移籍について①
プロボクサーだったある友人は、引退後どうしてもボクシングが忘れられずに再起を目指した。一から身体を作り直し、海外武者修行でその自信を付けたが、反りの合わないかつての所属ジムにはどうしても戻りたくない。帰国後すぐにジムに移籍の希望を話して断られたが、移籍金を払うという約束で了承を得た。しかし、その後半年間働いて貯めた移籍金は「少ない」という事で受け取って貰えなかったそうだ。その時に持参した金額は数十万と聞いた。東洋タイトルマッチ挑戦の経験もあるプロボクサーの移籍金として、その金額の多寡をどうこうというつもりはない。問題は、「引退後四年を経てボクサーを縛ったものは一体何なのか」という事である。
連載第一回で、プロボクサーの“自由”について問題にしたいと予告した。しかし、ボクサーに一方的な自由が認められるべきと主張したいわけではない。プロボクサーが協会加盟のボクシングジムで誕生する日本の現行制度において、個々のボクシングジムとボクサーは不可分な存在である。国家と国民が不可分であり、国民が国家に干渉を受ける事で権利を得るように、ボクサーはジムに干渉を受ける見返りとして試合出場などの権利を得る。それが権利と義務(=干渉)の正当なあり方だろう。
前回の議論では、「それぞれがそれぞれの利益を最大化しようと務める事で業界が拡大する」というアメリカの制度のあり方についてその優越性を述べた。しかし、「それぞれが利益を最大化」させようとすれば互いが衝突するのは目に見えている。また、第二回の議論の中では、ジムが全権を握るジム制度において起こるボクサーへの搾取の例についても紹介した。それ以外にも、ジムの指導に満足がいかないとか、或いは人間関係の問題もあるだろう。恐らく、どのような制度下でも対立の可能性は消えない。法やルールといったものの必要性はそこにある。いざ問題が起こった時、それを一定の解決へと導くのだ。
そして、ジムとボクサーの対立による亀裂がどうにも修復出来ないものである時、ボクサーは移籍を目指す。
JBC(日本ボクシングコミッション)ルールによると、ボクサーとマネージャーの契約は一律三年と決められている。この契約はマネージャーとボクサーの異議申し立てが無ければ自動更新されるが、それよりも問題なのは三年を超えても移籍はボクサーの自由にはならないという点だ。移籍をするには移籍受け入れ先のジムだけではなく、元のジムの了承も受けなければならない。つまり、ジムオーナーが首を縦に振らなければ移籍は出来ない(移籍問題の起こった間柄で、「首を縦に振る」事が簡単に起こるものだろうか?)。特に日本のジム制度のようなジムが全権を握るシステムにおいて、移籍はボクサーにとって最後の手段である。冒頭の友人の話だが、四年の空白期間を超えて彼を縛ったものは当然に契約ではない。契約期間の三年を過ぎて契約不在の間柄に法的拘束力があるとは思えないが、日本ボクシング界においてボクサーの「転職の自由が無い」というのは事実である。移籍金が用意出来てスムーズに移籍出来る例もあるだろう。移籍金が発生しないような例もあるだろう。しかし、上手くいかない例も多数あるのではないか。そして、移籍問題はボクシング界において未だに一種のタブーとして扱われている為、問題がメディアなどを通じて表に出てくる事は少ない。
冒頭であげた疑問を再び提示したい。
契約期間を超えてボクサーを縛ったものは一体何なのか
前回までの「ボクシングジムについて①~③」ではボクシングジム内の各職能の未分離が問題だと解いた。そして上にあげた課題に答えるには、業界全体、並びに業界とJBCなどの未分離、独立性の低い談合体質について議論しなければならないと思う。これから数度続く予定の「移籍について」でこの問題について本論なりの見解を示したい。
今回は、ジムの移籍はジム会長次第という移籍制度について取り上げた。次回は移籍の実例を幾つか取り上げ、現行の移籍制度がボクサーにとってどれだけ不利に働いているのかを見ていきたい。
以上宜敷お願いします。