90年代半ばのdocomoのCMの話なので、もしかすると今現役の受験生や十代は知らないかもしれません。15年近く前の記憶なので、細部の間違いはご勘弁を。

とあるピアノの発表会。
広末涼子扮する女子高生は舞台袖で緊張を隠せない様子。
なるほど、これから彼女の演奏に違いない。

ああ大丈夫かな広末涼子。…いや、ここは90年代マナーとしてヒロスエと書くのが正しいような気がする。私は当時の彼女のファンでもなんでもなかったが(岡本真夜が作詞作曲の「大スキ!」は好きでした)、今日ふり返ってみれば、たしかに当時の彼女にははじけるような魅力があった。それは現代のアイドル戦国時代を闘うアイドルたちの雄姿とはまったく違った、なんともいえない90年代的としか言いようのないようなポップなキュートさだった。

当時、そんなヒロスエの魅力にヤられた同世代は多い。

99年春に早稲田大学にヒロスエが自己推薦で入学した頃、高校の級友は「俺も早稲田に現役に行けばヒロスエに追いつけるぢゃねえか。待ってろよヒロスエ」などとのたまっておりました。
未だにヒロスエ主演のアイドル映画『20世紀ノスタルジア』を「あれは名作だよ、チミ」と薦めてくれる友人もおります。
もちろん、同世代との酒の席で、年に一度はあのクレアラシルやdocomoのCMについての話が飛び出ます(現在受験生のみなさんも社会に出たらそんなアラサーたちに出会うことでしょう。気をつけてください。黙って聞いているだけでかまわないのです。アラサーたちにおける罪のない伝統芸能のようなものです)。
それだけに映画『ヴィヨンの妻』で太宰治を思わせる大谷(浅野忠信)の愛人である場末の女を演じる女優ヒロスエを見ると隔世の感がある。
(しかし、和製ウィノナ・ライダーな奇行、デキ婚、離婚、またデキ婚、大根女優化といったようないかにも大衆が期待しそうな「元アイドル」な経歴を素で辿ってるからこそ、この人は非常に面白いのですが)

閑話休題。ピアノの発表会である。
 
ああ、もうどうしよう。緊張しちゃう。
舞台袖で緊張を隠せない様子のヒロスエ。
そして、とうとう。とうとう彼女の出番がやってくる。そこで着信音。

ピピピピピ。

ポケベルだかPHSにメッセージ。

みんなじゃがいも。
 
ヒロスエは笑顔になり、メッセージの送り主らしい客席の母親か恋人か友人かと目を合わせるうなづく(うろ覚え)。
そして、またヒロスエはそのメッセージ「みんなじゃがいも」をつぶやく。
すると、なんということでしょう(ビフォーアフター風に)。
まこと奇ッ怪なことにコンサート会場の聴衆が瞬時にじゃがいもと変化してしまうのではないですか。
もちろんこれは幻想小説の類ではありません。彼女の目に映る世界での話です。
そうだ、みんなじゃがいもだ。緊張なんかする必要、ないじゃんっ
晴れて、彼女はピアノを上手に引けましたとさ。

 
さて、それからというものの緊張すると私は胸のうちで「みんなじゃがいも」を唱えるようになりました。

すると、どうでしょう。

私の目に映る人々は瞬時にじゃがいも化します。 
受験生のみなさんも受験本番で緊張したら「みんなじゃがいも」を唱えれば大丈夫です。
試験官もライバルたちも、みるみるうちにじゃがいもと化すでしょう。

(職場である予備校の冊子に書いたものを加筆訂正し転載したものです。En-Sophとアラサー入門は受験生の皆さんを応援します。)