『角切りトマトと生姜の冷やし豚しゃぶ丼』(クローズアップ)
(写真:『角切りトマトと生姜の冷やし豚しゃぶ丼』拡大)
 
あ、いいじゃん、そういうのは!ふて腐れた表情の首相が、自席で足をぶらぶらさせながらそんなふうに国会でヤジったのだとかいうニュースをわたしが目にした先月のある日、いまや過ぎ去っていってしまった今年の夏は、まだ健在だった。朝の仕事を終えて新宿から最寄り駅に戻り、スーパーに向かっていたわたしは、歩きスマホをしながら、前夜の珍事を厳しく追求/擁護するネット界のヒトビトの動向をボヤンと眺めつつ、今日の昼食は何にしようかと考えていた。頭上では太陽が激しく輝き、アスファルトの照り返しは熱波のように顔を焼くのだった。冷たく、さっぱりとした、ただし麺類以外のものを、わたしは食べたかった。




『角切りトマトと生姜の冷やし豚しゃぶ丼』

◆ そのとき、FBのフィード上に、【簡単快適!冷しゃぶと千切り野菜のさわやか丼。】というブログ記事のリンクが表示されているのが、目に入った。記事は、一ヶ月以上も前に初台の『フヅクエ』が更新したもので、「まあ、いいじゃん」に対して非常に強い罵声を浴びせる某フレンドの方の近況と、「まあ、いいじゃん」自体のニュース続報のあいだに挟まれていた(皆様ご存知の通り、FBのニュースフィードは必ずしも時系列順に表示されるわけではなく、過去の更新がアトランダムに挿入されてくる)。

◆ 『フヅクエ』は、2月に書いたエントリ、【[つぎのひと]の[場所]、で撮る。Topophilia(fuzkue)】でも紹介させて頂いたスペースで、きわめて雑にまとめれば、無言がルールとして要求される特殊なブックカフェのような場所だ。飲食を主にしたところではないが、オーダーとして用意された定食などは、巷のカフェご飯と家めしをハイブリッド化させたようなテイストで、とても美味しい。

◆ その昼、冷たく、さっぱりとした、ただし麺類以外の昼食を模索していたわたしは、「あ、冷しゃぶ、しばらく作ってないな」と思い、材料を変えたものを作ることにしたのだった。

◆ 冒頭、および下の写真は、実際にわたしが作った昼食である。丼に持った飯の上に、冷ました豚しゃぶ、トマトの角切りへ生姜のみじん切りと塩を混ぜたもの、冷蔵庫に残っていたキムチ、豆もやしを乗せ、小ネギと白ゴマをふってから、仕上げに黒酢、ごま油、醤油を混ぜたタレをかけまわす。日本料理の大家である野崎洋光氏が、アテネ五輪の野球日本代表チームに帯同したとき、朝食で選手から大好評だったと語っていた『トマトご飯』に豚しゃぶを組み合わせ、さらに黒酢を利かせてみた、という感じだ。題するなら、『角切りトマトと生姜の冷やし豚しゃぶ丼』といったところか。

◆ 塩を混ぜたトマトから出る水分の旨味、生姜の香味を活かした野崎レシピでも充分に美味しいが、そこに豚しゃぶとタレを追加することで、昼飯から晩飯まで対応可能なボリュームを持った、真夏にふさわしい一品になる。キムチと豆もやしは余り物だが、塩もみしたキュウリなども良い。肉に関しては、冷やしすぎず、酒と塩麹を入れた湯でしゃぶしゃぶにし、そのまま粗熱をとった程度で充分だ。手軽で、パスタなどにも応用可能なので、是非ネット界のみなさんも作って欲しい。

『角切りトマトと生姜の冷やし豚しゃぶ丼』
(写真:『角切りトマトと生姜の冷やし豚しゃぶ丼』全景)


想像力の無限性→「前田敦子 特定秘密保護法案」と検索

◆ さて、単なる料理エントリ、飯テロ(気取って言えばフードポルノ)なら話はここで以上、終了!レシピ詳細で〆!になるのだけど、しかし、わたしはここで、もう少しばかり違う話を付け加えたいと思う。

◆ 手早く完成させた豚しゃぶ丼を食べながら、わたしは、今春に上梓された、武田砂鉄『紋切型社会』(朝日出版社)を読んでいた。武田氏とは、これも春先に発売された『Witchenkare/ウィッチンケアvol.6』で寄稿者としてご一緒した縁がある。5月くらいだったか、本屋で同書を見かけて、帯に書かれた【言葉は人の動きや思考を仕切り直すために存在するべきで、信頼よりも打破のために使われるべきだ】という宣言に共感したので、その場で購入し、しっかりと自室PC横の目に見える位置に積み、「明日から読もう」と思ったまま、季節は夏になっていた。典型的な積読病である。

◆ まあ、それは余談だからどうでもいいとして、ともかくそのとき、勢い良く肉やトマトを咀嚼しながら『紋切型社会』をちまちま読んでいたわたしは、【「前田敦子 特定秘密保護法案」と検索】(同書、P51)と書かれた一文を読んで、鼻からトマトを吹き出しそうになるのと同時に、先ほどのFBフィードを思い出し、「ははあ、確かに」と頷いたのだった。豚しゃぶ丼と、安保法案と、「まあ、いいじゃん」。

◆ 【「前田敦子 特定秘密保護法案」と検索】の一文は、【禿同。良記事。 検索可能性なんて超えられる】と題された章の中にある。章全体としてはウェブでのそれを筆頭に、タコツボ化し、対話無き硬直化した同意がグループ内で繰り返される日本人のコミュニケーション作法を批判するものだが、そこで武田氏は東浩紀の『弱いつながり 検索ワードを探す旅』(幻冬舎)を取り上げる。


 紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす   弱いつながり 検索ワードを探す旅
※ 書影およびリンクはAmazon.coから

◆ かれは、東がインターネットの機能は階級を固定する道具となり、ネット検索=他者の規定でしかものを考えられない人間を量産すると分析し、そこから逃れるには環境を変えること、移動することで偶然性を獲得し、【「より深くネットに潜るためにリアルを変える旅」をせよ】(P48)とメソッドを示すことに、疑義を呈する。【想像力を担保するために真っ先になすべき行動は、土地を移動することではなく、近場にある想像力の無限性に挑むことではないか】(P52)と。その方法の一つが、【「前田敦子 特定秘密保護法案」と検索】することだ。まったく関連性の無さそうな事柄を敢えて組み合わせ、Googleの検索アルゴリズムを撹乱すること。

◆ 『週間朝日』編集長だった扇谷正造が、目を瞑って2つの全く異なる雑誌を指さし、そこで導き出された単語から新しい特集を考えていたという話から展開される上記のアプローチは、【解剖台の上のミシンとこうもり傘の偶然の出会いのように美しい】という一節があまりに有名な『マルドロールの歌』以来、シュールレアリズムの手法としてはもはや古典的なものだろうが、ネット社会の全面化という21世紀的な状況に対して意識的に用いるならば、確かに視野を広げる(東的に言えば、【より深くネットに潜る】)一つのユニークなアプローチになり得るかもしれない。


でたらめさの価値/ノイズをブロックしない〈態度〉

◆ 試しに、検索してみよう。『豚しゃぶ 安保法制』と入力する。結果は、下記だ。

豚しゃぶ 安保法制   Google 検索


◆ さて、如何だっただろうか?結果に関してどう思うかは、人それぞれだろう。【ルッコラと豚しゃぶのサラダ】の次に、【安保法制(戦争法)と創価学会】と続くのは普通に笑えるが、わたし個人は、【篠田麻里子さんと一緒に豚しゃぶカレーを食べたいですか】という、異様なYahoo!知恵袋の質問がもっとも印象に残った。これは、元AKB48の篠田麻里子が『CoCo壱』の『豚しゃぶカレー』が好きで、週何回も通っているとかいう彼女のブログエントリから派生しているらしい。篠田麻里子にもCoCo壱の豚しゃぶカレーにも特段の関心は無いが、どうかすると統合失調症の関連妄想の如く展開する検索の連鎖は、方法的意識をもって接するぶんには、確かに、なかなか面白い。

◆ あの夏の日、わたしのFBフィードにフヅクエの『冷しゃぶ丼』と『安保法案』と、「まあ、いいじゃん」が並んでいたのは偶然にしか過ぎないが、わたしのフレンドにはさまざまな(ネットスラングで言うところの)『クラスタ』の人たちが存在しているため、検索を行わずとも、上記のような、【前田敦子 特定秘密保護法案】的な事態はときおり発生し得るのだ。

◆ そして、より積極的に、意図的にそれらを引き起こそうとするなら、わざと全く関連性の無い人たちを、有名無名問わずフォローすればよい。Twitterならば、さらに膨大な数の人々を〈でたらめ〉にリスト管理することで、統計的に意味のあるビッグデータなどというものではない、ミクロな混沌を知ることができる。

◆ 通常、リストは膨大な数のアカウントをクラスタに分類してまとめ、効率的にツイートを読むことを目的に作られるが、それでは【より深くネットに潜る】ことはできない。 3.11の震災直後でもAV女優のツイートとラーメン屋の割引情報をbotのごとくひたすらRTし続けているようなアカウント(実際にそういう人はいた)は一見ただの異常者だが、そうしたノイズをブロックしないことこそ、武田氏が言う【近場にある想像力の無限性に挑む】ことだと、わたしには思える。

◆ よく、「私のTLではみんな原発/安保法制に反対/賛成しているのに世間は!」などとマジギレしている人をTwitterでは見かけるが、それは単に、いま自分が対立する意見を排除し、純化された世界を見ていることに、気付けないだけだ。彼彼女たちの想像力は、死んでいる。【コミュニケーションにおいて本当に必要なのは、そのコミュニケーションの「保有」より、舞台全体を把握する「視野」と、異なる意見を受け止める「態度」じゃないのか】(同書、P57)


おまけ(レシピと処方箋)

◆ 9月に入り、ここ最近は雨が続いて、しゃぶはしゃぶでも普通にしゃぶしゃぶだろ、という陽気に変わっていたが、きょうは久しぶりに30度を突破した。せっかくこのエントリに取り組んだこともあり、再びトマトの豚しゃぶ丼を作って食べながら、いま、追記を書いている。お昼のニュースは、「まあ、いいじゃん」と首相が逆ギレした大本の理由である安保法案の参院採決が、14日以降に行われる見通しだと伝えている。野党は激しく反発しているが、法に則った手続きが粛々と行われ、法案は可決するだろう。

◆ 個人的には可決が否決かは問題ではなく、現実に則した運用をどうするかの議論がより重要だと思っているが、このエントリではその細部には立ち入らない。首相も含めて、それこそ戦争でもするのかというぐらいにテンションの高まっている人たち全員に、「まあ、いいじゃん、頭冷やせよ」とだけお伝えしたい。

◆ とりあえず、下記に従って、豚しゃぶ丼でも作ってみてはどうだろうか。よしながふみ『きのう何食べた?』(講談社)で、ベテラン主婦の佳代子さんも以下のように言っているではないか。「料理作ってる時ってちょっと無心になれるじゃない?だからごはん作るだけでイヤな事あってもけっこうリセット出来んのよねあたし」(1巻、P148)



『材料:一人前』
 
  • 豚肉(しゃぶしゃぶ用か薄切り肉):70g~好みの量
  • トマト:大一個
  • しょうが:微塵切りで大さじ2程度
  • ご飯:茶碗一杯から一杯半
  • 小ネギ:適宜
  • 白煎りゴマ:
  • 黒酢(無ければ米酢、穀物酢でも):大さじ1~好みの量
  • ごま油:小さじ1
  • 醤油:小さじ半
  • 塩:小さじ半弱
(以下はお好みで)
  • キムチ:20g
  • もやし:50g
  • キュウリ:3分の1本

『作り方』

  1. 豚肉は、あれば塩麹を揉み込んで1時間ばかりおき、無ければそのまま酒(分量外)をどぼりどぼりと足した湯を沸騰させ、少し温度を下げてから一枚ずつ開くようにしゃぶしゃぶする。熱が入ったら皿かバットに上げ、余熱をとる(時間が無ければ氷水で冷やして水気をふく)。
  2. トマトは湯むきをし、角切りにして塩を混ぜて5分ほどおいたのち、微塵切りにした生姜と混ぜ合わせる。小ネギはキッチン鋏などで小口切りにする。
  3. キュウリは千切りにし、塩もみ(分量外)し、少しおく。もやしはさっと茹でて(豚肉を茹でる前の湯でもよい)水にとおし、これも塩もみする(分量外)。
  4. 米が炊きあがり、肉が冷め、トマト、きゅうりなどから水分が出るまでのあいだ、テレビで安保法案の審議を観る。ネットで怒っている人たちの様子を観察する。人の振り見て我が振り直したりする。
  5. 丼に飯を盛り、トマトを汁ごとのせ、上から豚肉、キムチ、キュウリ、もやしを盛る。黒酢、ごま油、醤油を混ぜたタレをかけまわし、白煎りゴマ、小ネギをふって完成。※ 黒酢は好みでさらに追加してもよい
  6. 食べるときは、ネットを切断し、テレビを消す
  7. 食べ終えたら、このエントリに、いいね!を押すか、Twitterで拡散する