Elatan'sStarmap

想像上の銃(瞑想について-08)」より続く


『巻き添え』

インタビュールームを出たら、リネーはもういなかった。

きっと他に仕事があるのだろう。アルヴィンと顔を見合わせた。片言の日本語ができるばっかりに、「うつ」だの「危険」だの刺激の強い言葉が飛び交うインタビューに同席することになってしまい、どんな風に感じているのだろうか。何かひとこと、釈明したい気持ちもあった。

でも、瞑想者にそんなことを言ったところで何になるだろう?
現象や物事を言葉で説明したとして、どれほどの価値があるのか?

瞑想者は現象を知覚・認識するだけだ。
解釈も、判断もしない。
あとはもう、彼が好きにするだろう。あるいは、忘れるだろう。
どうにでもしてくれと私が自分を丸投げしたのは、ほんの数日前ではなかったか?

ともあれ、会話解禁になったあとでも、ダイニングホール以外の場所で男女が接触するのは規則違反だ。私は「ありがとう」とだけ言って、瞑想ホールに向かった。ホール入り口のフックに掛かっているゴングを手に取り、それを鳴らしながら女性たちの宿舎になっている建物の周りを歩いた。

ゴングを鳴らし終わると、いつものようにホールには入らず、自分の部屋へ向かった。


『避難』

私がインタビュールームで瞑想することを希望したのは、そこが一番気持ちが落ち着く場所だからだ。でも、ほかの人が瞑想していない安全な屋内であれば、自分の部屋でも十分だった。

危険回避... 危険回避... 危険回避...

もう大丈夫だ。
サイレンを鳴らしながら遠くに走り去ってゆく救急車を見送るような安堵。

ベッドの上で、いつものように半跏趺坐を組んだ。
でも、瞑想用のクッションがないので、姿勢が決まらない。

10月にフルマラソンを走って以来ヒザの調子がよくなかったが、そのヒザが痛くなってきた。姿勢のためだけではなく、センター滞在の疲れも出てきたのだろう。脚を伸ばし、背中を壁に預ける。これだと楽だが、眠くなってくる。背中を壁から離し、ベッドの上で両ヒザを抱えた。もう瞑想はしていない。手のひらのなかで時間が経過してゆくのを感じながら過ごした。

もう大丈夫だ。よかった。

「帰依」は英語でrefuge (避難、避難所) と表現されることがもある。
それなら、私はまさに「帰依」しているのだろうか?

7時、瞑想終了の時間に合わせてインタビュールームへ向かう。外国語に翻訳された講話を聴くためだ。テルグ語版を聞いている若い女性が部屋に入るところだった。彼女はいつも一番にインタビュールームにやってきて、私が聴講者のためにクッションを並べるのを手伝ってくれた。ヒンズー教徒なのだろう、額に赤い点がついている。ATと同じ大きな目、だけど頬はふっくらして少女のようだ。彼女のあとに続いて部屋に入る。他の参加者も順次到着し、私はヘッドフォンをつけてスペイン語の講話を聴き始めた。グティエレス神父が語りかける。



「El décimo día terminado…(10日目が終わりました)」
 


瞑想ホールと同じように、私はいつもインタビュールームの照明を落としていた。室内はあたたかく、会話を禁止された6人の女性は、無言のままそれぞれの言語で講話を聴いている。この静かな雰囲気が好きだった。でもこの部屋で夜の時間を過ごすのも、今日が最後だ。

翻訳・吹き替えの事情もあり、外国語の講話は英語の講話より時間がかかる。6人の外国語聴講者が講話を聴き終えたあと瞑想ホールへ行くと、英語の講話を聴いていた参加者は部屋に引きあげたあとだった。すでにキッチン要員のミーティングが始まっている。こちらも最後のミーティングだ。そろそろ終わるか、というタイミングだったが、もう連絡事項もなく「おつかれさま」のあいさつ以外に話すこともない。遅れてホールに現れた私にATが言った。

「気分はどうですか?」

いつもと同じ、優しい微笑みだ。

「落ち着いた、いい気分です。どうもありがとうございます」


『帰依』

ミーティングの後、いつものように散歩道を歩きに行った。堰を切ったようにしゃべりだしたコース参加者たちで落ち着かない日だったけど、この時間になればもう静かだ。空は晴れて、今夜も星がたくさん見える。

ATは私に、「またこのセンターに来ますか」と聞いた。私がこのまま瞑想をやめてしまうと思ったのだろうか。そうなるかどうか、まだわからなかった。瞑想センターでコースに参加することを「心の手術」と表現することがある。私はそれは大げさだと思うが、もし本気で取り組むのなら、自動車をばらして分解掃除するくらいの苦労とリスクを覚悟した方がいい。

ばらした部品を元通りに組み立てることができなかったら、どうなるだろう?

あまり神経質になることはない。完璧に元通りでなくても、安全に運転できるのかもしれない。だいたい、今の車には、走行に必要のない装備が山ほどついているのだ。

掃除にも組み立てにも、ある程度時間がかかる。自動車なら修理工場に頼んでしまえばいいが、自分自身の掃除と組み立ては他人には頼めない。このまま放っておけないなら、マニュアルを見ながら作業を続けるしかないだろう。ATは私にインストラクションと戒律をくれた。戒律というのは自分で選ぶものではなく、与えられるものだ。そういう儀式があったわけではないが、戒律を「与えられた」ことはチャンスなのかもしれない。

ともかく、この状態で自分を放っておくのは不安だ。あと何日かで新しい年が始まる。よい区切りだから、しばらくは五つの戒律を守り、毎日2回、1時間ずつ瞑想してみようか。

ただ、瞑想は続けても、またこのセンターにくるかどうかはわからないな、と思った。少なくとも、コース期間中にキッチンの仕事を手伝うことは当分ないだろう。危険すぎる。

こんなふうに夜の砂漠を散歩して星空を眺めることも、もうないのかもしれない。冷たい空気が、ひんやりと背中に沁みこむ。この夜はながれ星は見えなかった。でも、ながれ星を探しても仕方ないような気がした。

靴底に砂漠の荒い土を感じながら歩き続けた。

私はまだセンターにいる。初日の夜私がたてた帰依の表明はまだ有効だ。でも、明日の朝センターを出発したら、そのあとはどうなってしまうのだろうか?

それはもう、どうでもいいのだ。どうにでもなればいい。
自分の運命に責任が持てる人間なんていないのだから。

(瞑想について、了)