カラー表紙(枠)
"Witchenkare" (撮影:東間 嶺、以下すべて同じ)

告知

◆ 既に公式でもお知らせしていますが、今年も、特殊で小型な文芸創作誌『Witchenkare(ウィッチンケア)』のvol.6に『ウィー・アー・ピーピング』というテクストを寄稿しました。1日に正式発行され、Amazonで取り扱いが開始されています。(運が良ければ!)全国の主要書店でも遭遇→お買い求め頂けるでしょう。昨年発行のvol.5同様、時間的、精神的、金銭的な余裕がある方は、是非ご一読下さい。



『ウィー・アー・ピーピング』

◆ 今回の寄稿は、前記したように3500字超のごくごく短い短い〈小説〉だ。ミロスラフ・ティッシーという、チェコ・スロヴァキアに生きた極めて特殊な物故美術家と、『American Suburb X』の主宰者にしてGoogle Street Viewのキャプチャ写真集『A New American Picture』の作者であるダグ・リカードをモチーフに、〈わたし〉が、かれらとかれらに関連したあれこれのことを一人称で物語る、という体になっている。虚構ではあるものの、記される事柄は多分に私小説的でもあり、意識としては『私評説』、みたいな感じだろうか(それがふさわしい造語かは分からないけれども、とりあえず語呂は悪くない気がする)。

◆ 東浩紀は、桜坂洋との共著である『キャラクターズ』で、【〔…〕そもそも批評などキャラクター小説と同じくらいに虚構的なものなのだ〔…〕(p11)】と書いていたが、わたしの形式的な意識も、そんな具合な程度のものである。あの小説も、キャラクターたるあずまんが実にぺらぺらとよく喋っていたものだ。

本文(枠)

◆ ミロスラフ・ティッシーは、最近なぜかまとめサイトを中心に局所的な情報拡散が起きたりもしているので、美術や写真に興味を持っている層以外への知名度も上がっているのだろうか。

◆ 自作のカメラによる膨大な、それはもう膨大な数の、そして殆どゴミ屑のような紙焼きに留められたチェコ女性の〈盗撮〉によってアートな業界へと認知されたティッシーは、近代以降に見出され、とっくに息の根を止められたはずの〈芸術家〉の〈特殊な生〉=〈神話〉を体現する存在として、21世紀のグローバルな世界に登場した。

◆ 天才を持つが故に狂人のように振る舞い、弾圧され、忘れ去られる。そして死の直前、あるいは死後、再び作品と共に〈発見〉される。狂気と聖性を同時に体現し、悲劇から栄光へ上昇する。世紀をまたいで尚、このような殆ど漫画的な生があり得るのだという驚きが、ティッシーの異様さを際立たせていた。

◆ わたしがティッシーを知ったのは、田中長徳がかつて『新潮』に連載していた『屋根裏プラハ』を読んだからなのだけど(そういえばあれは震災直前のことで、まだティッシーはキヨフの病院で生きていた)、いまかれの写真をネットや紙の作品集で見ると、そのあまりに〈神話〉的な生を別にすれば、特異性というより意図せざる現代性、共通性こそが強く印象に残る。

Die Stadt der Frauen ( Miroslav Tichý )
Kehrer Verlag Heidelberg刊 『Die Stadt der Frauen』 

◆ パンツの紐やボール紙で作られた自作カメラ、それによって生み出された、極度に不鮮明な女たちの像。ぼろぼろの模造紙へ貼り付けられ、手描きのフレームが歪に描き加えられた物体としての彼女たちの姿は、確かにあまりに不穏な美しさに満ちている。

◆ しかし、ティッシーが対象へ投げかける視線自体は、わたしたちも抱えるありふれた窃視的欲望の発露だ。かれは異性にのみ限定して、それを偏執的な具体物に仕立てあげたわけだけど、奇形的に発達した新世紀の情報テクノロジーは、WEBを媒介にして世界中の人々の〈視る/撮る/うpする〉欲望に全面的な解放を促し、殆ど露出狂にも近い状態へと誘導する。いまや誰もがティッシーの行いと無縁ではいられない。

◆ WEBのオルタナティブ・メディアを運営する有能な編集者でもあるリカードは、そうしたカオティックな状況を極めて適切に表現している。


わたしたちの誰もが、侵略し、徴用し、支配することができる。それを蓄積し、操作し、ふるいにかけ、取り込み、吐き出すことができるのだ。

若林恵『「隠し撮り」の正義の話をしよう』(IMA 2014 Summer Vol.8) 
 

selfie   Google 検索 スマートオブジェクト-2a
"selfie"(Google Images)

渋谷 路上   Google 検索 スマートオブジェクト-1
"SHIBUYA/渋谷"(Google Street View)


◆ そして、合衆国へ反旗を翻したCIA局員が明らかにしたように、現世の〈ビッグブラザー〉によって、それらわたし/たちの電子化された欲望はオートマチックに収集され、カテゴライズされ、ラベリングされ、蓄積され、しかし殆ど目的を見失った監視のための監視の記録として、電子の雲へアーカイブされ続けている。かれらの監視の精度たるや、ティッシーを監視していたチェコ共産党の素朴さとはまさに銀河遥か、数億光年の彼方ほどに隔たっている。


Street View   Google 検索 スマートオブジェクト-1
"Street View"(Google Street View)

surveillance camera picture   Google 検索 スマートオブジェクト-1
surveillance camera picture(Google Images)


◆ 誰もが〈侵略〉し、〈徴用〉し、〈支配〉する/される世界、それを〈蓄積〉し、〈操作〉し、〈ふるい〉にかけ、〈取り込〉み、〈吐き出〉せる/される世界。

◆ そのような時間と空間の中で、ティッシーの〈芸術〉について真摯に接しようとすることとは、オブジェとしてのカメラや膨大で箱いっぱいの紙焼きの山にアウトサイダーの聖性を見出し、異形として神格化することではない。

◆ わたしたちと同じ欲望を持った、生身のへんた…人間の営為として接すること、どのようにわたしたちと違うかを探そうとするのではなく、どのように同じであるかを見出そうとすることだ。アイアムアノットアベでもアイアムケンジでもなく、しかしどちらでもある。わたしたちはアベでありケンジである。

◆ …というのは些か飛躍した付言というか時事ネタというか、だけれども、ともかくまあ、そんなことを思いながらわたしは今回の寄稿作を書いたわけなのだ。We are peeping!

Miroslav Tichy´(Google Images)
Miroslav Tichy´(Google Images)

(了)