凡例  

1:この翻訳はジルベール・シモンドン(Girbert Simondon)が1965年から1966年まで行った講義の記録 Imagination et Invention ” (Les Editions de la Transparence, 2008)の部分訳(39-40p)である。 
2:イタリック体の文章は「」に置き換えた。書物題名は『』、強調や引用を示す《》はそのまま用い、文中の大文字表記は〈〉に替えた。〔〕は訳者による注記である。
3:訳文中の青文字は訳注が末尾についた語や表現を指し、灰文字は訳者が自信なく訳した箇所を指している。また、太字強調は訳者の判断でつけたもので、著者によるものではない。
 


5、運動的イメージと模倣 ; 共感的帰誘導の現象

 《模倣imitation》といわれている現象を考えるには、運動の知覚にとって必要なのが同じ種の別の個体によってその運動が再生されるということが考えられねばならないように思える。つまり問題は、運動や特徴的体勢を再生する主体において自発性も運動的イメージの先在も前提にしてない学習の形なのだ。実際、知覚された運動に盲従する動物における模倣の可能性を前提にした、《猿真似singerie》のような着想は、信頼に足るどのような基礎にも基づいていない。鳥には模倣のいくつか事実がある(人間言語の言葉、音楽的な様子、特種な歌の改善)。しかしこのような事実は珍しいものであり、純粋な模倣のカテゴリーよりかはむしろ先天的図式の改善perfectionnementsの一般的カテゴリーに入るものだ。長時間、手を指導をしながら記号を書くことを学ぶことはできない。これら動物たちは箱の錠のような装置でさえ、動かし方を知っている自分と同種の一匹がやっているのを見ながらでもその利用を学ぶことができないのだ。

 模倣の事実のために得られた現象は大体のケースが共感的誘導induction sympathiqueである。カッツとレーヴェースは、餌がいらなくなるまで最初は独りだけで餌をやっていたメンドリを観察しながらこの現象を発見した。餌を目にした、同種の空きっ腹の別のメンドリと一緒にすると、前者は満腹なはずなのに、後者が餌に飛びかかるまで、また食べ始める。ついばみの運動や音は、消え去ってしまっていた動機づけを再生するに等しい共感的誘導を発揮する。ついばみの振る舞いは、メンドリにとって、絶対的に先天的なものなのだから、つまり卵から出るとヒヨコはついばむことができるのだから、問題は模倣ではない。共感的誘導は動機づけの価値をもつ運動的イメージの先在を前提にしている。誘導のこのような効果は人間にもあり、とりわけ最も本能的アクティヴィティーに対して存在する。共感的誘導の様々な類型を検出するには本能的振る舞いの調査が役立つ。その結果は、食事の獲得や、集まったり、逃げ始めたり、室に入ったり、起き上がって飛び出したり…といった振る舞いに対して敏感であった。またより敏感なのがつがいの儀式(エロティックと言われている映画)や全体主義体制のプロパガンダによって利用されていた暴力の顕示(ル・ボンによってかつて研究された《群集foule》と言われていた現象)に対してであった。一時的なシークエンスの再生や伝達のあらゆるモードは共感的誘導を呼び起こすことができる。テレビ、映画、そしてまた演説や、歌や、音楽でさえそうだ(ヒトラーの演説、革命歌、軍隊の行進)。《実例の力》は共感的誘導の効果によって発揮される。それは本質的に本能的振る舞いが存在する領域の対し介入する、つまり振る舞いの初期カテゴリーに従って介入するのだ。



【訳註】

カッツとレーヴェース――カッツはダヴィッド・カッツ(David Katz, 1884-1953)で、ドイツ生まれのスウェーデンの心理学者。著書に『動物と人間』(Animals and men, 1937)や『ゲシュタルト心理学』(Gestaltpsychologie, 1944)など。レーヴェースはゲーザ・レーヴェース(Géza Révész, 1878-1955)で、ハンガリー出身の心理学者。実験心理学者として知られ、聴覚の研究から音楽的能力の研究を試みた。著書に『音響心理学基礎論』(Zur Grundlegung der Tonpsychologie, 1913)など。二人はドイツの大学で知り合っている。メンドリの実験はカッツの著書『空腹と食欲』(Hunger und Appetit, 1932)によるものか?
ル・ボン――ギュスターヴ・ル・ボン(Gustave Le Bon, 1841–1931)。フランスの社会心理学者。フランス革命などを題材にした名著『群衆心理』( La Psychologie des foules, 1895)によって、付和雷同や熱狂など群集時に特有な人間の心理状態を分析した。