2013年02月

春が好き春が好き春が好き。
思わず冒頭から春への想いを3連発してしまうくらい春が好き。


春が好きとってもとても春が好き (予備校勤務/29歳)


2月になり寒さが続くとますます春が恋しくなって挙句の果てにはこのような偏愛に満ち溢れどうかしてしまったようなナンセンス俳句を詠んでしまうくらい春という季節に恋焦がれていると言っても過言ではありません。

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色々あってヒロシマに帰ってきた。
帰省ではなく、東京を引き払ってきた。

広島ではなくヒロシマと書くのはピカドンを意識しているからである。

それはともかく、実家に暮らしてみて思うこと、感じること、特になし。 » すべて読む
 
 物騒なのはタイトルだけで、中身は大したことのない「お願い」を書き込んでおく。

 今月、私は在野研究の成果である単著『小林多喜二と埴谷雄高』を発表し、現在Amazonにて販売している。勿論、是非とも買っていただきたいのだが、それでも「捲ってみたいけど、買うのはちょっと…」という人もいるだろう。そんな人(とりわけ大学生)に是非お願いしたいのが、よく通っている図書館に拙著の購入希望リクエストを提出してもらえないだろうか、ということだ。市販されているためISBN(国際標準図書番号)も取得しており、又、内容も学術的であるために、十分検討の余地があるリクエストに適うはずだ。 » すべて読む


【幸福否定の研究とは?】


勉強するために机に向かおうとすると、

掃除などの他の事をしたくなったり、娯楽に耽りたくなる。

自分の進歩に関係する事は、実行することが難しく、“時間潰し”

は何時間でも苦もなくできてしまう。

自らを“幸福にしよう”、"進歩、成長させよう”と思う反面、

“幸福”や“進歩”から遠ざける行動をとってしまう、人間の

心のしくみに関する研究の紹介




前回は、小坂療法の特徴である

「反応を追いかける」
「症状の直前の記憶が消えている出来事を探る」

という方法論によって、分裂病の原因論の理論的な側面の発展の経過を書きました。小坂医師のライバル理論までの経過と、ライバル理論では全ての説明がつくわけではない、とした、その後の笠原氏の試行錯誤の段階をまとめましたが、今回もその続きを書きたいと思います。
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● TV版エヴァの手

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コラージュ作成:荒木、以下、掲載画像全て同じ。
引用元著作権:「TV版」及び「劇場版」=
(C)GAINAX/Project Eva・テレビ東京。
「新劇場版」=(C)カラー。



 『新世紀 エヴァンゲリオン』というテレビアニメは、「手」のイメージに支配されている作品だった。 » すべて読む

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 予告していた拙著『小林多喜二と埴谷雄高』(http://www.v2-solution.com/booklist/978-4-86476-088-1.html)がやっと、Amazonにて発売された。

 本書は多喜二と埴谷という両極端な作家のテクストを用いて、政治と文学の関係を再考する書物だ。なぜ出会ってもないのに同志との連帯を信じれるのか。リンチ事件を起こしてしまう政治組織の構造とは何か。なぜ多喜二の小説は読みやすいのか。なぜ埴谷の小説は読みにくいのか。大学では読めない新進気鋭の在野研究、ここにあり。どうぞ宜しく。

 目次はここに(http://www.en-soph.org/archives/22990899.html)。

(何と刊行日2月20日は多喜二の命日である。運命的なこのめぐり合わせに感謝している)。

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Photo by Mitch Walker




注:この記事は断食を勧めるものではありません。人間の身体はひとりひとり違います。断食をする場合は、各人の責任で行ってください。
 



どこか何かバランスがおかしい。
だからこんなことをするのかもしれない。


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中村さん、ぼく、新しい物語を書こうと思うんですよ。今までにないものを、今までにない文体でね、書こうと思うんですよ。でも今までにないものってどんなものだろうって思うんですよね。今までにないんだから、どんなものかって分からないじゃない?そこから始まるんですよ、すべてがね。うんざりする?そうかもしれませんね。
 

 
 
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人と別れるとき、「またお会いしましょう」といって連絡先を聞くのは、ただの社交辞令かもしれない。



でも、その瞬間は、また会えたらいいなと多少なりとも感じているものだ。
人の心は、人の心を求める。人間はそうやって結びついて世の中を作っている。 » すべて読む
A Lady Writing Johannes Vermeer
Johannes Verneer
"A Lady Writing (1666)"


瞑想していれば、もう書かなくてもいい。
そして、もう、読まなくてもいいのかもしれない。


私は一人で勝手に瞑想を始めた。


瞑想をしている知人はいなかったので、ネットで調べた。いろいろな瞑想法があり、いろいろなグループや団体があり、瞑想のコースや本やDVD、いろいろなものがあることがわかった。当事者たちが真剣なのはよくわかった。でも、私の目には胡散臭く見えるものも少なくなかった。 » すべて読む
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