凡例  

1:この翻訳はジルベール・シモンドン(Girbert Simondon)が1965年から1966年まで行った講義の記録 Imagination et Invention ” (Les Editions de la Transparence, 2008)の部分訳(32p)である。 
2:イタリック体の文章は「」に置き換えた。書物題名は『』、強調や引用を示す《》はそのまま用い、文中の大文字表記は〈〉に替えた。〔〕は訳者による注記である。
3:訳文中の青文字は訳注が末尾についた語や表現を指し、灰文字は訳者が自信なく訳した箇所を指している。また、太字強調は訳者の判断でつけたもので、著者によるものではない。
 


2、運動的イメージの個体発生的土台としての行動のシステム

 予測は単なるイニシアチブではない。それは構造や、構造それ自体と関係する一貫性や、形態などをもっている、組織されたイニシアチブだ。運動的振る舞いの予測に関するもののうちに、それら構造の生物学的土台が存在するだろうか? ――存在する。それは構造として、有機体の体の構造と運動学的力学的な等価である行動actionのシステムのかたちをして存在する。種は器官の形態や、器官相互のサイズ、その配置のモードだけではなく、行動comportementの図式によっても見分けることができる。たとえば飲み方、前進、跳躍、匍匐、対象把握の仕方などである。有機体は目に見える形や爪の数などと同じくらい明瞭な分類的価値をもつ、明瞭に定義可能な振る舞いの図式群でもあるのだ。だから、この行動の図式は可能な振る舞いの予測として、また行動の部分的なプログラムとして生物のなかにあり、それは潜勢的に有用なもので、対象遭遇の状況や応答の予測の準備のかたちで、予測に内容を提供することができる。有機体は大体において完全に、現実の対象に振る舞いを適用する前に空回りで演じてみることができる。起き上がる、攻撃する、隠れる、逃げる、向きあう。これらは生物が自らの内にプログラムを有するところの、あたかも固有の身体を有するかのような、シークエンスである。ここにあるのは、ただなされる運動の演技jeuにさえなることのある、予測の局所的アクティヴィティーにとっての土台である。状況は即興的だが、アクティヴィティーの基礎は、状況の中にいるかのように、絶えず喚起される、生物の有するその図式によって提供されている。このような運動的図式は、とりわけ目の動きに注意してみたときの、夢に顕著である。ルクレティウスは犬が眠っているときの目の動きを書きとめていた。目覚めている間でさえ、力を込めて想像された行動には最も恒常的な器官的内容である運動的予測が伴っている。ちょとした発声、筋肉の収縮、歩ること、握りしめた拳……。単なる反響ではなく、行動の準備でもある感情émotionsは、行動のシステムの要素を働かせるmettant en jeu運動的予測を含んでいる。ダーウィンは、怒っていると噛む準備をしようと歯を剥き出しにさせる唇の収縮等を指摘していた。それ故に、行動のシステムにしたがった、それぞれの種に固有の身体的体勢attitudesの記号学が存在しているのだ。