senzentosengo


近年ぼくはつたない音楽批評の営みから、だいぶ遠ざかっていたが、このアルバムについてはくりかえしくりかえし聴いているうちにレビューせずにはいられないという気持ちが異様なまでに高まったので、1曲ずつ所感を記していこうと思う。


菊地成孔が2000年代に彼のファンク・バンド、DCPRGで一部の音楽ファンにポリリズムというアイデアを認識させたが、それからすでに10年が経過し、とても勤勉なファン以外は、ポリリズムがどういう考えかということはなんとなく知っていても、具体的にどういうリズムなのかと言われるとよく分からず、でもなんかうねるような感じがリズムの間に発生していることは感じ取られ、つまり聴けばポリだとは分かり、ポリなサウンドを聴くたびにかっこいい、とは思うのだろう。ぼくは音楽理論にたいしてその程度の怠惰な姿勢で生きているので、以下はそのようなレヴェルでの印象批評であることをご承知おきいただきたい。


1. 退行 
 

菊地のソロアルバム『南米のエリザベス・テイラー』に収録されている「京マチ子の夜」にコード進行が酷似しているように聞こえるこの曲はたしかもともとテレビドラマのために書かれた曲で、坂本龍一っぽいアレンジのシングルも以前に発売された。そのときは自己模倣的な感じが鼻について駄曲だと確信したが、こうやって改めて聴いてみると、ぺぺ・トルメント・アスカラールの音楽のハイライト&導入的な感じがありそう悪くないんじゃないかと思えてくるからふしぎであるどんなアルバムも常に新しいリスナーに聴かれる可能性があるからだろうか。
 

2. Woman ~映画“Wの悲劇”より
 

薬師丸ひろ子のヒット曲として知られるこの曲のメロディは素晴らしい。ただただ素晴らしい。かつてのユーミンはこんな素晴らしいメロディを書いていたのか、と思わずにはいられない33歳無職のぼくだが、松本隆先生の終わった恋を振り切れないダメ女の茫然自失感が描かれる歌詞も素晴らしく、とても良くて良くてくりかえし聴いてしまうのであった。薬師丸リアルタイム世代の方が聴いてみると、おもわず失笑してしまうカヴァーなのかもしれないが、オリジナルを知らないで良かったと思いながら、イントロで提示されるピアノとバンドネオンのミニマリスティックなフレージングからしてうっとりしてしまう。陶然のひとこと。
 

3. ミケランジェロ 


ぺぺサウンドmeetsヒップホップ(ラップ)。「幸か不幸か(KokaFukoka) 動脈硬化(DomyakuKoka」というライミングに思わず笑ってしまう。
 

4. カラヴァッジョ   
 

菊地による英語の歌~バンドネオンソロ~ピアノソロ~サックスソロ~英語のナレーション~禁欲的なパーカッションソリという展開で飽きさせない。
 

5. エロス+虐殺  
 

ペペっぽい。まさにぺぺな感じの弦楽が主体となった緊張感ある複雑な構成のアンサンブル。エロス+虐殺=Pepe Tormento Azucarar である。ぺぺの名刺代わりのように、象徴的な一曲。
 

6. I.C.I.C
  

I・C・Iのラップがセクシー。
 

7. 大人の唄
 

(きょうの料理的な)豊かなマリンバの響きに導かれて始まるSong。歌詞がちょっと気持ち悪い(誰も何歳になっても恋をするわ、素敵、みたいなメッセージ)が、曲の雰囲気はなんとなく中村八大みたいである。舌足らずなフランス語の歌(ゲスト歌唱)が素晴らしい。
 

8. 戦前と戦後   
 

引き続き、曲の雰囲気は中村八大みたいな感じだが、歌詞が現代を意識していて、「大人の唄」と対照的である。まず(アルバム)タイトルからして「何?」という感じであるが、2000年代から菊地作品に付き合ってきたファンであれば、菊地の戦争にたいするオブセッション、アナロジーとしての戦争(戦前/戦中/戦後)については知悉しているであろうから、「ああ…菊地さんまた相変わらずね」といううなづきと共に(苦笑しながら)楽しめる。
 

9. ヴードゥー / フルーツ&シャークス 
 

ピアノとバンドネオンのソリが気持ちよい。この曲に限らないが、ぺぺ・サウンドの核(Core)には複数楽器によるメロディの演奏(Soli)があり、それが特徴的な魅力の一端となっている。 
 

10. スーパー・リッチ・キッズ  
 

2012年のフランク・オーシャンの話題作『チャネル・オレンジ』収録曲のカヴァーである。ぼくは音楽狂の知人から薦められて、新宿のタワーレコードで購入したが、「Super Rich Kids」は別に特に素晴らしい曲だとは一切思わなかったし、このアルバムじたいも、いかにも台場のどうでもいい(若者のデートスポット的な)商業施設でかかっていそうな80sオリエンテッドなアーバンセンスしか感じられず退屈に感じた。そして、オリジナルよりこの菊地によるカヴァーのほうがいいなと思うのである。ラテン・パーカッションと、禁欲的に刻まれるバンドネオン、そしてハープのアルペジオが一体となって、素敵にリラックスした雰囲気が出ている。
 

11. たゞひとゝき:メドレー ~A列車で行こう/デザフィナード てぃーんずぶるーす~たゞひとゝき
 

ディック・ミネ(Peter Kreuder/Hans Rameau)~エリントン(ビリー・ストレイホーン)~ジョビン(Jobim/Mendonca)~原田真二(~ディック・ミネ)。1曲で4曲分おいしい(メドレーなので)。こんなふうに技巧的かつポップな曲で小粋に〆るのは小憎らしい限りである。
 



 
以上でレビューはおしまい。
くりかえしくりかえし聴いて、このアルバムのテーマは「恋」だと思った。

そんな時、番組終了が決定した2014年3月某日の「笑っていいとも」に小沢健二が出演し、ギター弾き語りをタモリと番組スタッフに捧げるのを偶然目にした。それを観ながら、そうか、菊地成孔は現代における小沢健二なのかもしれない、と一人合点せずにはいられなかった。

完全に的外れの妄想かもしれないが、そう思ってしまったので、蛇足までに記しておく。