中村さんが新所沢を去り、津田沼に引越してから早一ヶ月が過ぎようとしていた。春独特の不安定な気候に左右されながらも、わたしは徐々に生きるエナジーとでも言うべきものを取り戻しつつあった。
が、しかし中村さんの不在はなかなか耐えがたく、彼の職場でもある新宿でいっしょに酒を飲むことにした。
西武新宿駅から歌舞伎町を背に西新宿の大ガード下を進むと右手に東京都民銀行の建物が目に入る。そこがいつもわたしたちの待ち合わせ場所であった。
「きょうは愛と恋、そして友情について時間の許す限り、縦横無尽に語り合いたいと思います」
待ち合わせ場所で出会うなり中村さんはこう言った。
「ロマン主義的な感じがします」と、わたしは簡単に返事をした。
「しかし、なぜ愛と恋、そして友情について語り合いたいと思ったんですか…?」
中村さんは目を伏せて恥ずかしそうに答えた。「最近、思うんです…ぼくは妻を愛しているんだろうか、そして妻はぼくのことを愛してくれているんだろうか…って」
「なるほど、そうですか。でもそういうシリアスな話はまだあとにとっておきませんか。それより、ぼくらの共通の友人であり、21世紀のヒッピーであるところの彼の話をしませんか」
「あ、それは悪くないですね。彼は最近、凄いんですよ。Twitter見てます?」
「たまに見てますよ」
「きょうはどんな感じでした?」
「おれはたった今全宇宙からの毒電波により、脳内ハッキングを受けている。この毒電波のことは、実は警察も自衛隊も察知しているが、黙認している。連中は宇宙人とぐるだ!気をつけねばならない…、とか延々そんな感じですね」
「完全に妄想の世界にいるみたいですね」
「ある種、ハシシにとっては理想の世界なんじゃないかなぁ」
「いや、それは無いと思いますよ。だってマリファナでラリるのとは全然違うでしょ」
「いま彼がやってるドラッグは、大麻かなんかとは違うんですか?」
「そんなソフトなやつじゃないと思いますね」
「そうですか。そんなにヤバいやつなんですか」
「ヤバイというか化学式的にはコカインなんかに近いんじゃないかな、成分は」
「合成麻薬なんですかね?」
「たぶんね」
ハシシは本名、橋由紀夫。
岡山県の医者の家に生まれ、幼いころから厳格に育てられるが、親に反発し、高校生時代は中島らもに心酔。勉強そっちのけでロックやフォークに夢中になる。親のコネで入学したK医科大学在学中に、居酒屋のアルバイトで貯めた金を持ってドロップアウト。ひとりインド~ネパールを数年にわたって放浪し、その地で手に入る麻薬はありとあらゆるものをやりつくした、と言っているが真偽は定かでない。趣味はギターの弾き語りで、21世紀のボブ・ディランを自称するかなり変わった男がハシシである。
「ハシシの生き方を眺めてみると、まぁ、彼は、人間の屑ですけど、勇気づけてくれるっていうか。彼の存在じたいが、救いっていうか、そういう側面はあると思うんですよね」
「そうですね。彼が崇拝している中島らもみたいなものなのかなぁ。彼自身もストリートで弾き語りをやっていたこともあるし、プチカリスマというか、女も相当騙してきたっていう話じゃないですか」
「まともに働いたことが無いっていうか、ほとんど女にタカるか…盗みも良くしたみたいですよ、スーパーなんかで」
「その金もほとんど酒とドラッグに費やしてしまったんでしょうね」
「いまだにそうなんでしょうね。金があれば、飲みに行くかドラッグやるかという話で」
「しらふでいるのに耐えられないのかもしれませんね」
「本人は岡山を代表する放蕩息子だと自認しているみたいですよ」
「なんか…そういうちょっとずれたところが、ハシシの魅力かもしれないですね」
「そうですね」
「彼のことを考えると、思わされるのは、人間、気づいたら生まれてしまっている訳だから、自由に生きていけばいいということなんですよ」
「まぁ…、そうですね。何が自由か、自由の定義をすることじたいが難しいとは思うんですがね」
「それはさえきさんがインテリだから、自由とは何か?ムムムムッ!という話になるわけで、なんというかまぁ、フリーダムというかね。想像してみれば、スーパーフリーですよ」
「スーパーフリー!あのレイプ集団の…?」
「いや、それは関係なくてですね」
「はい」
「いや、まぁ、頭の中で想像するのであれば、自由だと」
「ジョン・レノンですね。イマジン!」
「イマジン!…いや、そういう訳でもないんですけどね」
「自由とか想像とかいうと、そういう20世紀後半のサイケデリックな何物かになってしまうんですかね」
「ぼくらのイマジネーションの限界かもしれません。われわれは20世紀からやって来たわけだから」
「まぁ、でも世紀、センチュリーという時間単位も、本来的にいえば、西洋の世界秩序のひとつに他ならない訳だから、それも超えていけると良いですよね」
「時間というくびきから自由になるのはかなり難しいことだと思います」
「時間的な制約からはなかなか逃れられないかもしれませんね」
「時間と空間認識を一時的に変容させることで自由に対するアプローチをしたのが20世紀的な人類の啓発だとしたら、21世紀的なその何かはどうなるんでしょう」
「それさえ分かれば、かなり生きやすくなりますよね、だれもが」
「そう、だれもが」
われわれにとってのハシシは20世紀的な人類救済の方法の失敗を、ある面で端的に象徴していた。アルコールとドラッグは、われわれにきわめて限定的な自由をつかの間錯覚させるだけであって、本来的に人類を救済するものではない。しかし、救済救済などと言っているとかつてのカルト宗教のような扱いを受けがちなので、その点も気をつけねばならないのだった。
「ハシシの失敗からわれわれは何を学ぶべきなんでしょうね」
「ケミカルな方法では自由になれないということでしょうね」
「それはたしかにそうですね。しかし、結局、最終的な問題は、われわれはいかに自意識から、自由になるかということです」
「その問題設定自体が、根本的に誤っているんじゃないですか?」
「自意識が問題じゃないとしたら、いったい何が問題なんでしょうか?ほかに問題になるようなことがはたしてあるんでしょうか?」
西新宿の片隅にある小さな居酒屋で、ふたりの議論はしずかに白熱した。
(つづく)
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中村さんが津田沼にいる世界で(前篇)
- 2013年06月22日 18:02
- 小説