20日の日曜日は生涯10度目の引っ越しであった。
ぼくは正午くらいから引っ越し作業をしていたが、すでにほぼ大半は片付いていたので、15時には終わってしまった。

それからすることもなく暇だったので、最後のランニングに出かけた。
このコースを走ることは、たぶん一生ないだろうなあと思った。

しかし涙っぽい感慨は特に湧いてはこなかった。
ただ、多少の汗が流れただけだった。

家に帰ってシャワーを浴びた。
しかしシャンプーリンスはすでにダンボールに詰めているので、石鹸だけで洗った。 

それが16時ごろ。

引越屋は夕方の17時〜19時の間に来ると聞いていた。
ぼくの希望的観測として、17時半くらいには来るものと思っていた。しかし、まてど暮らせどやって来ない。とっぷり日は暮れ立派な夜が訪れた。そうして本当にぎりっぎりの18時50分くらいになってやっと来た。 

ぼくはその時点でけっこう苛立っていたが、しかしまあ、プロなのでそれなりに手際は良く、40分程度ですべてのものが運び出された。作業中、27、8歳とおぼしき作業員のリーダー的な男性が、「絵がいっぱいあるけえ気をつけろよ!」と、いかにもな広島弁で声をかけていたのが印象的だった。 

そして完了。

ほこりっぽい空っぽの部屋にひとり取り残される。
しかし、思い出があれこれ思い返されるというようなことはなく、「あっそ」という感じであった。

それはたぶん、この部屋に対する愛が無いからだと思う。
というか、そもそも広島に対する愛が微塵も無いからだと思う。

愛なきところにさびしさもわびしさもあろうはずがない。たいして好きでもない人と別れたってなんの感情も湧き起こってこないのと一緒である。愛の反対は憎悪ではなく無関心なのである。以下、そんな折に読んだ記事へと接続したい。

以下引用。 



【憂楽帳:ふるさと】 

 「地元に帰ろう」。先月終了したNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」で、繰り返し歌われたフレーズだ。主人公の女の子は東京から地元に戻り、「結局ここが一番良い」と親友に強調する。 

 「でも、若い人が戻っても就職先がほとんどない」。岡山県北部の津山市で尋ねてみると、そんな答えが多く返ってきた。過疎が進むその町を訪れたのは、男女共同参画のイベントで「30代の生きづらさについて講演してほしい」との依頼を受けたから。私自身も同県出身だけに、複雑な思いで問いかけてみたのだ。 

 一方、「地方都市は、ほどほどパラダイス」とは阿部真大(まさひろ)・甲南大准教授(社会学)。今夏出版した「地方にこもる若者たち」で、岡山の20?30代対象の調査をもとに、地元の巨大ショッピングモールで充足する若者の姿を分析。モールは今や都会も田舎も大差なく、大した収入はなくとも、実家に同居しながら、身の丈にあった幸せに浸る、と指摘する。 

 都会か地元か、価値観は人それぞれで難しい。ただ、「ここが好き」と胸を張れる社会であってほしい。帰路、バスの車窓を眺めた。【大道寺峰子】 

(毎日新聞 2013年10月17日 大阪夕刊) 


引用終わり。 

「あまちゃん」とかいうドラマを見たことはないが、なるほど「地元に帰ろう」というフレーズは響く人には響くだろうと思う。

しかしたぶん、ここでいう「地元」は、殆ど「ユートピア」と同義ではないだろうか。 
 
「地元に帰ろう」というフレーズには、いまここに居る理由や意義を見出せないストレスが、単純なアクションでいっぺんに解消できるような錯覚を与えてくれる。

ほんとうはどこに行ったってどこに居たって自分という存在は変わらないし、自分の思考スタイルから逃れることはできない。もしも根本的に変わろうとするなら、相当に継続的な何らかの努力や行動が必須である。 

しかしそんな努力や行動は面倒くさいし、気が遠くなる。
そもそも、何をどうしたらいいのか、方向性すらわからない。 

そこへきて、「地元に帰ろう」

それでわかりやすく人生を変えられるなら、そんな楽なことはないだろう。
それはピースボートの地球一周の船旅にも似ている。
あの広告に載っている著名人のコメントは、どうにもうさんくささがつきまとう。

要約すれば、「世界を周って人生を変えましょう!」ということである。
100万ちょっと払って乗船すれば人生が変わる。

そんな夢のような話はないが、しかし、そんなことで簡単に変わってしまうおまえの人格はいったい何製なんだとつっこみたくなってしまう。プラスチック製かゴム製かと。

変化するって、自分を変えるって、もっと地味で、地道で、水滴が石をうがつような途方もなく遅々としたものだと、ぼくは思う。 

「地元に帰ろう」というフレーズに感銘を受けたりして地元に帰るのは人の勝手だが、あなたの今そこに無いものは、どこに行ったって無いと思う。使い古された言葉だが、すべては心ひとつなんでしょう。

って、地元に帰ったぼくが言うのもあれだが、まー、あれだ。