さえき近影【Portrait:Depressed patients(Saeki Utubo Kazuhiko)】
(撮影・編集/東間 嶺、以下すべて同じ)
ウツノウミカラ、キカンセヨ!censored 再開にあたって
掲題の通り、中断していたうつ日記の 公開を2012年9月分より再開することにした。理由は二つあって、ひとつは志半ばで中断していたこの日記を読みものとして完結させたいという気持ちがあること、ふたつめはこれを再開することで、すこしでも精神疾患(うつ病など)をお持ちの読者の方々の慰安・勇気付けになればと願うからである。ちなみに筆者は2009年の夏に発病して以来、約5年にわたって現在もなおうつ病の治療中である。
以前、この日記が中断された理由をいま明らかにすると、筆者の家族から、無断で各人についての記述を公開することはプライバシーの侵害にあたると抗議されたことにあり、現在よりも格段に症状が重かったわたしは、その声にうまく応じてコンテンツの軌道修正を図る余裕がなかったことにある。
というわけで、今回タイトルに"censored" と加えて記しているのは、文字通り(自己)検閲済みという意味であり、検閲の方法は前述の該当部分を泣く泣く削除したり、伏せ字にしたことによる。筆者の 家族や親族、友人らについての生々しい描写が十全にできないことは残念だが、一億総インターネット接続時代の代償であることをご賢察頂ければ幸いである。
それでは、お楽しみください。
さえき 拝
(2012年12月)
12月1日(無職125日目)
とうとう12月である。10時起床。やる気がでない。しかたなく両親不在をいいことにウィスキーを舐めながら、昨晩FさんにもらったコンピレーションCDを聴く。ほんわかしたレゲエやスカのおかげで少しばかりほっこりした上にうたた寝した。夕方、昨晩録画されたNHKのユーミン特番を観る。ユーミンはキャラメル・ママと一緒に「ひこうき雲」を演奏していた。デビュー40周年だそうだ。デビュー するだけでも大変なのに、40年間活動し続けるなんて並大抵のことではないという月並みな感想を抱く。夜はチャールズ・ミンガスやクロード・ソーンヒル などを聴いてこれまたのんびり過ごした(またうたた寝をしたの意…orz)。
12月2日(無職126日目)9時起床。*に言われるがままに、実家の掃除を手伝う。12時半頃外出、花小金井へ。Fさんのお宅で、フランク・オーシャン、デイブ・ブルーベック、キング・オリバー、ララージ、エル・チカーノ、シック、ドクター・ジョンなどを聴きながら10時間近くにわたりトーク。有り難い時間を過ごすことができた。
12月3日(無職127日目)11時起床。キャベツを刻む。午後、狭山ヶ丘駅前まで散歩。帰宅して、山芋を下ろして、蓮根の炒めものを作る。両親にも好評で良かった。夕食後は、ローズマリー・クルーニーやミシェル・ルグランを聴きながらくつろいだ。
12月4日(無職128日目)10時起床。やる気がでず、清張『形影』(文春文庫)を読みながら一日中ごろごろしていた(半分寝ておりました)。夕食後、実家の近所のスポーツジムへ。25メートルプールで30分ほど泳いだ。15年ぶりくらいに泳いだら、なぜかエロチックな気分になってしまいすこし困った。
12月5日(無職129日目)9時起床。昨日と変わらず、清張『形影』(文春文庫)を読みながら一日中ごろごろ。夕食前に、近所のスポーツジムへ。昨日同様25メートルプールで30分ほど泳いだ。夜は寒くなりましたねぇ。参りますねぇ。冬だから仕方ないですが。
12月6日(無職130日目)11時起床。一日中ごろごろ。やる気がでない。夕食前に、近所のスポーツジムへ。昨日同様25メートルプールで30分ほど泳いだ。夜ごはんはカツカレー。
12月7日(無職131日目)11時頃起床。**は朝から六本木に『インドの道』展を観に行ったが、わたくしといえば、一日中自室でごろごろ。やる気がでないのもいい加減にしたい。薬の量は減っているのに…。夕食前に、近所のスポーツジムへ。昨日同様25メートルプールで30分ほど泳いだ。夜ごはんはブリの照り焼きなど。
12月8日(無職132日目)9時頃起床。食器洗いや風呂洗いを行う。正午過ぎに電車に乗り、池 袋経由丸の内線乗り換えで、銀座は松坂屋へ。4階催事場で行われた日本モダンガール協會による蓄音機の会に参加した。山口淑子、藤山一郎、川畑文子、 ディック・ミネ、淡谷のり子などのSPレコードを日本モダンガール協會會長の解説つきで、手回し蓄音機の演奏で聴く趣向の催し。14時からと16時からの 二回公演だった。その後、誘ってくださったFさんと丸の内線で新宿へ移動し、ドライカレーを食べつつ歓談。楽しい一日だった。
12月9日(無職133日目)9時半起床。午後、ほんだらけ所沢店まで歩いていき、今月の読書会の課題図書、小林多喜二『蟹工船・党生活者』(新潮文庫)を150円で買う。そのあとプールで40分ほど泳いだ。夕食後はジョン・コルトレーン『ソウルトレーン』を聴きながらくつろぐ。
12月10日(無職134日目)9時半起床。ごろごろしながら、加藤典洋『日本風景論』(講談社文芸文庫)読む。読み疲れて途中で寝る。午後、糸こんにゃくの炒めものを作る。そのあとプールへ行って、40分ほど泳いだ。夕食後は加藤典洋『日本風景論』の続きを読む。
12月11日(無職135日目)9時起床。30分ほど散歩(武蔵藤沢駅~実家)。午後、加藤典洋『日本風景論』を読む。そのあとプールへ行って、40分ほど泳いだ。
12月12日(無職136日目)9時半起床。午前中ごろごろ。午後5時過ぎより、歩いて新所沢駅まで行く。7時過ぎから2時間半ほどNさんとつぼ八で飲酒。映画『ねらわれた学園』の話が印象的だった。
12月13日(無職137日目)
10時起床。午前中ごろごろ。夕方、近所のスポーツジムのプールで40分ほど泳いだ。夕ごはんは赤魚の鍋。
12月14日(無職138日目)10時起床。正午過ぎに家を出て、西武新宿線、山手線を乗り継ぎ品川の精神科へ。精神科の待合室で松本清 張『形影』(文春文庫)読了。その後、渋谷経由で自宅近くの皮膚科を経て、世田谷区松原のまちづくりセンターで衆院・都知事・区議会の期日前投票。最高裁 判事の信任・不信任もあったな。明大前~吉祥寺~国分寺~東村山と電車を乗り継いで、午後8時過ぎに実家に帰宅。夕飯を食べたあとは、珍しくテレビニュースなど観、風呂に入ったあとは、デューク・エリントンの30年代の録音でくつろいだ。
12月15日(無職139日目)9時起床。午前中は母の年賀状印刷を手伝う。夕刻より外出。西武新宿線、西武池袋線、地下鉄有楽町、地下鉄南北線を乗り継いで溜池山王へ。19時から、サントリーホールで東京都交響楽団の定期演奏会を鑑賞し、帰宅した。演奏会についてのメモ。指揮:ヤクブ・フルシャ(チェコ)は31歳の若さ。ピアノ:ゲルハルト・オピッツ(ドイツ)は手練れ。演奏:東京都交響楽団。演目: ピアノ協奏曲第二番(バルトーク作曲。バーバリックなウィルダネスがナイス・技巧的な曲。弦の使い方も素晴らしい)、中国の不思議な役人組曲(バルトーク 作曲。クラシック音楽におけるシノワズリのあり方について今一度考えさせられる)、ガランタ舞曲(コダーイ作曲。木管楽器のアンサンブルが美しいダンス音楽・本日のベスト)。
12月16日(無職140日目)9時起床。午前中は家の掃除を手伝う。昼過ぎより外出。西武新宿線で花小金井へ。Fさんのお宅で深夜までロングトーク、ロングトーク。手塚治虫『バンパイヤ』(秋田書店サンデーコミックス版・全3巻)をお借りしてかえる。帰宅後は衆院選の結果が気になり午前3時までツィッターを見ていた。
12月17日(無職141日目)9時起床。午前中は家の掃除を手伝う。昼寝のあと、夕食のしたくをする。かじきまぐろのソテー、青菜のいためものなどを作り、**と一緒に食べる。Fさんから借りた『バンパイヤ』は全巻読んでしまった。
12月18日(無職142日目)9時起床。午前中は家の掃除を手伝う。夕刻より外出。近所のスポーツジムのプールで60分ほど泳いだ。
12月19日(無職143日目)7時半起床。午前中は家の掃除を手伝う。夕刻より外出。近所のスポーツジムのプールで60分ほど泳いだ。
12月20日(無職144日目)7時半起床。とても寒い一日でうんざり。夕刻より散歩。近所の古本屋に行ったが、特に何も買わずにかえってきた。夜はPCで久しぶりにネットサーフィンに興じるが、あっという間に深夜になったので1時頃寝た。
12月21日(無職145日目)8時起床。冬至である。昼ごはんにラーメンを作った。夕刻よりプールで60分ほど泳ぐ。夕食後、あすの読書会の課題作、小林多喜二『党生活者』を読み終えた。
12月22日(無職146日目)8時半起床。午後3時過ぎに家を出て、新所沢の駅まで歩いていく。新所沢の駅前で鯛焼きをひとつ買ってから、西武新宿行きに乗った。午後6時から新宿歌舞伎町で、2012年最後の読書会。10人集まる盛況ぶりで、皆で小林多喜二『党生活者』についていろいろと論じあった。多喜二の作品は押しも押されぬ昭和初期のプロレタリア文学であり、いま論じあうのに適切な題材かどうかは即断できないが、依頼していた荒木さんのレクチャー が素晴らしく、その素晴らしさもいまここで十全には述べられないのだが、とにかくそのレクチャーありきで、テクストを読む行為が孕む可能性のようなものが うまくメンバーに共有され、有意義なディスカッションが繰り広げられたのであった。わたしがひとつ気になったのは『党生活者』に出てくる 笠原と伊藤というふたりの女性と主人公(佐々木)の関係に、参加メンバーの多くが捕らわれていて、プロレタリア文学の従来の受容とは異なるありようを垣間 見た気がしたのだが、しかし吉本隆明が1961年に触れていたようにすでに、「政治と文学」論争で、笠原は問題化されていたのであった。その点では登場人 物のリアリティであったり、その政治的正しさであったりが議論されることは、むろん初めてではないのであろう。荒木さんが指摘されたよう に「道徳にも、過去にも、従属しない政治と文学の関係は可能か?」という問いは未だ有効である。あらゆる文学が特定の時代のくびきから逃れられないと考えれば、道徳や過去に従属とまでは言わずとも、それらと関わりを持たずに存立する政治と文学の関係はあり得ない。しかし、現代において政治と文学の関係を問うといういささか古めかしい問題設定が一般的に、否、アカデミズムにおいて依然有効かどうかは疑問とするところである。ので、その点は文学研究者である荒 木さんに一度訊ねてみることにした。
12月23日(無職147日目)天皇誕生日である。9時半起床。昼ごはんにラーメンを作る。『江戸川乱歩に愛をこめて』(光文社文庫)と いうアンソロジーを読み終え、夕方からは村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(新潮社)を読み始めた。『世界の終わり…』は実は一 度も読み通したことのない春樹の長篇なのだが、今回はどうも読み通せそうな気がする。なぜそういう気がするのかは、分からないのだが。
12月24日(無職148日目)クリスマスイブである。8時半起床。昼ごはんにそばをゆでる。掃除などしながら村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(新潮社)を読み進める。一日中、家の中にいた。
12月25日(無職149日目)クリスマスである。8時半起床。昼ごはんにラーメンをゆでる。夜は村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(新潮社)を読み進める。一日中、家の中にいた。
12月26日(無職150日目)
8時起床。実家の大掃除を手伝う。夕方、床屋に行って髪を切る。夜はやはり村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(新潮社)を読み進めた。「世界の終わり」という直球のテーマ。まぁ、純文学なんだけど、これをどんどん劣化させていくといわゆるセカイ系になるのかなぁなどと思いつつ読んでおります。しかし長い。
12月27日(無職151日目)8時起床。午前中、散歩(一時間)。プールに行く元気がない。寒いの困るなぁ。夜は村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(新潮社)を読んだ。長篇なので、なかなか読み終わらないのであった。
12月28日(無職152日目)
8時起床。朝食を済ませ、西武新宿線、山手線を乗り継いで、品川の精神科へ。電車の中ではハイデガー『存在と時間』(中公クラシックス)を読む。寒い季節は気分が上がらないのがふつうなので、3月くらいから上向いてくるでしょう、と先生。 2時前頃から東久留米の友人Fさんのお宅にお邪魔し、男二人の忘年会(但しノンアルコール)。深夜まで話はつきず、お互い来年は良い年になるようにと祈る。たまには未来に向かって祈るのも良いものだと思った。
12月29日(無職153日目)10時起床。自室の掃除をする。昼食にラーメンを作る。昼寝をしたあと、西武新宿線で新宿へ。電車の中では巖谷國士『シュルレアリスムとは何か』(ちくま学芸文庫)を読む。国分寺会(という飲み会グループ)の忘年会で、3時間ほど楽しく飲んだ。
12月30日(無職154日目)9時起床。朝から*夫婦と*がやってきてとても賑やかな一日。夕ごはんにはみんなですき焼きを食べる。夕食後、村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』をゆっくりと読み終えた。
12月31日(無職155日目)8時起床。昼寝をしたり、風呂掃除をしているうちに一日があっという間に過ぎていった。夕飯はみんなでそばを食べ、わたしはテレビで紅白歌合戦をすこしだけ観て寝た。