【ブータン国旗】 画像出典:Amazon(http://www.amazon.co.jp/dp/B002SXUFYI)
その国に、何があるのか
《幸福の国》という軽薄なコピーで語られることの多いブータンという国に、幸福以外の何があるのだろう。8月も終わる頃、私の知人がフェイスブックでブータンについての記事をシェアした。それは仏教系の英文サイトに掲載された米国人ジャーナリスト、Madeline Drexlerのインタビュー記事だった。リサーチジャーナリストという肩書を持つ彼女はブータンを訪問し、今ではすっかり有名になったGross National Happiness (GNH、国民総幸福量)について記事を書いたのだという。
テーラヴァーダ仏教について学んでいるというDrexlerは特に《ブータンマニア》ということはないようだ。彼女の書いたGNHについての記事は今は一般公開されていないが、ブータンに寄せる関心と愛情だけではなく、ブータンの現況やGNHが科学的に説明・分析されていて、バランスよく書けていると思った。
ブータンは小さな国だ。日本のメディアではよく「九州と同じくらい」と説明されているが、関東の人には「関東よりひとまわり大きい」と言えばわかりやすいだろう。その国土に、73万人の人々が暮らしている。山深い国で、Google Mapでサーチすると画面のほぼ全部が緑色だ。北の国境はチベット(中国)に接している。それ以外の部分はインドとの国境で、地理的にはインドのおまけみたいな所だ。輸出・輸入とも、最大の相手国はインドである。
《幸福の国》という宣伝文句を外してしまえば、平凡な途上国だ。平均寿命は男性68才、女性70才。日本人より10年以上短命だ。乳児死亡率は医療の充実度の指標にもなるが、日本では出生1,000に対して死亡が2であるのに対して、ブータンは38。識字率は53パーセント。国民一人当たり国内総生産は7,000ドル、日本の5分の1以下だ。多くの人はヴァジュラ・ヤーナ仏教(密教系仏教)を信仰し、宗教は行政や日常生活に深く結びついているが、信仰の自由は保証されている。
※ データはCIA The World Fact bookから。TWFBについては以下Wikipediaより → 『ザ・ワールド・ファクトブック』(ISSN 1553-8133、『CIAワールドファクトブック』とも呼ばれる)[1]は、世界各国に関する情報を年鑑形式でまとめたアメリカ合衆国中央情報局 (CIA) の年次刊行物。このファクトブックは、世界中のあわせて268の国家、属領その他の地域について人口統計、地理、通信、政治、経済、軍事の2、3ページの要約を提供している)
ブータンに行く理由
上述のインタビュー記事中、Drexlerはなぜブータンへ行くことにしたのか語っている。
「2000年からテーラヴァーダ仏教を学んでいるので、日常生活でもできるだけその教えに従うようにしています。ブータンの人々が信仰するのはヴァジュラ・ヤーナ仏教ですが、彼らは信仰の大部分を幼児期から生活の中で学びます。成人してから本を読んで学ぶのではないのです。私は西洋の枠組みに従って行われた研究からではなく、実際にそういった人々と過ごすことによって、その信仰を理解したかったのです」
Drexlerの記事は示唆に富むものだったが、私が理解したことはふたつあった。
ブータンは発展途上国であること。ブータンは発展を望んでいること。
社会経済の発展が多かれ少なかれ弊害をもたらすことは、今はもう世界中の人が知っている。私が80年代から90年代にかけて訪問した場所で、発展とともにすっかり変わってしまったところも多い。もちろん悪いことばかりではない、いいことだってある。インフラが整って、快適な生活が送れるようになったかもしれない。安くてきれいな品物、あるいは品質の良い食品が手軽に買えるようになったかもしれない。「昔のまま」を望むのは、訪問者の身勝手でしかない。
GNHを標榜するブータンがどのように発展してゆくのかわからない。
でも、変化しないということはありえないだろう。
でも、変化しないということはありえないだろう。
それだったら、《変化》が起こる前にブータンを訪問したほうがいいのではないか?
成り行きなのか、情熱なのか
ブータンの旅行について、ネットで調べた。渡航者数の制限はないことはわかったが、海外からの旅行者は原則的にブータンの旅行代理業者を利用してブータン国内での行動の段取りをつけてもらい、旅行代金を前払いする。費用はどれくらいになるだろう。ブータン政府は、1日当たりの旅行費用を定めている。人数や季節によって違うが、1日250ドルが目安だ。鄙びた土地を旅行するのにこんなにお金をかけるのは矛盾しているような印象だが、最大の収益を上げつつ環境や文化へのインパクトは最小限に抑えるのが、ブータンの政府方針だ。ともかく、安旅はできない。
他の国と比べて、ブータンの旅行情報は格段に少ない。自分で調べて日程を組んで手配してもらうより、グループ旅行に申し込んだほうがよいだろう。同じグループにどんな旅行者がいるかわからない、というリスクはある。狂信的な環境保護主義者に、旅行の間じゅう捕鯨の話でもふっかけられたら、たまったものではない。私はそういう人物を適当にあしらうのは得意ではない。でも、リスクばかり考えていると何もできない。問い合わせだけでもしてみようと、グループ旅行の情報を探してみた。
アメリカの旅行代理店が主催するグループ旅行も、ブータンの旅行代理店が主催するグループ旅行も、似たり寄ったりだ。アメリカ国内の旅行代理店を利用すれば、便利なことも多いだろう。でも前述の政府方針のため、アメリカの代理店も、ブータン国内の旅行手配はブータンの代理店に外注せざるをえない。個人でブータンの代理店を利用する場合、往復のフライトやビザ準備の煩わしさはあるが、旅行先の細かい手配はやりやすいかもしれない。
グループ旅行には、トレッキングを組み込んだものも多かった。せっかくだから、トレッキングをしてみようか。私は野山を歩くのは好きだ。でも、一人で泊りがけのハイキングをするほどのスキルはないし、かといってガイドや荷役のスタッフにサポートされながら山を歩くのは、贅沢者の野趣好みのようでこれまで受け入れることができなかった。でも年齢も50を超え、最近は自分を甘やかすことに後ろめたさを感じなくなってきた。野山を歩くときに、キャンプの装備を動物に運んでもらってもいいんじゃないだろうか?キャンプ地での食事を、誰か他の人に用意してもらってもいいんじゃないだろうか?
そういった心情の変化とは別の、もっと大きな要因もあった。自分の身体年齢だ。
今ならトレッキングに必要な体力も気力もあるけど、10年後も同じコンディションを維持できるかどうかわからない。
トレッキングに参加するなら、今しかない。
今ならトレッキングに必要な体力も気力もあるけど、10年後も同じコンディションを維持できるかどうかわからない。
トレッキングに参加するなら、今しかない。
往復24日かけて標高5000メートルの峠を目指そうとは思わないが、ロッジに泊まりながら3日間里山を歩くのでは物足りない気がする。いろいろ探して、7日間のトレッキングの入ったコースを見つけた。出発は11月初旬だ。まだ空きがあるかどうか、今年のツアーに申し込むとしたらいつ頃までに申し込めばいいか、問い合わせのメールを送った。
主催は、ブータンの旅行代理店だった。
主催は、ブータンの旅行代理店だった。