2012年06月

最近ではあまり聞かないが、「24時間戦えますか」とはよく言ったものである。
というのも昨日、カバンの中に読了した本しかなかったので、近くの古本屋で補充した。のが、以下。

【キャッチフレーズの戦後史 】 岩波新書 / 深川 英雄著
  

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国会事故調 第16回委員会:参考人「菅直人」


◆ 2月の後半から国会に設けられている「東京電力福島第一原発事故調査委員会」の参考人聴取が、6月8日日の清水正孝前東京電力社長を最後に、ほぼ終わった。
委員会には、これまで事故対応において国家の意思決定へ関与し、あるいは直に判断を下した人々が幾人も召集されてきた。

◆ 海江田前経産大臣、枝野前官房長官、菅前総理、原子力安全委員会の班目委員長、保安院の寺坂前院長、深野現院長、そして東京電力の武黒フェローや武藤前副社長などが、当時の状況についてあれこれ釈明したり、申し開きしたり、謝罪したり、開き直ったり、お互いに責任転嫁したりしていた。

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ボクシングジムについて③

 

前回ジム間の興業格差の問題について取り上げたが、その問題はそのまま後半部の「業界全体が競技人気の底上げを怠った」という批判、「ボクサーやトレーナーといった人材が生活環境を整えられるような制度設計をするべき」という提案に繋がっている。興業格差の問題と上記の批判・提案を繋ぐのは、ジム間の興業格差に起因する「選手を育てるには、儲からずとも興業を打たなければならない」という業界のパラドックスである。そこには、「ボクシング人気の底上げ」という問題が関わっている筈だし、ボクサーやトレーナーの収入にも繋がる筈だ。それらについて本論では、ジム側の自己責任として片付けるにはあまりにも酷な話しであり、業界の制度の問題として捉えられるべきと考える。今回は、問題の底にある思想にまで掘り下げて考えたい。
 

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【幸福否定の研究とは?】


勉強するために机に向かおうとすると、
掃除などの他の事をしたくなったり、娯楽に耽りたくなる。
自分の進歩に関係する事は、実行することが難しく、“時間潰し”
は何時間でも苦もなくできてしまう。
自らを“幸福にしよう”、"進歩、成長させよう”と思う反面、
“幸福”や“進歩”から遠ざける行動をとってしまう、人間の心のしくみに関する研究の紹介。


~不思議な患者さんたち~

前回までは、”まさかこういう展開になるとは…”
という一般的ではない例を書きましたが、今回はもう少しわかりやすい、症状の交代について書きたいと思います。
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S氏とN氏


「で、アラサー入門が終わるとして」Sさんは言う。「その次は何かを考えてるんですか?」
「いいえ、特には何も」
「じゃあ、夢について書いてみたらどうですか?」
「夢ですか?」
「ええ。夢自体を描くでも、そのイメージを描くのでもいい。別に創作してもいいと思うけど」
「夢かぁ・・・それも悪くないですね。ただ夢は、あまりにも現代文学的で躊躇する部分があるんです。なんというか、あまりにも映像にしろ絵画にしろ文学にしろ二十世紀の芸術表現で多用されているからでしょうか」
「たしかにフロイト以降は精神分析批評を用いて芸術作品が解釈される可能性はあります。だから、当然、夢も精神分析に回収される傾向はある。精神分析というかフロイト的なテーマに沿ったフロイト的批評がなされるというか」
「はぁ」
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 せっかくだから沖縄初日のことについて書いておこう。

 7
時すぎ、羽田空港発の飛行機に乗り、大体10時に那覇空港に到着。到着時の天候は悪く、多少小雨が降っていた。後で延々記すようになると思うが、僕が訪れた間中ずっと沖縄の天気模様は雨か曇りで、いわゆる常夏の島のイメージを与えてくれることは殆どなかった。雨が降るたびに、「沖縄アホなのか」と僕が考えたことはいうまでもない。後で聞くところによると、大陸の高気圧の張り出しに伴うその連日の雨は例年と比べても異常なもののようだったらしい。運の悪さに辟易である。 運易である。

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あるひとつの場所に馴染むと、その途端、その場所が窮屈で嫌になってしまう。この傾向はもう中学生くらいの昔から自覚があり、これまでの人生において、私はさまざまな場所、あるいは、関係性から逃げてきた。それは、あるときには学校組織であったし、あるときには会社組織でもあった。また、男女間の恋愛においても、それがあるひとつの成就となった暁には、私は非常に息苦しい何かを感じ、その関係性から自覚的に身を引いてきた。このような意味において、私の人生はある意味、逃走の連続のようなものだったと思う。そして、これからもそのような逃走は続いていくのだろう。

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 私が上京したのは1970年の4月だった。その上京については、当時の『読書人』か『図書新聞』に、過激な関西の高校生アナキストが東京へ跳ぶというような伝説的な記述があったが、まずは早稲田のアナキストが住む池袋の一軒家に投宿した。
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【幸福否定の研究とは?】


勉強するために机に向かおうとすると、
掃除などの他の事をしたくなったり、娯楽に耽りたくなる。
自分の進歩に関係する事は、実行することが難しく、“時間潰し”
は何時間でも苦もなくできてしまう。
自らを“幸福にしよう”、"進歩、成長させよう”と思う反面、
“幸福”や“進歩”から遠ざける行動をとってしまう、人間の心のしくみに関する研究の紹介。


~不思議な患者さんたち~

次の例も10年以上前に経験した患者さんの例の紹介です。(注1)

20代で精神分裂病と診断された(注2)40代の男性は、うつ症状で休職、復職を
繰り返していました。うつ状態で何度目かの休職中に、あと一カ月で復職しないと
仕事を辞めないといけない、と、後がない状態でご家族に連れられて来院しました。

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ボクシングジムについて②
 

前回ジム制度について説明した内容には、必ずしも正しいとは言えない記述がある。それは、ジム制度を「プロモーターやマネージャーなどを丸抱えし、プロボクサーの全権を握るジム経営のシステムの事である」と説明した箇所になるが、実はボクシングジムはその全てがプロモーターを抱えているわけではない。この事はJBC(日本ボクシングコミッション)のHPにある事業報告書を確認すれば一目瞭然である。この報告によると、2011年度に発給されたライセンスの数量はクラブオーナー276に対し、プロモーターは93しかない(マネージャーは384)。つまり、ボクシングジムの約三分の二にはお抱えのプロモーターがいない状態という事になり、ジム制度の説明として「丸抱え」という表現は必ずしも正しいとは言えないだろう。それにも関わらず訂正しなかった理由は、ジム制度をボクサーの視点から見るならば、「プロボクサーの全権を握るジム経営のシステム」という記述は間違いだとは思わないし、それには試合に出場する権利も含まれるからだ(つまり、興業のプロモートをしないジムも、選手のプロモート権限は持つわけだ)。

前回、「次回はボクシングジムへの同情的な視点を以て制度を見たい」と述べた。前回はボクサーからの搾取など不遇の例を紹介したが、ボクシングジムだって殆どが儲からない。

今回の議論の出発点は、「ジム制度の現状は、多くのボクシングジムにとっても負担の大きなものなのではないか?」という疑問である。

 

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