凡例1:この翻訳はジルベール・シモンドン(Girbert Simondon)が1965年から1966年まで行った講義の記録“ Imagination et Invention ” (Les Editions de la Transparence, 2008)の部分訳(29~31p)である。2:イタリック体の文章は「」に置き換えた。書物題名は『』、強調や引用を示す《》はそのまま用い、文中の大文字表記は〈〉に替えた。〔〕は訳者による注記である。3:訳文中の青文字は訳注が末尾についた語や表現を指し、灰文字は訳者が自信なく訳した箇所を指している。また、太字強調は訳者の判断でつけたもので、著者によるものではない。
第一部、イメージの運動的内容 対象の経験以前のイメージ
A、生物学的与件:運動性はいかにして感覚性に先行するのか
1、系統発生的アスペクト:運動性の発達は感覚性の発達に先行する;潜勢化
運動性が感覚性に先行すると述べること、それは刺激-反応図式が絶対の始まりではないこと、そして、成長を通じて有機体のアクティヴィティーによって既に準備された環境と有機体の間のアクチュアルな関係状況につき従っていることを主張している。最も単純な有機体についてのジェニングスの探究が示しているのは、反応(対象を目の前にするときの振る舞い)は対象に特徴的な信号の受信以前にある運動的な自発性によって先行されているということだ。
そもそも対象の観念は正確に分析されるに相応しい。というのも、その観念は信号受信のかなりの高度な組織化を前提にしている有機体と環境の間の関係のモードに対応しているからだ。最も単純な種において、対象の知覚が現れるのは、非‐反応的な、自発的アクティヴィティーに関してである。
高等な種においては、自発的アクテヴィティー以上に対象への応答行動が頻繁であろうが、下等な種においては、それとは逆のことが起こる。つまり自発的振る舞いは知覚に必要な絶えざる予測なのだ。たとえ予測の土台を提供し続ける対象探求に目的化されたアクティヴィティーで消え去ってしまうとしても、このような振る舞いは局所的アクティヴィティーの存在を呈示している。高等な有機体においてはこの予測の自発性は保存されるものの、イニシアチブの源泉、外生的な新しさや発明の基盤や構造変化の動力の機能の源泉の形となった神経系のアクティヴィティーに統合される。だから生物は内的組織化に環境と類似した表象をもたらすことができる。このように想定することができる。この仮説に従えば、下等な有機体のブラウン運動mouvemets brownnoidesや、試みたり失敗したりするその振る舞いのなかには、アクティヴィティーが目立ち、高度に中心化され、かつはっきり端脳化télencéphaliséされた神経系を有する有機体において予測的イメージの発生になるだろうものの最も原初的なアスペクトが提供されている。実際、環境に由来し情報を提供する刺激の場合、偶運が顕著でないだけでなく、内生的な源泉を元にして、環境に遭遇する有機体のイニシアチブの源泉さえ効果的に展開される。知覚的‐運動的関係は二人いる主役、つまりは有機体と環境のドラマのうちの既に第二幕seconde acteである。〔第一幕は自発的な予測だ。〕有機体と環境とはそれぞれ新しさと遇運の第一義的源泉として存在している。この二つの新しさ〔有機体と環境〕の遭遇によって知覚的関係が生じる。信号の束の、外生的な新しさは、局所的アクティヴィティー、有機体から来る外生的予測に対応しており、それは内容が本質的には運動的であるところの、「アプリオリ」なイメージの最初の形である。
私たちは対象と関係する以前の予測の最初の形が、有機体を自動-運動システムにさせるアクティヴィティーの集合であると仮定してみよう。ブラウン運動的運動のなかで目立った方向指示がなく(同質的環境における人口の分散のモード、一定であり続ける重心についてのヴィオーの観察がそう示しているように)、そのアクティヴィティーは当然環境の条件によって緩急がつくが(向熱性thermocinèses、向光性photocinèses)、しかし環境によって極化はされることはない。ブラウン運動と動性cinèsesは屈性tropismesよりも最初期のものであり、より恒常的なものだ。依然として原始的である屈性それ自体は、方向決定orientationが顕著で、適合は実現しない。ブラウン運動や屈性は真の対象以上の動因agentを構成し、有機体の初期的振る舞いの自動運動的性格の重要な部分を保存する。知覚的振る舞いのモデルに適合した、対象への真の反応が登場するのは情態pathiesや、《回避反応avoiding reactions》とジェニングスが名づけたような振る舞いが伴うときのみである。
種の発達において運動性が感覚性に先行すると述べることは、最も原始的な生物が何にも帰着しない無数の運動を生むことを主張している。なぜならば、経済的に目的化された仕方で、その運動を指揮し、有用に実行させるには知覚的装備は不必要なほどに極めて貧困であるからだ。つまり運動的装備は感覚的装備に先行している。その運動的装備の先行は神経系の発達を伴って保存され、神経系によって所有された能力の形で有機体に統合されているということ、そして神経系は刺激に対する応答ではない運動の下書きを延々誕生させ続け、有機体から発するあらゆる新しい振る舞いや試みの公準をそのように構成したり、既に準備された振る舞いの可能性の複雑な連鎖を伴う環境との関係にアクティヴに接近したりする、このような考えに導かれる。この意味で運動のイメージは実現の準備ができた振る舞いの図式であろうが、それでも図式の後で振る舞いが実現されるのではなく、もう神経系に含まれている。
当然、自動運動的振る舞いは有機体が捕食者に遭遇する以上に危険なものである。〔例えば単細胞生物のような〕極小サイズの極めて基礎的な有機体の環境が一般的にそうであるように、自動的振る舞いも大きな道程に対して同質的に想定された環境のなかでしか探求の効果的手段を構成できない。非連続性が介入したり、真の対象や複雑な勾配が現れるや否や、予測の自発的振る舞いは、適合的でなくなる。有機体の内部に留まる試みとして、また現実の環境にしっかり調整された知覚的指標の受信を経てのみ行為へと導く虚構的な試験として、自発的振る舞いは潜勢に留まらねばならないのだ。
【訳註】・ジェニングス――ハーバート・スペンサー・ジェニングスHerbert Spencer Jennings(1868‐1947)。アメリカの生物学者。原生生物の行動学、ゾウリムシの研究で有名。・ブラウン運動――1827年、イギリスの植物学者ロバート・ブラ ウンが、植物の受粉の研究から発見した粒子のランダムな運動のこと。溶媒中に浮遊する微粒子が、不規則に運動する現象。・端脳化――端脳とは脊椎動物の前脳の前半部。高等動物では将来大脳半球へと分化する。終脳ともいう。・ヴィオー――ガストン・ヴィオーGaston Viaud(1899-1961)。フランスの心理学者。『知性』(1945)、『屈性』(1951)など著書多数。・屈性――生物が外部刺激に応じて成長運動や旋回運動を示す現象。