仲里依紗は天才だ。

 ルックスが微妙な自称美人に「仲里依紗に似ているよね〜」と意地悪を言う人は少なくないが、仲里依紗(以下、仲さん)に似ている一般人がブサイクなだけで、仲さん本人は絶対に美人である。反論は一切、認めない。

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 太宰治の「女生徒」をたまたま読み返した。
 

 本当は「富獄百景」が読みたくて岩波文庫の『富獄百景/走れメロス』を風呂につかりながら読んでいたら、たまたまそれにぶつかったのである。

 「女生徒」の冒頭の文章はわりに有名だろう。普段文学作品を手に取らない人も知っていたりするのではないか。

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[承前]

わたしは2008年の夏ころからうつの為、精神科に通っている。言うまでも無くウェブ上において、精神的に問題を抱えている人々がいろいろなことを書き散らしているが、わたしにとっては、うつであっても日々日記(のようなもの)を書くことが、命綱になった。そのようなあり方でしか、わたしはわたし自身をドライブすることができないのだということに改めて気づかされた。さいわい、休職して8ヶ月が経ち、うつの症状はかなり和らいで、多少己の人生に対する意欲もでてきた。これを機に、自らのうつがどんな具合だったのか、できる限りふりかえってみたい。このことによって、うつが悪くなったらすっぱり更新を止めるつもりだが、一人でも多くの方にうつがどんな具合の病気なのかを知ってもらいたいので、しばらくうつ日記のエントリとそれ以外のエッセイ、翻訳のエントリが交互にポストされることになる。どうぞよろしく。


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序章 離れた音楽(聴取に関する熟考における)

木が木を打ち鳴らす恐ろしい残響に突然驚かされ、夢を見ない深い眠りから目覚めた。その音はわたしの意識の中でのみ生じた音響的なできごとだったのか?―物語も持続的な時間も無い一瞬の夢―それとも物理世界におけるリアルな音だったのか?その音は寝室から生じるサウンドとしては長すぎた。これは家のどこか別の場所から、エコーの響く場所、ミステリアスで離れた場所から、音がやってきたことを示唆している。あの音が、家の寝室以外からやってきた音だとすれば、わたしは侵入者の存在を、可能性としてではなく、確信する。そのサウンドはたった今から生じたもので、今に属している。つまりわたしの記述以外のどこから生まれたものでもない。


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凡例


 一、この翻訳はジルベール・シモンドンGilbert Simondonの『心的と集団的個体化』の新版(L'individuation psychique et collective (Paris, Aubier, 2007))に寄せられたベルナール・スティグレールBernard Stieglerの序文「思考の不安な異邦性とぺネロペーの形而上学」(L'INQUIETANTE ETRANGETE DE LA PENSEE ET LA METAPHYSIQUE DE PENELOPE)の部分訳である。訳題改変と小題は訳者によるものである。

 二、シモンドンの『心的と集団的個体化』は今日多く「心的かつ集団的個体化」や「心的・集団的個体化」と訳されるが、今回のスティグレールの文章では「と」(et)が重要な鍵語であり、その意味合いを損なわないよう、この翻訳では例外的に上記のように訳す。
 三、本文中の註はすべて割愛した。重要なものは《解説》で触れている。

 四、引用文を示すイタリック体の文章は「」に置き換えた。書物題名は『』。強調や引用を示す《》はそのまま用いた。
 五、訳の方針は出来る限り読みやすくなるよう心がけた。そのため、一文一文が短くなり、「.」と「。」が正確に対応していない。注意されたし。
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ネット上ではDQNとして侮蔑されるヤンキーですが、実は2種類います。


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 生まれながら、人は苦痛を被った。次は欲求だった。泣き叫び、助けをもとめた。それは助けられる権利があることや、人助けの好きな他の存在が実在していることを知る少し前のことで、そう泣き叫ぶのは、種の進化が母を呼ぶための声を私達に与えたからだ。苦痛で泣き叫び、そして助けられる。そしてその助けをふたたび欲するようになる。助けられることをまるで借金を取り立てるみたいに要求し、母親が待たせる時、我慢できないでimpatiemment泣き叫ぶ。

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わたしの頭は批評とは何かという問いにこの5年くらいかかりきりになっていた。批評の原点を考えると、まず哲学ではcritiqueということばがあって、これは批判と訳されることが多い。この哲学を源へとたどると、神学にたどり着く。神学について学ぶには、マクグラスの『キリスト教神学入門』が適当だ。ユダヤ教の異端であったイエスの考えがどのように理論化されていったかということがこの一冊でかなりの部分まで分かる。残念ながら、翻訳はいかにも学術書における直訳文体であまりこなれていないので、英文が読解できるという方は、邦訳ではなく、原著にあたられることをお勧めする。

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