二年前、初めて山の瞑想センターへ行った時、私の精神状態は最悪だった
当時、日系大手の企業で派遣の仕事をしていた。センターへ出発する直前、些細なことから職場で狂人扱いされ、混乱した状態でセンターへ出発したのだった。

アメリカの大手企業のセキュリティは厳重だ。予定通り休みを取って出かけたものの、休暇のあと自分の席があるかどうか怪しいものだと思った。精神疾患までいかなくても、うつ病の可能性ありと判断されたら、体よく契約を打ち切られる可能性は十分にあった。

私が騒ぎ(?)を起こしたことを記録に残してもいいかと訊かれた。そんなことは実際には起こっていないのではっきり断ったが、私の承諾を得ずに何らかの記録を残すようなことはあるのだろうか?

職場には未練はなかった。でも収入が途絶えるのは打撃だ。私の心は心配と悔しさ、憤りで煮えくり返っていた。センターに到着し、瞑想コースの環境に飛び込んでからも、この一件は私の心から消えることはなかった。


転機は2日目の夜にやってきた。センターでは日に三回のグループ瞑想への参加は必須で、夜のグループ瞑想に行くために、センター内の野道を歩いていた。

雨の降る寒い夜、傘をさして懐中電灯のわずかな光を頼りに歩を進める。小さな道の、道幅いっぱいに広がった水溜りがあった。できるだけ浅い所を選んでそっと足を下ろしたつもりが、それは雨で増水した小川だった。そのまま小川に転落した。小川は深くなかったが、右脚のひざまで完全に水に浸かってしまった。宿舎に戻って着替える時間はない。仕方ないので、ひざから下を水でぐっしょり濡らしたままホールへ向かった。

瞑想を始めても、ぬれたズボンをまくり上げて靴下を脱いだ足が冷たいのが辛くて、水気を吸った衣類が気持ち悪くて、まったく集中できない。身体のバランスが崩れて小川に落ちる感覚、一瞬間をおいてから靴下やズボンにしみこんできた水の冷たさが頭の中によみがえる。

そしてその間、当然のことながら、職場の一件を思い出すことはなかった。

初めの30分は小川に落ちたことばかり考えていたが、不思議なことに残り30分は瞑想することができた。そしてこの時から、職場のトラブルのことは思い出さなくなった。心に深くプリントされていた職場の出来事は、小川転落事件に上書きされてしまったようだ。


11泊12日の瞑想コースを終えて1月2日に帰宅した。自分のアパートがまるで他人の家のようによそよそしくて、自分が本来いる場所は瞑想センターなのじゃないかと感じた。そのあと、ネット上のSNSに、以下の文章を書いた。


= = = = = = = = = = = = =   

どうぞ私に

「あけましておめでとうございます」
といわないで下さい。
それは何か違うのです。


朝4時に起床して、防寒着を着込んでブーツを履いて外に出る。懐中電灯を手に、瞑想ホールへ向かう真っ暗な小道をたどる。星が見えないのは、空が曇っているからだろう。
4時半から瞑想する。6時になると瞑想ホールにパーリ語の経典の詠唱が流れる。6時半に瞑想終了。

2011年が始まりました。
今年一年を生き抜く力をお与えください。

と念じた。


ホールの外に出ると、あたり一面に雪が散っていた。
まるで地面に粉砂糖を撒いたようだ。

瞑想しているあいだに降ったのだろう。朝食をもらうために(ここでの私の食事は、「施されたもの」だ)食堂への道をたどる。薄明るい曇り空に、木立の影が浮かんでいる。こんなふうに新年を迎えることができるのは、幸運なことだと思った。

私の鼻の頭で、ひとひらの雪が溶けた。