鯵はアジである。
念のため。

ゴールデンウィークの谷間である今日(いまはもう、ゴールディンウィーク明けも明けだが)、それも真夜中、ぼくは350mlの発泡酒を飲み、鯵を三枚におろした。

というのも、訳あって、
と言ってもなんの訳もなく、
単なる思いつきで調理師専門学校に通っているぼくは、その料理技術向上の地味な自主練として、近所のスーパーで鯵を一尾、買って帰ってきたのである。

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1980年代、モハメド・アリが去った後のボクシング界にはシュガー・レイ・レナードが居た。彼は史上初めて五階級で世界タイトルを獲得したアメリカの名ボクサーで、スターとして必要なものの殆ど全てを兼ね備えていたと言って良いだろう。そのレナードの引退後、ボクシング専門誌の企画で当時現役チャンピオンだった辰吉𠀋一郎、そしてボクシングマニアで俳優の香川照之の三人による対談が実現している。その席で香川がレナードに、「若いボクサー達に何か伝えたい事はありますか?」という質問をした。レナードの答えは、「ビジネスマインドを持って欲しい」というものだったと記憶している。

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こんにちは、長浜さつきです。初めての投稿です。プロファイルに書いてある通り、世間のことにあまり関心がありません。こんなところに自分の勝手な考えを書いちゃっていいのかという気もします。それでも、どこかに何かを書きたいと感じることは時々あって、そういう自分本位な理由で文章を書いていくことになると思います。

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凡例


 一、この翻訳はジルベール・シモンドンGilbert Simondonの『心的と集団的個体化』の新版(L'individuation psychique et collective (Paris, Aubier, 2007))に寄せられたベルナール・スティグレールBernard Stieglerの序文「思考の不安な異邦性とぺネロペーの形而上学」(L'INQUIETANTE ETRANGETE DE LA PENSEE ET LA METAPHYSIQUE DE PENELOPE)の部分訳である。訳題改変と小題は訳者によるものである。

 二、シモンドンの『心的と集団的個体化』は今日多く「心的かつ集団的個体化」や「心的・集団的個体化」と訳されるが、今回のスティグレールの文章では「と」(et)が重要な鍵語であり、その意味合いを損なわないよう、この翻訳では例外的に上記のように訳す。
 三、本文中の註はすべて割愛した。重要なものは《解説》で触れている。

 四、引用文を示すイタリック体の文章は「」に置き換えた。書物題名は『』。強調や引用を示す《》はそのまま用い、文中の大文字表記は〈〉に代えた。
 五、訳の方針は出来る限り読みやすくなるよう心がけた。そのため、一文一文が短くなり、「.」と「。」が正確に対応していない。注意されたし。


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さて、コラージュに感激てしまったのはいいとして。だからといってそれを続けるために本当に山女、いや山爺に転職するのはちょっとちがう、というか本末転倒。ここはあくまで「通過点」。次にすすまなきゃ。と、一応ちゃんと考えていた。

ここで、「読むこと」について書こうと思う。

大学に入ってから、だんだん文が読めなくなっていた。別段無学の人になったわけではない。たとえばひとつの単語があればそれを別の言葉でいいかえたり、知っている外国語であればそれに相当する日本語をあてたりするという、ポイント作業はできるのだが、分からくなっていったのはもっと大きな括りでの部分だ。仮に大意を理解できたとしても、それを記憶にとどめたり、考えたり、現実と関連付けたりすることができなくなっていた。そこでつまずいているうちに単語レベルでの理解も落ちてくる。とはいっても学生のときはそういう訳にはゆかず、どちらかというと入学してから学業が大変になるというタイプの学校だったので、参考文献や課題図書を読む機会は少ないほうではなかったと思う。けれど、何度も読みなおさなければ理解できなかった。


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習志野市(ならしのし)は千葉県北西部に位置するである。下総台地の端であり、東京湾に面する。人口約16万人で、千葉県内では流山市に次いで10位である。  (Wikipedia 日本語版ー習志野市)

もう何年もGWはない。

Twitterに以下のようにつぶやくことも毎年恒例となった。



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三月も下旬を迎えていた日の夕刻、書類をプリントアウトするため立ち寄ったネットカフェを出ると、季節はずれの雪が舞っていた。思わぬハプニングに驚き、私は咄嗟に空を見上げた。横浜駅西口界隈の賑やかなネオンに映えた白い粉雪は、音を立てず、しかし確かに私の顔に降り注いだ。私はなんだか嬉しくなり、ポケットに両手を入れて、大きく息を吸い込みながら地下鉄の駅へとゆったりと歩いたのだった。

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幼少より絵画に親しみ、芸術系の高等学校卒業生のはしくれとして、いちおう山にはスケッチブックや鉛筆、絵の具なども持ってきていた。沢を隔てた山頂が見渡せ、下界(都会)ではめずらしい高山植物も豊富な環境だったので、休憩時間には切り株、地ベタにすわり写生なぞしていた。

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