night fire


見えないホタル(瞑想について-07)」より続く


『どうしてわかってくれない』

インタビューが終わったら、もう休憩時間だった。
いつもは昼寝をするかシャワーを浴びるかどちらかだが、明日の出発に備えて部屋を掃除した。明日はこの部屋を引き払う。私の後はまた別の誰かが来て、この部屋で眠り、キッチンで仕事する。瞑想センターはその繰り返しだ。

ATとのやり取りが完結したという安心感のためか、午後2時半の瞑想は大きなトラブルには見舞われなかった。それでもやはり疲れた。10日目の昼食がすんでしまえば、キッチンの仕事はもう終わったも同然だ。サラダはもう出さないので、サラダの仕事もない。瞑想のあと部屋へ戻り、身体を休める。キッチンの仕事はないので、ダイニングホールのセッティングをぼちぼち手伝いながら、夕食時間を迎えた。

自分を忙しくする仕事がないと、自分の存在価値に自信が持てなくなる。
あるいは、10日分たまったおしゃべりの欲求を大急ぎで満たしている参加者達のエネルギーに当てられたのだろうか?

夕食後、6時の瞑想が最後のグループ瞑想になる。気分はよくない。
無事に1時間過ごせるだろうか?ヒステリーを起こすようなことはないだろうか?

私が瞑想ホールで想像上の銃を乱射しないという保証がどこにあるだろう。

80人以上の人間が瞑想するホールでヒステリーを起こしたらどうなる? 

ホールにいる全員に迷惑がかかるだけでなく、自分自身が深く傷つくのは避けられない。グループ瞑想は基本的に全員参加だ。でも、病気や、それ以外の事情があればATに許可をもらって欠席することができる。グループ瞑想に出るのはやめたほうがいいんじゃないだろうか?それとも、多少の苦しくても、やるべきことはやったほうが、気分がいいだろうか?リサイクルする段ボール箱をつぶしながら、私は迷い続けた。こういうときは決断力もうまく働かない。

ホールでのグループ瞑想はやっぱりやめよう、そのかわり、ATの許可をもらって、インタビュールームで一人で瞑想しよう。

そう心を決めたのは、5時半くらいだった。瞑想の時間まで、あと30分だ。ATから許可をもらうためには、コースマネジャーのリネーに仲介してもらわないといけない。彼女にどうやって説明すればいいだろう?瞑想について個人的なトラブルを抱えていることは、言いたくない。ダイニングルームで休憩中のリネーに話しかけた。



「6時からのグループ瞑想の時間にインタビュールームを使ってもいいかどうか、ATに聞いてもらえない?一人で瞑想したいんだけど」
 
「インタビュールーム?講話を聴くのは6時じゃなくて7時でしょ」
 
「講話は7時だけど、6時から瞑想して、7時にそのままインタビュールームで講話を聴けばいいと思うんだけど」
 
「なに言ってんの、あんたは7時にインタビュールームに行けばいいのよ」
 
「6時にホールじゃなくて、インタビュールームで瞑想したいんだけど」
 
「6時は全員ホールで瞑想しなきゃいけないからダメ」
 
「いや、だからホールで瞑想したくないのよ」
 
「講話のときにインタビュールームへ行くんだから、同じでしょう」
 


こんな埒のあかないやり取りを3分も続けただろうか。
インタビュールームで一人で瞑想するのは、彼女の想像力からすれば、ありえない状況なのだろう。

「ホールで瞑想するのは7時じゃなくて6時よ」

このバカ女!私の言うことがなぜわからない!脳みそついてんのか!! 

私の腹の中で怒りが爆発した。
でもその怒りは外へは出ず、その代わり、私は目線を宙に浮かせたまま床に座り込んだ。

なす術がない。
このバカ女を相手に、何ができる?

目の前のものが自由にならない無力感に叩きのめされた。

「あんた病気なの!? 医者を呼んだ方がいい!?」

病気じゃない、医者なんて要らない、あんたが私の言うことをわかってさえくれればそれでいいんだ... !

リネーはどこかへ行ってしまった。私は床に座ったまま、機械的に段ボール箱のガムテープをはがし続けた。頭はしっかりしている。段ボール箱をつぶしている場合じゃない。私はグループ瞑想はできない。どうにかしてATに許可をもらわないといけない。リネーはあてにできない。グループ瞑想の時間まであと20分くらいしかない。

どうすればいい?
どうすればいい? 

ふらふら立ち上がると、キッチンへ向かった。平たくなったダンボール箱をリサイクルのバスケットに入れたところでリネーに出くわした。

彼女の横にアルヴィンが立っている。日本語を勉強していたというキッチン仲間だ。

「ダイジョブデスカ」
「だめ!」

彼の日本語は正確だけれど、運用能力は日常会話未満だ。あとは英語に切り替えた。

「グループ瞑想の時間に、インタビュールームで一人で瞑想したい。ATは私のコンディションを把握しているから、許可が出ると思う」

アルヴィンはリネーより勘がよかった。これはたまたまだが、7日目にレタスを切っている私が突然作業をやめてしまったのを目撃したのも彼だった。どうして私が一人で瞑想したいのか、理由はわからないながらも、そうする必要があることを察したようだ。

リネーはアルヴィンの様子を見て、私の言うことが単なるわがままや勘違いではないと納得したらしい。ATに会いに行くことになった。インタビュールームでATと面談できるという。時間がない。急がないと。

インタビュールームはキッチンから少し離れている。リネーと二人でゆるい傾斜を駈けるようにして上がり、インタビュールームの前に着いたときには呼吸が乱れていた。アルヴィンがぽつねんと立っている。コース中、参加者はコース境界内で過ごすが、男性の境界と女性の境界は別々だ。アルヴィンは男性の境界内の道を通ってインタビュールームに来たのだろう。

それにしても、どうして彼がここにいるのか?

まずリネーがひとりでインタビュールームに入った。ATに事情を説明しているのだろう。すぐに出てきて、中に入るように促された。息がまだ整わない。さっき爆発した怒りのモメンタムがまだ身体に残っている。瞑想センターのキッチンからいきなり空手の試合会場に引っ張り出されたような気分だ。

でも、頭はさえている。

私は室内に入った。正面にATが座り、その左後ろに実習ATが控えている。リネーは出て行ってしまったが、アルヴィンが一緒に入ってきた。どうやら通訳と言うことらしい。あまり人に聞かせたくないような話になるのは避けられない。でも、通訳はいらないとか、出てってほしいとか、そんな交渉をしている時間も、気持ちの余裕もなかった。


『最後のインタビュー』

このコースのATはインド系の女性だった。女性ATは慈悲深い菩薩像のような印象の人が多い。でも今回のATはもっと現代的で溌剌とした印象だ。年齢は40代後半か50才前後だろうか。はっきりした眉、大きな目、横にしっかり広がった鼻、そして厚めの唇が、小さな顔の中にフランス庭園のように整然と収まっている。小柄で健康そうな身体、大きくウェーブした髪がかわいらしい。

面談の時はいつも親しみやすい微笑をたたえているが、今、目の前の彼女にその微笑はない。自分の表情や態度を正確に、そして適切にコントロールできる人なのだろう。大きな瞳がまっすくこちらを見つめている。

もうグループ瞑想までいくらも時間がない。3分以上話すのは無理だ。この3分を生かすも殺すも私次第だ。私もまっすぐATを見つめた。真剣勝負。

「6時のグループ瞑想の時間に、インタビュールームで一人で瞑想したいのです。許可していただけますか?ホールで瞑想するのは不安です。ヒステリー状態になるかもしれないと思うと、怖いです」

そして、少しためらったが、付け加えた。
「... Not safe for anyone... 」

「... あなたはうつ病ですか?」
「いいえ」
「うつ病と診断されたことはありますか?」
「ありません」
「何か薬を飲んでいますか?」
「飲んでいません」
「セラピーやカウンセリングを受けたことは?」

心理カウンセリングを受けていたことがあるのだが、面倒くさいので奉仕活動の申込書にはいちいち記入していない。昔のことなので、私の今の状態に関係あるとは思えないが、隠すようなことでもない。

「... 大学時代に学校で2年間カウンセリングを受けていました。でも、もう何年も前の話です」
「わかりました。グループ瞑想の時間は、ホールではなく自室で瞑想してください」
「7時になったらいつもと同じようにこの部屋で外国語の講話を聴きたいのですが、そうしてもいいですか」
「あなたがそうしたいと思うなら、そうしてください」

そうだ、思い出した。

「聞いておきたいことがあります。瞑想のあと、心が乱れてメッタにふさわしくない状態のときでも、メッタはやったほうがいいのでしょうか?それとも、メッタは飛ばしたほうがいいですか?」
「どんなときでも、瞑想の終わりには必ずメッタを行ってください。メッタは自分のためでもあるのです。まず、自分自身のためにメッタをやりなさい。それから、瞑想する時は、面談のときに説明したインストラクションを守るように。リラックスし、身体の内側には入らない。心が落ち着かない時は手のひらか足の裏に意識を集中して。心の平静さを第一に考えてください。わかりましたね」

「わかりました。ありがとうございます」

私はATと実習AT、それからアルヴィンにも深々と頭を下げてインタビュールームを出た。

(『収束』に続く)