どものただ一滴の涙をもつぐなうにたるものは何ひとつないと。それにもかかわらず、あらゆる涙を、そして涙よりはるかにまさった無数のおそろしい事柄を受け入れること。これらの事柄には、なにかしらつぐないになるものが含まれているからというので受け入れるのでなく、その事柄自体を受け入れること。それらは存在するからというだけで、それらが存在することを認めること。
 
                シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』(田辺保訳)
 


 困難を受け入れることは尊い。しかし、そこには諦めがあるのではあるまいか。死の衣裳ゆえの美しさなのではあるまいか。超越へと繋がる可能性を持っているからこそ、その過酷さに人は耐えられないのではあるまいか。書くことが認められてもそうでなくても、満たされない気持ちこそが、現実への抵抗と生への道筋になる。小林美代子の小説に向き合うことは、現代を生きる、多くの困難者に向き合うことだ。インターネットに溢れる言葉の底と通じているものが彼女の小説にはあって、困難に生きる者の表現したいという欲求の数奇な事例として私は単行本『蝕まれた虹』のページをめくり、収められた何作かの作品を読み直すのだ。

                                                      〈了〉

(本郷保長)