ハルカトミユキに『Vanilla』というタイトルの曲がある。

 長らく私はなぜこの歌のタイトルが『Vanilla』なのかまったくわからなかった(もちろん、今でもよくわからないと言えばよくわからない)。

 しかしながら、福島遥のある短歌を目にしたとき、私はハッとした。

 これから書くことはあくまで一つの可能性に過ぎない。しかし、個人的には極めて豊かな可能性に思えてならないので、ここに記してみようと思う。

 まず、『Vanilla』のサビを列挙してみる。


 狂えない 狂えない
 狂ってしまえない
 どんなに寂しくても

 壊せない 壊せない
 壊してしまえない
 また同じ朝が来る

 狂えない 狂えない
 狂ってしまえない
 くだらない僕は

 許せない 許せない
 許してあげたい

 あの頃の僕たちを
 

 次に、ハルカさん自身による曲紹介を見てみよう。


とても人間臭い歌です。
狂いたいけど狂えない、狂ってしまえれば楽なのに狂えない。
私にとって「狂えない」とは、「書けない」でした。
歌詞を書いていて行き詰まり、頭を抱える。
どうしてこんなにつまらない言葉しか書けないんだろう、それはきっと私の思考があまりに正常だからだ、狂いたい、狂いたい、狂えない狂えない狂えない。───
ふと気がつけば毎日のように、あいつに言われて頭にきたことも、もう二度とこの部屋には来ない恋人の残像も、全部まともに受け止めてしまうから苦しいんじゃないか。でもその”狂えなさ”こそが人間なんだろうか。ああまた真面目に考えてしまった。
そんなことをそのまま書いたらこの歌詞になりました。

【HMV ONLINE】
 


 これらをあえて強引にまとめると、ここで歌われているのは、「もどかしさ」である。

 ○○したいのに、○○することが出来ない。
 ○○しようとすればするほど、○○することから遠ざかってしまう。

 そのような、もどかしさ。
 
 しかしながら、上記のように『Vanilla』というタイトルに関する説明は一切ない。そして、『Vanilla』という曲の歌詞全体にもその言葉は一言も出てこない。

 『Vanilla』とは「バニラアイス」のことである。これがシンプルに考えたときに真っ先に行き着くところであるように思える。実際、1stEPのリード曲である『Vanilla』に対応する2ndEPのリード曲のタイトルは『ドライアイス』であり、また、発売しているDVDには『ドライ・バニラアイス』というタイトルが付けられている。

 これらの事実からも、『Vanilla』=「バニラアイス」という図式は決して勝手な連想とは言えない。しかしながら、というか、だからこそわからないことがある。繰り返しになるが、なぜこの歌のタイトルが『Vanilla』=「バニラアイス」なのか?

 ここでいよいよ一つの短歌の出番である。



真夜中のバニラアイスに匙をさす たまには心を騙してもいい

(福島遥「匂いのないからだ」『空中で平泳ぎ』)
 


 真夜中、バニラアイスに匙をさすことは心を騙すことである。心を騙すこととは狂うことと言い換えてもいいだろう。つまり、バニラアイスに匙をさすことに成功することは狂うことの成功に他ならない。

 しかし。
 そう、しかしである。
 バニラアイスに匙をさすことは決して容易なことではないーー狂いたいと思えば簡単に狂えるわけではないのと同じように。

 コンビニでバニラアイスを買う。
 そして、木製の付属品で匙をさす。
 
 飲食店でバニラアイスを注文する。ガラス製の食器に金属製のスプーン。
 そして、匙をさす。

 私の拙い想像力では二つの場面を思い描くことで精一杯だったが、上記のケースでは必ずしもバニラアイスに上手く匙をさせるとは限らない。

 バニラアイスに匙をさすことに失敗することと狂えないこと。

 ここにおいて、サビで繰り返される「もどかしさ」と『Vanilla』=「バニラアイス」とが結び付く。
 『Vanilla』=「バニラアイス」とは、「もどかしさ」の象徴である。

 杏ゝ颯太