中村さんがやってくるまであと2時間半ある。ということはドトールに入ってすでに1時間半が経過したのだ。そのことを考えると、やはり入店時にケチらないでLサイズの飲み物を頼んでおいて良かった。これがSサイズというのは論外として、1時間半も滞在すればMサイズではドリンクを完全に飲みきってしまっていささか見栄が悪くなる。Lサイズだと完全に飲みきるのは難しいし、とても暑い夏の盛りでもなければ、長居するためにオーダーするのは明らかだった。ドトールのドリンク、とりわけLサイズの商品には実はそのような記号的役割があるのだ。
 


 中村さんを待つのは決して苦痛ではなかったし、中村さんとどういう話をするのかを考えることでかなり気晴らしになっていた。それは確かなことだったが、その一方で早く中村さんが来ないかと待ちわびる気持ちも生まれ始めていて、わたしはそんな自分にいささかうんざりした。
 わたしはうつ病のため労務不能になって会社を辞めており、無職の32歳だった。いっぽう中村さんは先に述べたようにきちんと仕事のある/精神に異常の無い29歳で、夫婦仲も良好のようだった。わたしたちは決して歳は離れていないが、それぞれ別の暮らしをしていて、それは今後も変わることはないと思われた。わたしと中村さんが共に離婚して、郊外の平屋を借りて共同生活を始めるという妄想は許されようが、わたしたちそれぞれの実際の生活は微動だにせず、クールに毎日がやって来るのだ。わたしが明るい気分であろうと、悲しい気分であろうと、かりに人生に絶望して死んでしまいたいと思っていたとしても、それらのことは中村さんとはほぼ関係のないことだったし、言うまでもないことだが中村さんの日常もわたしの生活とは切り離されていた。そう考えると、われわれが頻繁に顔を付き合わせ、杯を重ねているのは、じつはスペシャルなことなのかもしれないとわたしは思い始めていた。

 友情、とわたしは思った。中村さんとわたしの関係はフレンドシップと言えるだろうか。フレンドシップだとしか言えない関係であろう。例えば万が一にも無い想像だが、わたしが中村さんの奥さんを寝取ったり、逆に中村さんがわたしの妻と関係を結んだりしたら、ふたりの友情は維持できなくなり、人間関係は崩壊するであろう。しかし、そのように劇的なハプニングでも起こらない限り、そしてどちらか一方が互いの付き合いに飽きない限り、さしあたり友情は続きそうである。友情、この不思議なもの、とわたしは思った。わたしは思ったよりも多くの友人たちとの友情に支えられて生きているのかもしれない。

 32歳にもなって、暇に任せてとはいえ男友達との友情について考えているなんて、ずいぶんとのんきな話だった。しかし、その一方で、いくつ歳をとっても、友情とは大切なもので、場合によってはこの世を去るときまで続くものであるという確信にわたしは襲われていた。だが、現実に即して考えてみた。中村さん夫妻が子供をもうけるようになり、わたしと中村さん(夫)の関係が次第に疎遠になることが思い浮かんだ。少子化の続くわが国で、わたしの周りでは子供をもうける人は少なかったが、子供が生まれた人とはたいてい疎遠になるのが常だった。子供が生まれれば、その家庭は子供中心に回るようになるし、忙しく働く友人も休みの日は家族サービスに努めるようになる。友情が潰える訳ではないのだが、疎遠になれば次第に互いを思う気持ちが離れていくのは必定の理(ことわり)だった。わたしはそう遠くない将来に中村さんとそのように疎遠になるであろうことを残念に思った。むろん、何かしら失望を先取りして感じるというのは奇妙なものだった。少なくともいまそのように感じることは何か不自然な気がしたが、わたしは予め友情が変質することに心を備えて、なるだけ失望を回避したいのだろうと自己分析するにいたった。そしてそのことは中村さんには万が一にも漏らすまいと堅く決心した。

(つづく)