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2014/03/01 マイスペース 新宿区役所横店7号室 撮影:東間 嶺
【SBS読書会】第三十六回(2014/03/01)
日時:2014年3月1日(土) 18:00-20:00
場所:マイスペース 新宿区役所横店7号室
指定図書:【ラッセンとは何だったのか?消費とアートを越えた「先」】
◆ 2014年3月1日土曜日、歌舞伎町の外れにある、反社会勢力と性風俗産業の人たちで賑わう路地の一角にあるルノアールの会議室で、SBSというおかしな名前の集団による読書会が開かれた。
◆ 《SBS読書会(FBグループ…超絶賛参加者募集中》は、主にこのEn-Sophというウェブサイトで活動しているメンバーの知人友人etcなどが、事前に指定される一冊の本に対して各自の感想や賞賛、罵倒等をああだのこうだの述べてはペチャクチャ(×2)やっている集まりで、SBSとはパッと聴き新しいカレー粉のような雰囲気でもあるのだけど当然ながら全く違っていて、それは【新宿文藝シンジケート】の略であり、さえきさん(以下すべて人名敬称略)と呼ばれる主催者の一人によって、殆ど酩酊の勢いだけが理由で、名付けられた。
◆ 【新宿文藝シンジケート】は、特別な理由が無い限り、毎月の第4土曜日に歌舞伎町の貸し会議室で開催され、それは2010年の秋から続いている。大震災があった2011年3月でさえ、地震から約10日後の3月20日、東京電力による計画停電が週末は実施されないという情報に基づき、半ば強硬開催されたという実績(?)を持っている。あのときは大きな余震や原発の危険を感じながらミシェル・ウェルベック【闘争領域の拡大】(角川書店)を読んだのだったが、さすがに空々しい雰囲気が会場に漂っていたものだ。
*《【ラッセン】の射程》*
※ 本の内容への具体的な言及については、後段の当日レジェメを参照。
◆ 3月1日土曜日に集まったのべ8人ほどの参加者が論じた/貶した/褒めた本、つまり掲題の【ラッセンとは何だったのか? ─消費とアートを越えた「先」】(以下、【ラッセン?】)を提案したのはわたしだった。
◆ 現在は冷温停止しているが、大学(多摩美)にいた頃、わたしは美術批評家の椹木野衣(長く多摩美で教鞭を執っている)や北澤憲昭(この本の寄稿者の一人だ)、かれらが高く評価していた現代美術作家の村上隆などから影響されたこともあって、かなり大真面目に《現代美術》と呼ばれるジャンルというかカテゴリの制作活動を行っていたから、まさにいま藝大で《現代美術》に日々コミットしている【ラッセン?】の編著者である原田裕規の批評意識は理解できたし、本の企図に強く共感もしたからだ。
◆ ただ、上のような共感や理解、あるいは(批評意識そのものへの)メタレベルの批評意識がわずかでも読み手側に存在しなければ、【ラッセン?】から得られるものは殆どないかもしれない、とも感じていた。
◆ つまりコンセプトへの距離感、が本書に対する評価にとってはとりわけ重要になる。どんな人でもはじめから終わりまできちんと内容に目を通せば、「何が問題とされ、どのような理由によるのか」ぐらいは分かるが、寄せられたテクストが想定する読者以外は、誰もが「あっそう」とか「( ´_ゝ`)フーン」の一言で本を閉じ、以後、再読することは無いだろう。当日の会でも、それらは疑義として挙げられた。
では、【ラッセン?】は誰に向けられた本なのだろうか?ラッセンのファンなのか?ラッセン本人なのか?
◆ 当たり前だが、どちらとも、全く違う。【ラッセン?】は、タイトルにその名が冠されながら、固有名としてのC.ラッセンとかれの作品をストレートに好む少なくない数の人々に届けられるべきものではない。
では、誰に?
◆ 答えはシンプルで、【ラッセン?】は、日本における《現代美術》のインサイダー、ないしそこで曖昧に共有される美的な趣味、批評的意識へ共鳴、少なくとも興味関心を持った人々へ向けられた本であり、有効な射程は全然広くはなく、というかはっきり言ってとても狭く、おそらく『誤配』やら何やらが起きる可能性も殆ど無く、だからこそ、より深々と、読まれるべき読み手へと、一直線に届く/刺さるのだ。
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*存在証明としての《セルフ・クリティシズムself‐criticism》*
◆ では、《届く》であろう人々が、曖昧に共有している意識とは何なのか?寄稿者の一人である大山エンリコイサムは、それを《コンセプトとしての自己批判ーセルフ・クリティシズムー(p215)》と呼び、《現代美術を対象化しようとするメタ意識そのものが、現代美術の基本的なジェスチャーなのだと言っても良い。(p214)》と極めて的確に表現している。
◆ 《コンセプトとしての自己批判(セルフ・クリティシズムself‐criticism)》というふるまいこそ、ジャンルとしての《現代美術》を《現代美術》たらしめる最も根本的、かつ核心的な思考や意識の形態なのであり、編著者の原田に【ラッセン?】のような企図を思いつかせもした。つまり、C.ラッセンという、さまざまな意味で日本への特別な文脈を持った作家を特異点とすることにより、自らを拘束するさまざまな制度的枠組みへの批判/批評を行おうなどと考えてしまうことが、即ち《現代美術を対象化しようとするメタ意識そのもの》であり、極端に表せば、《現代美術》の営みそのものである。
◆ 先にも《共感した》と書いた通り、そうした自己批判の身振りこそ、【ラッセン?】がもっとも強くわたしを捉えた点であり、ヤンキー性だとか、郊外性だとか、サーフィンだとか、ニューエイジだとか、インテリアだとか、バブルだとか、贋金だとか、見世物だとか、入れ替え可能な価値観だとか、民主主義だとか、ヒロ・ヤマガタ問題だとか、本書でC.ラッセンを引き合いに語られたあれこれも、同じ身振りに依拠するからこそ、興味深い。単に独立した作家としてのC.ラッセン本人にもラッセン論にも、わたしは何の興味もない。
◆ 【ラッセン展】および【ラッセン?】が試みたことへのあり得べき批判(…というまたもやジェスチャー(笑))として原田は、《可能な限りラッセンの作品をニュートラルに語ったとしても、むしろニュートラルであればあるほど、語りそのものが「現代美術文脈での評価」と「現代美術批判」という二重の意味へ転換する可能性を孕んでいる」(原田 p251)》ことを挙げているが、そうした《批判》が可能だからこそ、【ラッセン?】は興味深く、価値あるものなのだ。
(2014/3/23記)以下、補足として当日の資料を下記へ掲載する。
◆ 先にも《共感した》と書いた通り、そうした自己批判の身振りこそ、【ラッセン?】がもっとも強くわたしを捉えた点であり、ヤンキー性だとか、郊外性だとか、サーフィンだとか、ニューエイジだとか、インテリアだとか、バブルだとか、贋金だとか、見世物だとか、入れ替え可能な価値観だとか、民主主義だとか、ヒロ・ヤマガタ問題だとか、本書でC.ラッセンを引き合いに語られたあれこれも、同じ身振りに依拠するからこそ、興味深い。単に独立した作家としてのC.ラッセン本人にもラッセン論にも、わたしは何の興味もない。
◆ 【ラッセン展】および【ラッセン?】が試みたことへのあり得べき批判(…というまたもやジェスチャー(笑))として原田は、《可能な限りラッセンの作品をニュートラルに語ったとしても、むしろニュートラルであればあるほど、語りそのものが「現代美術文脈での評価」と「現代美術批判」という二重の意味へ転換する可能性を孕んでいる」(原田 p251)》ことを挙げているが、そうした《批判》が可能だからこそ、【ラッセン?】は興味深く、価値あるものなのだ。
(2014/3/23記)以下、補足として当日の資料を下記へ掲載する。
【ラッセン?】を読むための私的メモ
(※ 引用は全て同書)
(※ 引用は全て同書)
*《図書の企図、概要》*
2012年8月、東京都中央区の現代美術ギャラリー【CASHI】において、東京芸大修士先端科の院生である編著者の原田がキュレーションした【ラッセン展】の問題意識を、さらに《継承・発展する形で記述(p11)》されたテクストとして残すため、原田自身によって企画された。
メモ1:《制度批判としての【ラッセン展】及び【ラッセン?】》
- 【ラッセン展】→《日本語でいう「美術」が実質的に「インテリア・アート」「公募団体展」「現代美術」の大きく三者に分岐して受容(p12)》されているという、《錯綜した状況全体(同右)》への問題提起。C.ラッセンという、《日本》の《現代美術》が忌避すべきアンタッチャブルとして黙殺してきた存在をキーに、それら各ジャンルから作品を選び出し、フラットに並べた展示を行うことによって、《作品の表現以上に制度や文脈ばかりが語られる(p11)》ことへの(とりわけ現代美術界への)批判的視座を提示し、《ラッセンを巡る問題を現代美術の課題として捉え、浮上しては沈没していく言説の円環に終止符を打つため、問題を歴史化する(p13)》ことが目論まれた。
- 【ラッセン?】→同書のコンセプトも、基本的には展覧会と同じものを共有している。というより、順番としては後になるものの、展覧会は本書の企図を《実践》する試みである。
Point→編著者の原田は、ラッセン作品の〈強さ〉について分析することを【ラッセン?】における第一の目的、出発点としているが、実際にかたちとなったものは、あくまで現代美術というカテゴリー、ジャンル意識を共有する人々による、ジャンルをめぐる制度批判のテクスト集であり、ラッセンそのものはある程度、代替可能な素材にすぎないことがむしろ露わになっている。
ーー引用ーー
- 《ラッセンをひとつの写し鏡として、日本の美術史を構成してきたさまざまな力学や、近代以降の現代美術をめぐる状況を批判的に再考する態度(星野太一 p223)》
- 《制度批判のシナリオにとって、もっとも魅力的な作家の一人(大山エンリコイサム p213)》
- 《いわばヤマガタやラッセンを制度批判の「武器」として肯定的に捉え直す(大山エンリコイサム p211)》
Point→代替可能なものに過ぎないとすれば、では、なにが代わりの《ラッセン》足りうるのか?ex→ヒロ・ヤマガタ、片岡鶴太郎、東山魁夷、平山郁夫、棟方志功、山下清etc…
Point→【ラッセン?】の問題意識の射程がどこまで有効か、対象を美術以外にも敷衍してみること。ex→詩における「相田みつを」問題、ある時期までの純文学における「村上春樹」の扱い、小説における通俗、中間、純文学等のジャンル意識のヒエラルキー、同様に音楽におけるクラシックやポップスのヒエラルキー、あるいはAKBやEXILEの立ち位置等。
メモ1a:《制度批判→文脈ゲームの罠を超克することとは?》
Point→メモ1のように、【ラッセン?】は制度批判をめぐるテクスト集なのだが、同時に、本書では、その身振り自体も、《近現代美術にありがちな自己批判ゲームの産物に過ぎない(大山エンリコイサム p214)》として、編者の原田をはじめ幾人かによって批判されている。しかし、原田自身が自覚する通り、文脈ゲームから離れる試みとしていくら作品の《強さ》の分析を行おうとも、それ自体が、《自己批判ゲーム》に回収されてしまうことは避けられない。(※ とはいえ、それが本当に《くだらない》のかはまた別の話であろう)
ーー引用ーー
- 《「あれほど冷遇されていたラッセンでさえ、言説の力によって文脈に組み込まれてしまうのであれば、現代美術の営みとは何とくだらない文脈ゲームなのだろう」という批判(原田裕規 p250)》
- 《可能な限りラッセンの作品をニュートラルに語ったとしても、むしろニュートラルであればあるほど、語りそのものが「現代美術文脈での評価」と「現代美術批判」という二重の意味へ転換する可能性を孕んでいる」(原田 p251)》
メモ2:【〈ラッセンの否定〉‥‥タブーとしてのラッセン】
A:外傷としての恥部的美意識、ヤンキー趣味のラッセン。
ーー引用→《ラッセン人気が現代美術の世界でほぼ無視されていたのは、ラッセンが純粋芸術から見てより”下位”のインテリア・アートにカテゴライズされていたからだけではなく、それを受容する美意識が、アート方面から見ればアートを理解しない/できない「田舎者」=ヤンキーの美意識であり、そんな美意識に支持された”アート”が現代美術などをはるかに凌駕して人気となり、日本で一大マーケットを形成していること自体を、どこかで「恥ずかしいこと」と看做していたからである。この「恥」の感覚は、自分の中にも微量のヤンキー的感性が潜んでいるかもしれないという自覚によって、より一層強いものになる。(大野左紀子 p92)》
Point→〈恥〉への意識が、ことさらな忌避感を生んでいるという仮説。《アレをいいと言うと恥ずかしいタイプの絵(同大野 p92)》に対する反応の抑圧。
B:端的にコンヴェンションを共有しない、ルール外の存在、アウトサイダーとしての無視。
ーー引用→《ある作家の作品がアートかどうかを判断する際に、例えば「コンヴェンション」という基準があり得る。以下は岡崎乾二郎の発言である「…例えばポロックの絵が普遍的にいいということではなくて、与件としてマチスがいいとされるようなコンヴェンションが与えられていれば、基本的にその中ではポロックがいいと認定せざるを得ない、ということです。それは非常に明確で、ある特権的な超越的主体が認定するのではなく、そういう条件内でやれば誰でもそうなると。だからマチスがないところでポロックもない(斎藤環 p113-114)》
Point→しかし、同時にそれは《一種のトートロジー(同斉藤 p114)》だという曖昧な面を持っている。
ーー引用→《コンヴェンションなりコンテクストなりが”存在”するとして、それはどのように定義づけられるのか。むしろ岡崎=グリーンバーグは、ここで「語り得ないもの」として”コンヴェンション”という基準をあたかも自明の前提のように持ちだしてはいないか。それは美術の”インサイダー”同士が、ラッセンやヒロ・ヤマガタの絵を前にして交わし合う目配せのようなものであって、つまるところ「良いものは良い」「判る人には判る」という記述でしかない。それゆえ、僕たちはラッセンを否定できない。少なくとも論理的には。(同斉藤 p114)》
Point→現代美術による〈ラッセンの否定〉は単純なコンヴェンション=文脈の非共有といった点からも語り得るが、そこに潜むさらに根本的なものとして、大野が指摘したヤンキー性、肯定できない趣味ー美意識をタブーとして排除し、ジャンルとしての自立性、趣味の純粋性を守ろうという意識が見て取れる。
C:趣味の闘争、ジャンルの存在確立のために設定される敵として
ーー引用ーー
- 《そこに介在しているのは、明文化されていないタブーの問題と、どれが格好良くて悪いかという認識を現代美術業界の人たちが持っているという問題で、コマーシャルの制度ではないと思います。むしろこっちは触ってはいけないとか、なかったことにして迂回しなければならないと感じている問題のほうが本質だと思います。(中ザワヒデキ p44)》
- 《そういう風にタブーを設定することによって、美術というジャンルが保たれていたんです (同中ザワ p46)》
- 《現代美術がみずからの存在理由についてーーほとんど神経症的にーー絶えず弁証を行い、アイデンティティを確証しようとしてきたのは、「文明開化」路線を引き継ぐ啓蒙のミッションであると同時に、マイノリティの立場で社会的存在理由を確保しようとする戦略でもあったのだ。だから、現代美術は、他のジャンルを、みずからの生存を脅かす敵とみなしさえするのである。(北沢憲昭 p241)》
Point:タブーは変わりうるか?ラッセンの《歓待(北澤憲昭 p248)》はありえるのか?ex→岡本太郎、藤田嗣治のケース。
ーー引用ーー
- 《今は美術史の文脈の中ではイロモノ扱いされていますが、将来その趣味の価値転換みたいなものがあるのかどうか (暮沢剛巳 p39-40)》
- 《つまり美術史は権威の変遷史だという意味で、ラッセンと美術という問題も「権威」との関係において見ることができると思います。たとえばラッセンがヤンキー的な層に受けるとして、ヤンキーに受けても権威付けにはならないと今は言えるかもしれない。ところが逆に、ヤンキーに受けるからこそハイアートなのだみたいに後で切り替わることさえあり得る(中ザワヒデキ p40)》