日本ボクシング界について―私的論考②
今回は、業界とJBCの癒着・談合体質について、亀田興毅vsカルロス・ボウチャン(メキシコ)、そして女子アトム級タイトルマッチとして行われた小関桃vsウィンユー・パラドーンジム(タイ)の二試合を例にして取り上げたい。しかしその前に、前回取り扱った「ジム制度からのプロモーター権限の分離」という私の意見についてだが、これに関連して、以前に「ジムについて②」で書いた内容を以下でもう一度取り上げると共に一部訂正し、自分の意見を纏めたい。
上記では、何の考えも無しに「それ程難しい問題ではない」と書いたが、新規参入や革新的にビジネスを興そうとする向きには問題となるのかもしれない。この保証人の問題に加え、(やはり既述ではあるが)東京とその近郊では1000万円、日本チャンピオン経験者だと500万円、東洋チャンプ400万円、世界チャンプ300万円という高額で不平等な日本プロボクシング協会への加盟料(プロのジムとして活動する費用)も、新規参入を目指す向きには非常に大きな問題となるだろう。この両者(保証人と加盟料)の問題は、業界の活性化の為には改められなければならない。元チャンピオンといった功労者には年金などで労うべきだろう。こういった参入障壁が取り除かれた上で専業のプロモーターが育てられ(協会がその音頭を取るべきだ)、ジム会長がプロモーターの権利を手放し易い状況を作りあげてから、「ジム制度からのプロモーター権限の分離」がなされなければならない。
以上を前回の内容に加える。
続いて本題に入る。まず、亀田興毅vsカルロス・ボウチャン(メキシコ)、女子アトム級タイトルマッチ小関桃vsウィンユー・パラドーンジム(タイ)両試合の概要を簡単に述べる。亀田興毅は、2006年6月に行われたカルロス・ボウチャン戦の第6ラウンドの残り一分辺りから、ボウチャンの下腹部に連続してパンチを打ち込む。それをレフェリーの浅尾和信は何の注意もしないままに試合を継続させ、亀田興毅はとどめのローブローでKO勝ちを収めた。
次に2008年8月にWBC女子アトム級の世界タイトルマッチとして行われた小関桃vsウィンユー・パラドーンジムの試合についてである。この試合、序盤から積極的に前に出る挑戦者の小関は、チャンピオンのウィンユーに対して、頭を擦りつけるような執拗なバッティングを見せる。レフェリー(Boxrecにもレフェリー名の記載はなし。ただし、あるブログには韓国のキム・ジェボンがレフェリーだったという記述がある)も注意を与えるが、続く第二ラウンド、“ゴキッ”という鈍い音の後にパンチをフォローしてダウンを奪い、立ち上がるもフラフラのウィンユーはレフェリーにカウントアウトされた。
この二試合についてだが、亀田のローブロー、小関のバッティングは私には明らかに故意に見えた。この試合の反則が故意で無いとするならば、(少なくともローブローとバッティングに関しては)「放った本人が認めない限りは故意の反則など存在しない」或いは「レフェリーが反則と認めなければ反則ではない」といって良いレベルではないだろうか。個人的には、「誤審」と呼べるレベルを超えていると思うが、両者はその「攻撃」で勝利を得る。
この二つの試合についてはネット上で多く語られているが、問題を亀田興毅、或いは小関桃の、個別の反則問題として捉えているものが殆どであり、専門誌に至っては問題自体がまともに扱われる事はない。今回書いておきたいのは、亀田興毅と小関桃の背後にある、レフェリーを含めて試合を統轄するJBC(小関の場合はタイトルマッチの為、レフェリーの人選などはWBCが行う)を含んだボクシング界全体の問題だ。この「全体」という視点において、亀田大毅が内藤大助とのWBC世界フライ級タイトルマッチで最終ラウンドに行った反則とは決定的に異なる。亀田大毅はボウチャン戦の興毅や、ウィンユー戦の小関よりも酷い反則をしたと言えるかもしれない。しかし、彼は試合中にレフェリーによって裁かれ、JBCによって出場停止処分を受けた。こういった処分の軽重については分からない。だが処分を受けたという事実は、亀田興毅vsカルロス・ボウチャン戦、小関桃vsウィンユー・パラドーンジム戦と明らかに異なる。それは、亀田興毅や小関桃、或いは亀田vsボウチャン戦を裁いたレフェリーの浅尾和信、小関桃vsウィンユー戦を裁いたレフェリー、そういった面々が誰も裁かれていないという点だ。つまりこの二試合では、監視機関である筈のJBC、或いはWBCは、そのあるべき一切の働きを停止していたように見えるのだ。
浅尾和信の処遇については以前にJBCに電話を掛けて尋ねてみた事がある。一応JBCは浅尾和信レフェリーを招いて事情聴取を行ったが、何の咎めもなかったそうだ。私はこの、亀田興毅がボウチャンの下腹部に次々とパンチを打ち込んでKO勝ちするシーンを、「日本ボクシング史上で最も醜いシーン」と思っていた。しかしそれ以上とも思われるシーンはそれ程待たずに見る事になってしまった。それが小関vsウィンユー戦になる。対戦相手にスイングパンチのように頭を振り回すようにしてヒットする場面など中々見れるものではないと思うが、ここでも「KO勝ち」は告げられた。そしてタイで一度敗れた相手を叩きのめして世界タイトルを手にした教え子に、青木ジムの有吉会長は満面の笑みで飛びついて抱きしめた。私の知る限り、この二つは日本ボクシング史上で最も醜い試合となる。勿論、毒入りオレンジ事件などあったわけだが、この問題はボクサー両人など個人の問題だけに留まらないだけに根が深い。ボクサーは勿論、ボクサーの反則を指導・指示、或いは行為を咎めなかった指導者側、そしてそのような反則をすぐさま制するべきレフェリー、そしてレフェリーを派遣し試合全体を統轄するJBC、或いはWBC、それぞれ全ての問題が一事に顕在化しているわけだ。
亀田と小関の試合で異なるのは、世界タイトルマッチであった小関の試合については、レフェリーの派遣などについてはWBCの管理下にある事、そして後日WBCのビデオによる判断の下に、レフェリーの処置が正しかったと判断された点だ。小関によるバッティングはあったものの、打撃もフォローされていた為に裁定が覆る事は無かった。このようなWBCの見解も踏まえれば、JBCが独自に判断する義務は無いのかもしれない。しかし、国内のプロボクシング試合の全てを管理するという役割を持つJBCには、ボクシングの信用を守る為にはもう一歩踏み込んだ判断が必要だったのではないか(私自身はWBCの判断に正当性があるとは全く思っていない)。
この二試合は亀田大毅vs内藤大助戦とは異なる点が幾つかある。まずは、亀田vsボウチャン、小関vsウィンユー戦ともに注目を浴びる試合ではなかったという点だ。亀田興毅は未だ世界タイトルを獲る前であり、まだ歴史も浅く、レベルも低い女子ボクシング最軽量級の選手である小関の試合が注目を集める事は無かった。そして、対戦相手が外国人選手であった事も問題が大きくならなかった事の原因の一つだろう。この二試合が、人々の耳目を集める試合で、尚かつ対戦相手が日本人だったら、一般メディアにも取り上げられ、世論には火が付いただろう。しかしこの両試合に興味を示すファンはまだ限られていた。それ故ボクシング界のローカルな話題であり、ボクシング専門誌もこの時は問題にしようとはしなかった。ここには、ボクシング専門誌にも存在する記者クラブ体質というこの国特有の談合体質を見る事も出来る。
そして亀田大毅の反則事件以降、元々一部で憎まれ役であった亀田家は、世間一般に大々的に叩かれる事になる。ボクシング界の恥部についても一部露見し、日本ボクシング界はその信用を失ったとのかもしれない。そして私は、この一連の亀田問題において日本ボクシング界と亀田家は共犯関係にあると思っている。もしボウチャン戦で亀田興毅が正しく裁かれていたなら、亀田家はここまで増長する事があったろうか。ボウチャン戦以前も以後も亀田家には様々な問題があった。そしてそれはある程度日本ボクシング界公認の出来事であった筈だ。それがいざ問題が一般化した時に、彼等だけを裁いてそれで良しとするのは余りにもアンフェアではないだろうか。日本ボクシング界はその体質を改めるべきではなかったのか。
前回までは、ボクシングジム内、そしてジム外においてボクシングジムと、業界団体である日本プロボクシング協会、JBC(日本ボクシングコミッション)の癒着体質について、なるべく客観的に議論を進める為に、個々の例における実名は出さずにあくまで制度的な仕組みについての批判に留めた。移籍問題などについて理不尽と思える内容はあるが、それにしても双方に言い分はあるだろう。しかし今回については、亀田興毅、小関桃の両者の試合を引き合いにだし、日本ボクシング界の体質を明らかにしたいという意図の下に実名で批判した。なぜかというと、これらは決定的に日本ボクシング界全体の信用を失わせるものと思えたからだ。
今回取り上げた中で、今まで日本ボクシング界の問題を取り上げてきたにも関わらず、WBCという世界タイトルの認定団体が出てきている。WBCやWBAの問題点についても方々で既に語られている事だが、日本ボクシング界の問題点についての論考であるこの連載で取り上げるのは不適当だったかもしれない。ただし、日本ボクシング界とWBC、WBAの世界タイトル認定団体に不正な取引が無いと信じるのも随分性善説的な話しだ。不自然なランキングの移動やタイトル決定戦に出場する選手の顔ぶれは、スポーツとして担保されるべき公平性を無視してあまりに政治的に見える。また、国内での試合の管理は世界戦だろうがJBCによって行われる。日本ボクシング界の問題は、これら各世界タイトル認定団体の問題とも地続きだと考える。
本編は一応ここで終わります。あと一度だけ、これまで書いてきた事を総まとめし、更に書きたかったけれども書かなかった事の内容を一部紹介し、それを「あとがき」として残して『ボクシングを打ち倒す者』は終わりとなります。次回はなるべく早めにあげます。
以上、宜敷お願いします。
※当初、亀田興毅vsカルロス・ボウチャン戦のレフェリーを「内田正和」と記載していましたが、「浅尾和信」の間違いでした。申し訳ありません。