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お気に入りで毎日のように買っていたアイスの取り扱いがなくなるとの知らせに悲しみ、自分の生活の中で唯一といっても過言ではない楽しみはこんなに簡単に奪われていいものなのか、自分は毎日のように買っているのに不人気で販売中止とは不条理ではないだろうかと問う客、共感を覚える店員、後日、例のアイスのアップグレード版が発売になる、ここだけの話なんですけど、と伝える店員、大喜びして発売日を待ちわびる客、当日、喜んで買う客、その喜びにすごくほっこりする時間だったねと喜び合う店員たち、後日、全然別物じゃないか、前のやつのケミカルな味が好きだったのに、期待を持たせてそこから突き落とすとはどういうことだ、ひどい、上の人間を呼んで、店長じゃ話にならない、本社の人間を呼んで、と要求する客。勝手に期待してんじゃねーよと突き放す本社スタッフ。私が全部いけなかった、間違えた情報を伝えて期待させてしまった、責任を取る、といって辞める店員。

という場面が昨日見てきたチェルフィッチュの『スーパープレミアムソフトWバニラリッチ』にあった。

コンビニを舞台にバッハが流れ続ける中、いろいろな立場というかスタンスの人があれこれ喋ったり動いたりする演劇で、とても笑ったのだけど、チャラチャラーっと楽しんでおしまいにできるようなものではいささかもなく、「うわーなんかいろいろー」と思って劇場をあとにした。

なんというか上述の場面は僕はなんだかすごく本当に嫌だなーと思って、飲食業というか接客業というかをやっている身としてもとても。
僕はなんというか接客というのはどこまで人間らしく振る舞えるかだと思っている節があって、機械のような接客に触れるといつも嫌な気分になるというか、一体なんのための人間なんだよみたいな気分になるのだけど、人間らしい振る舞いというのはいつだってリスクがつきまとう。失敗の可能性をはらむ。

この例で言えば、店員であるみずたにさんは失意のお客さんに喜んでもらいたいという気持ちで新商品の情報を先に伝えたわけだけど、彼女が伝えた情報は間違っていて(スーパープレミアムソフトWバニラリッチはスーパーソフトバニラ(記憶曖昧)のアップグレード版ではなく別の商品だった)、その結果としてお客さんを落胆させてしまったと。
これはみずたにさんが人間らしく振る舞ったために起こった失敗だ。
で、誰にそうしろと言われたわけでもないが、みずたにさんは店を「辞任」した。

なんというか、もうものすごい不健全だなとげんなりするというか。そしてこの不健全な感じって消費の場でも政治の場でもインターネットの場でもよく見るよねという感じで、すごく嫌な気分になった。
失敗の対価が高過ぎるというか、失敗に対するあれこれが全部間違っているというか。みずたにさんはその場で謝ることで済ませるべきだし、それでお客さんの気が済まないとしても店長がそこで食い止めるべきだし、というか。お客さんの全能感みたいなものをこの社会的なものがこれまでちょっと認めすぎたんじゃないかという気になるというか。要求を発すると要求が聞かれて、じゃあもっと要求して、という全能感のインフレみたいなものが、あれ、デフレ?スタグフレーション?わかんないけど、そもそもなんとかレーションを使う必要性がなかったのだけど、まあその、全能感のあれが起きているというか。あ、エスカレーション?

なんというか、ミスがないかわりに冷たく機械的な社会と、失敗が起きうるかわりに人間らしい振る舞いがある社会と、って考えたときに僕は絶対後者がいいなーと思って、だとしたらもっと人は人の失敗に寛容にならないといけないよね、と思うのだけど、どうなのか。僕自身ももっとちゃんと期待値を下げるべきというか。でも適正な低さの期待値の設定ってなかなか難しいよねとか。
あと、失敗したときの振る舞いがちょっとあまりに卑屈すぎるというか、僕たちはもっと毅然と失敗に対応するべきじゃないかというか。萎縮して何もできなくなる、無難なことしかできなくなる社会なんて面白いわけがないというか。

とかなんとか、なんかすごい大まじめに色々と考えてしまったし見たあとに友達と飯食いながらそういう話をあれこれ長い時間かけてしちゃったのだけど、どれだけ真面目なリアクションをしているんだろう、と笑ってしまったし、このリアクションはこの演劇が喚起するあれこれのほんの一部でしかないし、みずたにさんを演じる川崎麻里子の一挙手一投足がなんでこんなにっていうくらいに感動的だったし、店長が迎えるクライマックスも、いがらしとうさみのそれぞれのありようも、まみやSVが語る創世記も、客1がコンビニに見出す生きる拠り所も、客2が感じる不自由と自由も、どれも素晴らしく充実したものだった。

なお昨夜、無性にアイスクリームが食べたくなってコンビニに買いに走った。本当に簡単なもんだなと思った。
 


転載元:【fuzkue(フヅクエ)】 2014年12月19日更新 
著者:【阿久津隆】 "初台で店(fuzkue)をやっています。読書(近年はラテンアメリカ文学が特に)と映画と野球とコーヒーとヒップホップが好きです。Twitter→https://twitter.com/akttkc "