2013年10月



転載元:site0.9 
2013年8月12日(月曜日)
「文化についての試論、または文化受容のためのエクササイズ」


7月13日、Give me little more.という店のオープニングパーティーにいた。スペースの「多目的さ」を売りにするだけあって、昼はトークイベント、夜は音楽イベントという気合いの入ったパーティだった。店主であり旧友である新美くんの企画である。今回私はトークイベントの方の企画に関わらせてもらっていた。松本市という街を舞台に、スペースのスタイルやコンテンツの楽しみ方について4時間みっちり話合う濃度の濃いイベントである。「パブリックな場所とはなにか?」「クリエイティブに文化を楽しむこととは?」「普通にコンテンツを楽しむ人が批評を行う必要はあるの?」「批評は他人の楽しみに横やりを入れ、楽しみ方を押し付けることにならないの?」などの質問が飛び交いかなり踏み込んだ議論となった。トークの内容は改めて店のHPで報告するのでそちらをご覧いただきたい。(http://givemelittlemore.blogspot.jp/

そのトークイベントにこんな鋭いフィードバックを頂いた。「例えばナチュラル系雑誌を見ておしゃれな買い物をすることはクリエイティブとは言えないの?」「そもそもなんでクリエイティブじゃなきゃいけないの?」(フィードバックリンク

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 今月、論考「生き延びたカント主義――国木田独歩『第三者』試論――」(http://p.booklog.jp/book/77402)を書いた。目次は、第一章「失敗作としての『第三者』」、第二章「独歩のカント受容」、第三章「超越主義化するカント」、第四章「知ることの限界/を知ること」、第五章「第三者批判と独歩の実存主義」。独歩研究史において決して名の躍らないカント、しかしエマソン由来の超越主義を介して受容された独歩の隠れたカント主義を小説『第三者』を材に考察してみた。文字数は14941字、原稿用紙に直すと37枚程。所謂『第三者』論が一篇(新保邦寛)しかない中ではよく書いた方か。
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転載元:大村益三〈B術の生態系〉Bな人のBな術(2013年8月30日更新)
 

ネットで "Pacific Rim"(movie)を調べた。カタカナの「パシフィック・リム」ではなく英語のそれだ。"Cool Japan" が本当であれば、英語圏のサイトには "cool" の言葉が乱れ飛んでいても良い筈だが、実際には "silly" "stupid" "ridiculous" "unwise" "childish" 等といった悪罵も多く見掛けた。

同映画にも登場する「有人巨大人型兵器」は、「マジンガーZ」以来の日本特有の「妄想の様式」である。従って英語を話す人達は、その様な「異文化」の「妄想の様式」に対して、彼等の現実的なものに対する単語である "robot" とは呼ばず、"mecha(mech)"=「メカ」というエキゾチックな「日本語」を当てたりもする。
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凡例


1:この翻訳はエミール・ブートルー(Emile Boutroux)の『自然法則の偶然性について』(De la contingence des lois de la nature [Paris,1898]の部分訳である。原著はINTERNET ARCHIVEで全て閲覧できる。
http://archive.org/details/delacontingence00bout

2:強調を示すイタリック体は「」に置き換えている。《》はそのまま用いており、〔〕は訳者による補足である。

3:訳出にあったって、野田又夫訳(創元社、1945・11)を適宜参照した。
 

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