(本文、デジタル画像編集、構成/東間 嶺、以下すべて同じ)
最後の歌
サクテンに連泊した時ほどではないが、明け方に体調を崩して、薬のお世話になった。そんなに疲れているとは思えなかったが、情緒の方がへとへとなのだろう。ブータン入国以来、いやカリフォルニアの自宅を出発以来、いろんなことがありすぎた。
気持ちのよい寝覚めではなかったが、予定通りに出発の準備をして、9時にホテルの車寄せでジャムソーとネテンを待った。ふたりともまだ来ていなくて、ポーチに置かれたテーブルで日記を書いた。
しばらくすると、向こうから二人そろってこちらへ歩いてくるのが見えた。彼らは「食べるから」という仕草をして、そのままキッチンへ続く階段を上って行った。昨夜、「急ぐことはないから」と言われていたので、こんなことじゃないかと思ったが、案の定だ。でも本当に急ぐ必要はないので、テーブルで日記を書き続けた。
アジア系の団体さんを乗せたバスがホテルに到着した。早朝のフライトでパロ空港に到着したのだろう。ホテルの建物のブータン風の外装や庭園に感激したツーリストたちが、楽しそうに記念撮影している。
もしグループで旅行したら、私もあんなふうに振舞うのかなあと、ぼんやりと彼らの行動を眺めていた。
そのあいだ、ホテルの従業員たちが色とりどりのラゲッジをバスから積み下ろす。荷物を下ろすと、ツーリストたちはバスで出発した。私が昨日見学したパロのゾンか、それともタクサン僧院へ向かうのだろうか。
団体さんがいなくなり、静かになったあたりでジャムソーたちが来た。荷物をSUVに積んで、こちらも出発だ。いつものように、ネテンがカーステレオでマリンサの歌をかけた。条件反射で歌ってしまう。ずいぶん歌ったけど、これで歌いおさめだ。
「お気に入りの歌、もう一回、聞く?」
ネテンがリモコンを操作して、よく歌っていた歌を探してくれた。
「カディンチェラ、ネテン。この歌を歌うのも、最後だね」
どういう意味の歌なんだか知らないが、歌っていたほうが気が楽だった。空港はホテルのすぐ近くで、すぐに到着するだろう。空港で私を降ろせば、彼らは20日ぶりの休日になる。ネテンは一週間休んだ後、6日間のツアーの仕事があるという。
「しばらくは、ゆっくりできるね」
「そうだなー。いろいろ考えたいこともあるしね」
ネテンとジャムソーは、ゾンカ語で何か喋っている。どうしてジャムソーが私にいきなりこういうことを言ったのか、わからない。
「ネテンはさ、フィアンセがいたんだけど、つい最近、結婚話が流れちゃったんだ」
「えええ~!」
そういえば昨夜、キレちゃんと私の話を真面目な様子で聞いていて、ちょっと不思議に思ったのだ。そういうことだったのか。ネテンが言う。
「だから、頭の整理をしたくてさ。一週間休みになるから、ちょうどいいや、って」
「そうだったの…。残念だったね」
「うん」
こんなことを言うべきかどうか迷ったが、私は小さめの声でネテンに言った。
「ネテン、今の仕事、やめなよ」
「?なんで?」
「…私、もし自分が結婚するんだったら、いつも旅行している男の人はイヤだな」
「うええ~!」
ネテンだけではなく、ジャムソーまで大きな声を上げたので、こっちがびっくりした。でもそんなことはどうでもいい。時間がない。自分がネテンの気持ちに共感できることを表現したかった。私はトートバッグの中から、いつも持ち歩いている小さなクマのぬいぐるみを取り出した。
「私の友だちを知ってる?」
私はクマをネテンに見せた。車はもう滑走路に沿った道を走っていた。
「これはね、私の昔の恋人の持ち物だったの。もう何年も前に別れてしまったけど…そのあと、彼は…4年前に自殺した」
びっくりしたネテンが、カーステレオのボリュームを下げた。ああ、またネテンをびっくりさせてしまった。
「自殺したことがわかって、本当に混乱した。でもね、今はもう大丈夫なんだよ。本当に大丈夫。これからも、大丈夫だと思う。だから、私たちはみんな、きっと、大丈夫だと思う。この先もずっと」
私は無理やり話を完結させた。もう空港の入り口だった。ネテンが車を停める。もうこれ以上、話すことはなかった。ジャムソーが車の後ろから荷物をおろす間、ネテンに言った。
「どうもありがとう。元気で。ビジネスがうまくいきますように。それからよい交際相手が見つかるといいね」
「うん、ありがとう。サツキも元気でね」
空港入り口のドアは目の前だ。ほんの数歩の距離だったが、ジャムソーが荷物を運んでくれた。別れの挨拶に、何を言えばいいのか見当がつかなかった。
「…本当にどうもありがとう」
「うん」
「この次タクサン僧院へいったら、穴から落っこちたツーリストがいるって、思い出してよね」
「そうだね。気をつけて帰って。最後までよい旅を!」
「ありがとう。明日からの休日を楽しんでね」
ハグして別れた。ブータンにも日本にもそんな習慣があるとは思えなかったが、英語で話していればそういうこともあるかもしれない。
空の上から
建物はそこそこ大きいが、パロの空港の規模は本当に小さかった。
入り口のドアでジャムソーたちと別れ、フライトチェックインのあとセキュリティを通り出国手続きをして搭乗ゲートに行くまで、10分かからなかった。搭乗案内までまだ時間がある。イスに座り日記帳を広げたが、日記は書かずに、車を降りる直前の会話を思い返していた。
ブータンの旅は終わった。
初日に冗談で話したように、あのふたりが実は日本語ぺらぺらでびっくり、ということはなかった。でも最後の5分で、私たち3人には何かどこか似ている所があるのはわかった。ブータン人でも日本人でも、生きていればいろいろなことがある。だから、3人とも『地雷』があるのは、不思議ではないかもしれない。
その3人で思いがけず18日間も旅行することになってしまったが、私のガイドとドライバーを手配したのはほぼ間違いなくカルマであることを考えると、ただの偶然ではないように思えてくる。大体、『カルマ』という名前自体そういうことを連想させる。物事はカルマ、業に従ってめぐり合い、反応し、変化してゆくのだ。
そんなことを考えながらも、搭乗ゲートでひとりで座っていると、旅は終わったということを自覚せざるを得なかった。
これから飛行機に乗り、着陸すればバンコクだ。あの混沌の中へひとりで飛び込んでいくのかと思うと気が重かったし、正直なところ孤独感に押しつぶされそうだった。カリフォルニアの自宅までの移動が、飲み込んだ胃カメラを取り出す時のように、不快で不自然な時間の巻き戻しに思えた。しっかりしないと。
定刻に搭乗案内があり、指示に従って飛行機に乗り込んだ。
グワハティまでのフライトと同様、ガラガラだ。私と同じ列の、一番向こうの座席はお坊さんだった。静かな表情で、器用にスマートフォンを操作している。私にもし信仰があれば、こんな時でも情緒を保っていられるのだろうか。離陸に備えてシートベルトを締めて、私は非常に落ち着いて不安でもなんでもなかったが、納得しきれないものが心のどこかにひっかかっている。
飛行機は滑走路の端まで移動し、ターンして、走り出した。
離陸し、どんどん高度を上げる。
カーブした道が心細げに走る山だらけのブータンの大地が眼下に見えたと思うと、飛行機はすぐに厚い雲の層に突っ込んだ。それを突き抜けると、周りじゅう真っ青な空だった。
見えるはずのないブータンの大地をもう一度見たくて、窓から後方を眺めた。もうブータンは見えなかったが、私の目に飛び込んできたのは、今まで見たことのない大きさの大地の塊で、それが親知らずのように厚い雲を突き抜けて空に向かってそびえていた。
ブータンヒマラヤだ。
ブータンを旅行中、「眺めがいい」というところに行くといつも濃い霧で、ヒマラヤの峰々を見ることは一度もなかった。
雲に覆われた大地を、その上に何があるか知らずに、私は18日間もさまよっていた。
ブータンを離れて初めて、その大地の上に何があったのかわかったのだった。
私はきっと、今でも根本的なことはわかっていないのだと思う。
地面を歩き回っているあいだ、ヒマラヤがあるのに気がつかなかったように。
【ブータンのあとで】ブータンについて---26へ続く