2014年02月

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【歌われる走百姓(谷島 誠.a.k.a 家出.01
)】


Flickr Photo:【歌われる走百姓(うたわれるはしりひゃくしょう)】
http://www.flickr.com/photos/108767864@N04/sets/72157637718428225/#
パフォーマンス:【谷島 誠.a.k.a 家出】
from:【東中野セルフキッチン:2013.10.21】
LIVE:【DIYパーティ出張編「都市の港―音楽と交易の夜」Vol.3】­
撮影:【東間 嶺】
 

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エリゼ・ルクリュ
↑ルクリュ『世界文化地球体系』(石川三四郎訳、有光社、1943)。

 エリゼ・ルクリュ(Élisée Reclus, 1830-1905)。地理学者。19世紀最大の地理学者の一人に数えられる一方で、地理学的知見に基づくアナーキズム理論も構築し、自身も積極的に社会主義運動に参加する。自然(地球)と人間の調和的統一という発想で、包括的な人文地理学を展開。主著に『新世界地理』(Nouvelle geographie universelle, 1876-1894)、『進化・革命・アナーキズムの理念』(L'évolution, la révolution et l'idéal anarchique, 1897)、『地人論』(L'homme et la Terre, 1905-1908)。その他多数。
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凡例  

1:この翻訳はジルベール・シモンドン(Girbert Simondon)が1965年から1966年まで行った講義の記録 Imagination et Invention ” (Les Editions de la Transparence, 2008)の部分訳(25~26p)である。 
2:イタリック体の文章は「」に置き換えた。書物題名は『』、強調や引用を示す《》はそのまま用い、文中の大文字表記は〈〉に替えた。〔〕は訳者による注記である。
3:訳文中の青文字は訳注が末尾についた語や表現を指し、灰文字は訳者が自信なく訳した箇所を指している。また、太字強調は訳者の判断でつけたもので、著者によるものではない。
 
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転載元:大村益三【〈B術の生態系〉Bな人のBな術(2013年02月13日更新)】 
 


「東京が変われば、日本が変わる」。恐らくそれは「西欧が変われば、世界が変わる」と同じ様な意味を持っている言葉だったに違いない。「東京が変われば、日本が変わる」が、「東京が変われば、東京以外は否応なく巻き込まれる」なのか「東京が変われば、東京以外の手本になる」なのかは判らない。いずれにしても、「東京」が示した現実としての「変わる」が、慨嘆の対象であるかもしれない「選挙の有名無実化」等々であるならば、「東京が変われば、日本が変わる」という題目を「日本」が受け入れる限り、「日本」もやがてそう「変わる」べきなのであろう。「東京が落ちる所まで行けば、日本も落ちる所まで行く」(=死なば諸共)。しかしそれは御免被りたい。

「東京」の展覧会巡りの続きを書く。
(転載者注:前エントリ→【イーサン・ハントのフラッシュバック】) 
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「PTSD」という言葉が精神医学に於いて初めて登場したのは1980年になる。「アメリカ精神医学会(APA)」が定め、「世界」的に使用されている精神障害に関するガイドラインである「DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:精神障害の診断・統計マニュアル)」の、「DSM-III(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Third Edition)」というバージョンに、当時の「アメリカ国家」の社会制度的変容の要請もあって、その語は些か拙速に誕生した。「DSM-IIII」はその小改正版である「DSM-III-R」(1987)から、「DSM-IV」(1994)、「DSM-IV-TR」(2000)を経て現在の「DSM-5」(2013)へと至る。「DSM-III-R」までに存在した「通常の人が体験する範囲を越えた(experienced an event that is outside the range of usual human)」という、専ら「ヴェトナム帰還兵」を想定していた表現を改めた「DSM-IV」から、「PTSD」の「診断基準(criteria)」を引用する。尚「アメリカ精神医学会」が公認する、味わい深い日本語で訳された同書に於ける「PTSD」の「公式」的な和訳は「外傷後ストレス障害」である。
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1:この翻訳はジルベール・シモンドン(Girbert Simondon)が1965年から1966年まで行った講義の記録 Imagination et Invention ” (Les Editions de la Transparence, 2008)の部分訳(24~25p)である。 
2:イタリック体の文章は「」に置き換えた。書物題名は『』、強調や引用を示す《》はそのまま用い、文中の大文字表記は〈〉に替えた。〔〕は訳者による注記である。
3:訳文中の青文字は訳注が末尾についた語や表現を指し、灰文字は訳者が自信なく訳した箇所を指している。また、太字強調は訳者の判断でつけたもので、著者によるものではない。
 
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谷川健一
↑大江修編『魂の民俗学――谷川健一の思想』、冨山房インターナショナル、2006。

 谷川健一(1921‐2013)。民俗学者。詩人の谷川雁は弟。柳田国男や折口信夫の古典民俗学の批判的読み直しから、民俗学とは神と人間と動物のコミュニケーションの学であると再定義。それまで顧みられることのなかった辺境地などの日本の負の遺産を広範囲に渡って研究する。地名の研究などでも有名。主著は『魔の系譜』(紀伊國屋書店、1971)、『青銅の神の足跡』(集英社、1979)、『常世論』(平凡社、1983)、『南島文学発生論』(思潮社、1991)。その他多数。 
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(運営注:このエントリは所謂エス・エヌ氏問題とは何の関係もないことを予めお断りしておきます。)


ふりむくと、彼は言った。
 
 

私は普段、音楽聴きませんね。それは、いついつなら聴く、ということじゃないんですよ。全く聴かないんです。だって、何も思わないですからね。音楽を聞いてもなにも感じないんですよ。私には必要のないものだ。誰か、音楽を聴く人もいる。いや、多くの人は音楽を聴く。それで、何か思ったり、感じたり、泣いたりするんでしょう?怒り出す人もいるくらいですからね。私はなにも感じない。だから聴かないです、と言った。それからそのあと言った。
 
「でも、感じるといっても、一体何を感じるんでしょうね」
 
 
 
ここに一群の音楽がある。それは、日本語では現代音楽と言われている。この用語がどこから来たのかは知らない。同じ音楽をドイツ語では「新しい音楽」と言っている。フランス語や英語では「同時代の音楽」という。フランス語では「現代の音楽」ということも、あるようだ。「現代音楽」はそこからかも知れない。あるいは、英語の「同時代の」という形容詞を「現代の」としたのかも知れない。
 
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1:この翻訳はジルベール・シモンドン(Girbert Simondon)が1965年から1966年まで行った講義の記録 Imagination et Invention ” (Les Editions de la Transparence, 2008)の部分訳(21~23p)である。 
2:イタリック体の文章は「」に置き換えた。書物題名は『』、強調や引用を示す《》はそのまま用い、文中の大文字表記は〈〉に替えた。〔〕は訳者による注記である。
3:訳文中の青文字は訳注が末尾についた語や表現を指し、灰文字は訳者が自信なく訳した箇所を指している。また、太字強調は訳者の判断でつけたもので、著者によるものではない。
 
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1:この翻訳はジルベール・シモンドン(Girbert Simondon)が1965年から1966年まで行った講義の記録 Imagination et Invention ” (Les Editions de la Transparence, 2008)の部分訳(18 ~21p)である。 
2:イタリック体の文章は「」に置き換えた。書物題名は『』、強調や引用を示す《》はそのまま用い、文中の大文字表記は〈〉に替えた。〔〕は訳者による注記である。
3:訳文中の青文字は訳注が末尾についた語や表現を指し、灰文字は訳者が自信なく訳した箇所を指している。また、太字強調は訳者の判断でつけたもので、著者によるものではない。
 
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