2017年04月




---『回花歌』梗概---
舞台は2000年代、とある大陸の西方にある街。"私"と家族は牛肉麺屋を営んでいる。街は、かつて核実験が行なわれていた土地のすぐ近くにあり、その影響を暗に示すような出来事が、家族の周囲ではいろいろと起きている。しかし、"私"と家族を含め、街の人々は核や原子力に対する正しい知識や情報を持たず、故に恐れを抱くこともない。彼らは宗教と自身の信仰心を大事にし、家族や親族、友達を大事にして生きている。「何かがおかしい」と感じられるような状況下でも、人々の生活は変わらずに続いてゆく。『回花歌』は、そんな物語である。
 


1--- "朝"』より続く)

2--- "噂"


 店のメニューは牛肉麺のみで、他には馬鈴薯や胡瓜の惣菜をつくる日があったりなかったりする。注文は前払制だ。長い間、陽射しにさらされて、すっかり色褪せてしまったレジスターが出入口の脇にあり、そこには父がいつも立っていた。
 父は客から代金を受け取ると、麺の太さや牛肉の量などの細かい注文を聞き、金額や数量をレジスターに打ち込む。するとレジスターからチーンと大きな音が鳴り、下からは勢いよく抽斗が、上からはドッドッドッドッと低い音をたててレシートが出てくる。父は代金を抽斗に入れたあとレシートを切り、細かい注文内容をレシートの余白に書きつけて客に渡す。客は、それを店奥にある厨房前のカウンターで作業をするライヒに渡す。すると、ライヒは注文内容を大声で読みあげる。

「細麺、牛肉多め!」
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山の光
2017年冬に書いた、フィクションともノンフィクションともつかない「山の光」(撮影:東間 嶺)

 4月1日発売のインディーズ文芸誌『Witchenkare(ウィッチンケア)』(vol.8)に寄稿しました。タイトルは「山の光」。4年前に取材で訪れた霧ヶ峰での出来事をモチーフに、2500字程度の短い文章を書いています。
 『Witchenkare』は全国の主要書店で取り扱われているほか、amazonでも購入可能なので、機会がありましたらお手に取って頂けると大変嬉しいです。
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"Witchenkare" (撮影:東間 嶺、以下すべて同じ)

告知---『Witchenkare/ウィッチンケア』vol.8

■ 先月末に公式アカウントからもお知らせしている通り、今年も『Witchenkare』にごく短い小説を寄稿した。タイトルは『生きてるだけのあなたは無理』というもので、文字数は前回の7号(3200字)より少し増やしてもらって、5000字弱。原稿用紙換算、というやつなら12枚半になる。

■ どのようにすれば買えるか。下に示す二択がある。

  • 当然ながら、無敵のAmazon帝国を訪問するのがもっとも簡単で、しかもこのエントリを経由をすると、どうやらわたしに〈アフィリエイト〉収入というやつが入る仕組みになっている。
  • 都内に住んでいる人、あるいは「税金逃れの反日Amazonは許さない!」などの強い信念を持っている人なら、出かけた先の大型書店を探せばおそらくは買うことができるし、その場合は店への売上として貢献、ということになる。
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 2017年4月8日(土) 、杉並区産業商工会館(杉並区阿佐谷南3丁目2番19号)で、思想の科学研究会主催の春のシンポジウム「『これからの彼等に見える風景』 民間アカデミズム④」に、彫刻家・金巻芳俊さんと一緒に講師として登壇しました。

 当日用いたレジュメ「私の在野研究素描」を一番下に掲載しておきます。
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『回花歌』---梗概

舞台は2000年代、とある大陸の西方にある街。"私"と家族は牛肉麺屋を営んでいる。街は、かつて核実験が行なわれていた土地のすぐ近くにあり、その影響を暗に示すような出来事が、家族の周囲ではいろいろと起きている。しかし、"私"と家族を含め、街の人々は核や原子力に対する正しい知識や情報を持たず、故に恐れを抱くこともない。彼らは宗教と自身の信仰心を大事にし、家族や親族、友達を大事にして生きている。「何かがおかしい」と感じられるような状況下でも、人々の生活は変わらずに続いてゆく。『回花歌』は、そんな物語である。
 


1--- "朝"


 朝の5時になると母屋から店の厨房へと向かい、その隅にひざまずいて母とともに礼拝を行った。父や兄、いとこのライヒは、叔父の運転する農業用トラクターに乗ってモスクへ向かった。これから夜が明けるなんて思えないほど外は暗かったが、そのうちに朝が来ることは間違いなく、しばらくするとモスクへ出向いた者たちが戻ってきたので、私達家族は開店の準備にとりかかった。
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連載【芸術とスタンダール症候群】とは?

筆者が【幸福否定の研究】を続ける上で問題意識として浮上してきた、「芸術の本質とは何か?」という問いを探る試み。『スタンダール症候群』を芸術鑑賞時の幸福否定の反応として扱い、龍安寺の石庭をサンプルとして扱う。

連載の流れは以下のようになる。

  1. 現状の成果…龍安寺の石庭の配置を解く
  2. スタンダール症候群の説明
  3. スタンダール症候群が出る作品
  4. スタンダール症候群が出やすい条件
  5. 芸術の本質とは何か?


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